結婚の準備
長いトレーンのドレスは重量があり、優雅に歩くには鍛錬が必要だ。
「背筋を伸ばして、上半身が揺れてますよ。」
「はい。」
パーミラがレイゼラにダメ出しをしている。
ウェディングドレスは製作中であるので、ダミーのドレスでレイゼラが歩く練習をしている。
本番では、これにベールも加わる。
ドレスはサイズが違うから、作り直すが、ベールはエイドリアンの以前の婚約者用に注文をしていた物を流用する。
公爵家に無用の長物としてあった物をレイゼラが希望したのだ。
パーミラは新たに発注すると言ったのだが、長い年月をかけて作られたベールは逸品と呼ぶべき繊細なレースのベールだ。
レイゼラが、そのベールを使いたいと希望したのだが、新たに作るのはもったいないと思っているからでもある。
式まで2ヶ月しかなく、満足するものを作らすには時間がないと、パーミラも了承した。
毎日、公爵家の侍女達に磨きあげられ、レイゼラの肌は子爵家にいたころより数段麗しくなっている。
畑を歩くのに邪魔とシンプルなドレスしか着用しなかったが、パーミラ好みのリボンや花で飾られたドレスに、豪華なアクセサリーを着けている。
「ずいぶん、上手に歩けるようになってよ。」
ニッコリ微笑むパーミラは満足げである。
レイゼラは手入れしてなかっただけで、元はいいのだ。
無口な息子よりも、なついている嫁の方が可愛い。
自分が手をかけたら、見違えるように綺麗になった嫁なら尚更だ。
「食事の後は教会に行きますよ。」
食事もマナーの練習だ。
「はい、結婚式をする教会ですか?」
「そうよ、マーシル大聖堂。枢機卿とお式の打ち合わせが必要よ。」
公爵家となると、大聖堂で枢機卿だ。
教会で神父様のもとで愛を誓う、という訳にいかないらしい。
それでもエイドリアンが、内輪だけの質素な式を希望したから、この程度ですんでいるのだ。
式にいたっては、公爵もエイドリアンも放置しているので、パーミラの好き放題である。
おかげで、パーミラはずっと公爵邸にいて、レイゼラの教育や式の準備に勤しんでいる。
「お義母様、足がイタイです。」
レイゼラがねをあげている。今まで畑歩きで鍛えた筋肉と、優雅に歩く為の筋肉は違うようだ。
しかも、見栄え重視のヒールの高い靴、痛いところがいっぱいである。
「デーゲンハルト公爵夫人、お久しぶりでございます。」
優雅な足取りで令嬢が近づいてきた。
美しい令嬢である。
「シュレンヌ、お久しぶりね。
ご結婚おめでとうございます。
今はバーグミラ卿夫人でいらっしゃるわね。」
「ありがとうございます。
こちらのお嬢さんは?
お見かけしない顔ですわね。」
パーミラが連れているレイゼラが気になったのであろう。
社交に出なかったレイゼラを知る者は少ない。
「嫁のレイゼラですの。」
「嫁!?」
シュレンヌは、大きなショックを受けているであろう雰囲気であるが、顔色も変えずに聞いてくる。
「エイドリアン様がご結婚されたとは知らず、失礼いたしました。」
「式は来月なのよ。
でも、この娘はすでに公爵邸で嫁として暮らしていてよ。」
「どちらのご令嬢でいらっしゃるのですか?
侯爵家で育った私はお見かけしたことがなくて。」
シュレンヌの顔には、自分の知らない下級貴族と侮蔑が現れている。
レイゼラは敏感に感じ取った。2年前の事件で何度も体験した感覚である。
それまでは、爵位は低くとも裕福であったために、付き合いのあった人達が離れていった。
どんなに貶められても、自分の領地のワインの質には自信があった、いつかみかえす、そう思い過ごしてきた。
「レイゼラ、こちらのバーグミラ卿夫人は、元エイドリアンの婚約者よ。」
パーミラの言葉で、以前話に聞いた、エイドリアンが身体が不自由になったら、婚約を解消したという女性だと納得する。
「お義母様、バーグミラ卿夫人とお話してもよろしいでしょうか?」
こっそり、パーミラに聞くと、パーミラも小さな声で返事する。
「侯爵の令嬢ですが、エイドリアンと破談になった後、バーグミラ侯爵家に縁談を持っていったそうだけど、嫡男に断られ、次男ならばと昨年結婚されたの。
バーグミラ家が持っている子爵位を譲り受ける予定らしいので、今は卿の呼称よ。
エイドリアンと結婚はしたくないけど、公爵夫人の地位は欲しがっていたわ。
エイドリアンもシュレンヌが嫌で結婚が延び延びになっていて、破談になった時は年齢的に条件のいい男性を選べなかった、という事で、我が家とはいろいろ問題ありの女性よ?」
いいの?とパーミラが聞いてくる。
「だからこそです。」
二コリとレイゼラがパーミラに笑顔を向ける。