覚悟の瞳
帰りの馬車の中で、レイゼラはパーミラと向き合っていた。
「とても、いい瞳をしているわ。」
警護の者から話を聞いただろうパーミラが言う。
警護が、本当に話が聞こえない距離にいたら護衛が間に合わなくなる。
警護対象者が気にしないで話せる距離を取りながら、聞いているのだ。
「お義母様、わかったのです。」
パーミラは、レイゼラが話すのを待ってくれる。
「バーグミラ夫人のことです。
私、傲ってました。
今の私が、バーグミラ夫人に勝っているものなどない事を思い知ったのです。
エイドリアン様の愛情だけを頼りにしているようでは、いつか飽きられます。」
飽きる事はないと思うけど、レイゼラが何やら覚悟を決めたみたいだから言わないでおこう、とパーミラは思う。
「私、興奮してしまって子供のような事を言ってしまいました。」
それで、エイドリアンを好きだと自覚したことは黙っておく。
「見かけや、仕草や言葉使いを練習しても、表面上のものだとわかったのです。」
私の中身は、公爵夫人のような貴婦人には遠い。
足が痛かった、心も痛かった。自分の恥ずかしさを思い知ったから。
「当たり前です。
シュレンヌは、侯爵家に生まれて20年以上、エイドリアンの婚約者として10年、貴婦人教育を受けているのです。
こちらに来て1ケ月のレイゼラが同じように、出来ると思うのは間違いです。」
パーミラが、嬉しそうに言う。
「はい、付け焼刃の私は、すぐにボロが出てしまいました。
思いだしても恥ずかしいばかりです。」
レイゼラは言葉のわりには落ち込んでいない。
「わかったのね?」
パーミラが微笑んで問いかけるのに、レイゼラは頷いて答える。レイゼラの瞳はまっすぐ前を見ている。
「私、苦手な事は逃げていたとわかりました。
子爵家の娘だというのに、社交にも出なかった。
ワイン作りに忙しくても、時間は作れたはずです。
母も教えてくれたし、先生について習いもしました。」
「そうね、レイゼラは基礎はできているから、上達も早かったわ。」
「事件の後だって、エッデルブルグのワインは危なくないって、実証すればよかったのです。
人前に出て、説明すればよかった。
それを私は、質がいいから、頑張っていれば、いつか認めてもらえる、昔のようになると甘い考えでした。」
それで?とパーミラが聞く。
「同じように、頑張れば公爵夫人と認めてもらえると、安易に考えていたのを思い知らされました。
バーグミラ夫人が貴婦人だとは、今も思えませんが、私もそうではありませんでした。
もっと、劣っていた。」
そこで、わずかにレイゼラが視線を下に向けた。
パーミラは、そのレイゼラの仕草に目を惹かれ、レイゼラの成長を見た。
「私、バーグミラ夫人に、エイドリアン様に好かれていると見せつけたかったのかもしれない。
話をしたいと思った心の奥底には・・・
失敗するまで気が付かなかった。
公爵夫人は貴族の手本となる振舞いが必要だという事を。
それは、姿勢とか、歩き方、とかじゃない。
本質が、歩き方や姿勢や話し方にでるんだって、思い知らされました。
今の私は、歩き方や話し方を練習して身に付けただけで、中身は田舎の娘のままです。」
「では、その本質はどういうことだと思うの?」
ガタンと馬車が揺れて、パーミラとレイゼラがお互いを見合わせ微笑み合う。
「わからない、というのがわかったことです。
貴族ってなんだろう、公爵の存在意義、そこから始めたいです。
でないとエイドリアン様の横に立てない、堂々と横に立ちたいのです。」
パーミラがレイゼラに手を重ねてきた。
温かい手に包まれる。
「私もわからないわ。
男性は剣や策略で戦う。
では、女性は?
女性も戦っているのよ。それはドレスで、会話で、微笑みで。」
微笑むパーミラは、美しい。
「それは、私が教えてあげれるものじゃない。自分で見つけていくものだわ。
貴女はその一歩を踏み出したのね。」
パーミラの中で、レイゼラはペット枠から格上げされたようだ。
「もし、またバーグミラ夫人に会う機会があったら、今度こそ勝ちます。」
ふふふ、とレイゼラが笑って言うと、パーミラも笑う。
「あら、社交に出れば、何回も会うわよ。」
「楽しみです。」
公爵邸に着くと、使用人達が迎えに出て来た。
パーミラに続いて、レイゼラも馬車を降りる。
足が痛いそぶりなど見せない、背筋を伸ばし、前を見て歩く。
この一歩は、好きな人に至る一歩。
好きな人が公爵になる人なら、公爵夫人として未来を共有したい。