元婚約者
パーミラは枢機卿と話をしてくると言って、警護を一人レイゼラに付けて離れて行った。
その警護も話が聞こえない程度には離れている、危険がなければ様子見ということだ。
レイゼラとシュレンヌは大聖堂の身廊の中ほどで、立ったまま話をする。
「そのネックレスは、以前夫人がお着けになっていたのを見た事があるわ。」
シュレンヌは気になっていたであろう、レイゼラの首にあるネックレスの事を言う。
「お義母様から、いただきました。
私にはとても用意のできない物なので。」
「おかあさま?
お式もまだで、そう呼ぶとは図々しい。
どうやって取り入ったかは知らないけど、公爵家だから半身不随の男でもいいとは、卑しいこと。」
シュレンヌの言葉は、レイゼラを資産狙いと決めつけている。
「バーグミラ夫人は、間違っていらっしゃいます。
半身不随の男性と結婚するのが卑しい、という事が理解できません。」
レイゼラは、エイドリアンが貶められるのが許せなかった。
自分が、婚約解消されて、弱りきっていた時に助けてくれたのがデーゲンハルト公爵家だ。
「綺麗事言っている貴女は、しょせん財産狙いでしょ。それを言っているのよ。
一年前に言った言葉を、一言一句全て覚えているような男、誰だって気持ち悪いわ。そこに身体がああなって、妻という名の介護要員かしらね。」
ホホホ、とシュレンヌが笑う。
「子供も作れない身体で、結婚できるというのかしら?
血筋から養子を取って、あの男が亡くなれば、不必要とされてよ。」
ああ、この人がエイドリアンと婚約者でいたのは、公爵家の魅力であったのだと悟る。
家同士の柵もあったであろう。
エイドリアンを気持ち悪いと思っていても、公爵家だから我慢していたのだ。他人もそうだと決めつけている。
「貴族院も、あの身体ではと直ぐに婚約解消の許可を出したわ。皆が結婚は無理だと思う男と結婚する貴女を、卑しいと思うのは当然のことよ。」
勝ち誇ったかのように、シュレンヌが言う。
「ご自由にどうぞ。
けれど、貴女がエイドリアン様を貶めるのは、許せません。」
私の事はどう思われてもいい、なんて思わないけど、エイドリアン様の事が酷く言われるのは、もっとイヤ。
初めて会う人に、最初から嫌われて、この人の印象最悪。
「バーグミラ夫人・・・」
ふと、気がついて、レイゼラはシュレンヌをじっと見る。
「もしかして、エイドリアン様の事が好きだったの?」
「バカな事言わないで!
誰があんな男!」
シュレンヌの表情が一瞬崩れる。
エイドリアンとシュレンヌは子供の頃からの婚約者だったのだ。
レイゼラが知らない事がたくさんあるだろう。セルディとレイゼラだって仲のいい時があったように。
「やだやだ!絶対に譲らない!
エイドリアン様の奥さんは私よ!」
レイゼラが顔を真っ赤にして、シュレンヌに啖呵を切る。
子爵家の娘が公爵家に嫁ぐなど、夢物語だ。それでも、一度見た夢を手放したくない。
「あんな男の何処がいいわけ?」
呆れたようにシュレンヌが聞いてくる。
「何処がと聞かれても、わからないわ。
意地悪だし、自信家で悪魔だけど、ホントは優しいの。わかりにくいけど。」
クスッと思い出し笑いのようにレイゼラが微笑む。
「気がしれないわ。
あの男に優しさなんてないわよ。」
覚えておいて、とシュレンヌが言う。
「直ぐに貴女も思い知るわ。」
そう言って、シュレンヌは大聖堂の出口に向かい、礼拝に訪れた人の中に消えて行った。
「足がイタイ。」
慣れない細いヒールの小さな靴。
一人残されたレイゼラはポツンと呟く。
「あんな人キライ。
エイドリアン様と長い時間一緒にいた人なんてキライ。」
あんな人見返してやる。
誰よりも公爵夫人にふさわしくなる。エイドリアン様の横にいるのに、ふさわしくなりたい。
「エイドリアン様の婚約者だった人なんて大キライ。」
「レイゼラ様、あちらで公爵夫人がお待ちです。」
警護の者が近づいてきて、レイゼラに声をかける。
レイゼラは顔をあげ、すぐに行きますと返事をして、後ろを歩く。
あの人は、エイドリアン様との過去しかない。私には未来がある。
これから、ずっと一緒にいる為に、出来る事を頑張ろう。
前を向くレイゼラの瞳は大きく輝いている。