第2王子、クレドール・ノーマン
レイゼラが、エイドリアンの車椅子を押して、王太子の執務室に着くと、待ち構えていたのはカデナであった。
「ヨーデル医師が戻ってきているから、私達は別室で待機しましょう。」
そう言って、レイゼラを連れて部屋を出て行った。
執務室からすぐの庭園にある東屋で、警備兵に守られ、カデナとレイゼラはお茶をしていた。
「コックにお菓子を用意させたのよ。」
そう言って、王太子妃自らお茶をいれる。
「昨日はよくがんばったわね。
とても綺麗な挨拶だったわ。
ご褒美だから、しっかり食べてね。」
プチフールがテーブルいっぱいに並べられて、レイゼラが歓声をあげる。
そこに招かれざる客が現れた。
クレドール・ノーマンである。
「義姉上、少しよろしいですか?」
「そのおつもりで来られたのでしょう?」
供も付けずに現れたクレドールをカデナは冷たい目で見る。
王太子の命を狙っている男なのだ、当然であろう。
クレドールはレイゼラの横に着席した。
レイゼラは驚いて目を見張るが、私がカデナ様を守るんだ、と固い意志である。
なのに、カデナの言葉は、レイゼラの思惑とは違う。
「殿下はレイゼラ目当てで来たのでしょう?」
「よくお分かりで。」
クスッとクレドールが笑う。
反対に顔面蒼白なのはレイゼラだ。
「多分にね、物珍しいタイプだから、見てみようかなと。」
クレドールは、レイゼラが珍獣と言っている。
田舎育ちの都会にないタイプ、と言うことなのだろう。
「直ぐに人のものを欲しがりますのね。」
「義姉上に感じたことはありませんよ。
兄上は欲しいと思いますがね。」
うわ、うわ、これが社交の会話、とレイゼラは聞いている。
言葉の裏を考えて、兄上が欲しいってどういうこと?
兄上の持っている次期王位かな?
はい、質問、と聞くわけにいかないし、おとなしく聞いていよう、と決めたレイゼラだ。
「レイゼラ嬢は、こちらの生活に慣れましたか?」
ニコリとしてクレドールがレイゼラに話をふってくる。
昨夜の練習の成果よ、とレイゼラは張り切る。
「ありがとうございます殿下。
田舎育ちゆえに、慣れるのに時間がかかりそうです。」
やったわ、そつなく笑顔で答えたわ!
「そう?
でも、つまらないのでは?」
「え?」
だからー、何がつまらないと言うの?
社交会話って裏の探りあいでわからない。
「エイドリアンはあんな身体だから、満足させてもらえないでしょ?」
レイゼラの身体がかたまり、笑顔がひきつる。
え、あれだよね?
結婚前だよ、ないよね?
真っ赤になり、しどろもどろになってしまう。
「た、大変、も、申し上げにくいのですが・・、で、殿下のお考えは、じ、自由ですが、ひ、人に押し付けるのは、よ、よくありません。」
最大の勇気を更新して、言いきったレイゼラの言葉は、クレドールの大笑いにかき消えた。
「ありえない!」
あはは、と笑いながらクレドールが驚いたと言う。
ひーーー!
真っ赤な顔で涙目になってプルプル震えているレイゼラを、カデナは可愛いわぁ、と見ている。
「こんな仔犬が私に噛みついたぞ。
痛くも痒くもないぞ!」
「殿下、コレは私の仔犬でしてよ。」
カデナ参戦。
「カデナ様ーー。」
レイゼラがウルウルした瞳でカデナにすがる。
「そのポジションは欲しいかな。」
ニヤリとクレドールがカデナを見る。
「ご馳走になった。」
紅茶のカップをソーサーに置くと、クレドールは立ち上がった。
「レイゼラ嬢、可愛いがってあげるから、楽しみにしているといいよ。」
意味わかりたくない、自惚れじゃなく、興味をもたれた。
「なんか・・・」
ボソッとレイゼラの言葉にクレドールが立ち止まる。
「もてるって、疲れるのね。」
「情けない顔しているね、美人が台無しだ。」
クスクスとクレドールが笑いながら言う。
「お褒め頂き、ありがとうございます。」
緊張と気疲れでゲッソリしました、とばかりにレイゼラが顔をあげる。
「表情と、言葉が合致していないよ。」
エイドリアンにも同じこと言われたと思いだす。
今度こそ、クレドールは背を向け去っていった。
東屋での顛末をカデナから聞いたエイドリアンもクスッと笑う。
「気持ちが、いいですね。」
エイドリアンは、周りが耳を疑うような言葉を言う。
「他人が欲しがるものが、自分のものというのは。」
悪魔がここにいた。