レイゼラの戦闘開始
ドン!
ベッドから何かが落ちる音で目が覚めたエイドリアンは、レイゼラに声をかける。
「大丈夫か?」
「多分、大丈夫です。」
「多分?」
「お尻がイタイです。」
お尻をさすりながら、レイゼラがベッドの上に乗って来た。
「さすってやろうか?」
エイドリアンの言葉を聞いて、クスクスと笑いながらレイゼラが、エイドリアンの横に身体を横たえる。
「エイドリアン様でも冗談を言うんですね。」
「冗談だと思うか?」
その言葉にカチンとレイゼラが固まった。
そして、瞬間沸騰で真っ赤になる。
「何、想像しているのだ?
心配して言ったのに、いやらしいな。」
「まぁ、期待してましたのに。」
真っ赤な顔と、言葉が一致しないレイゼラ。
昨夜はエイドリアンと、社交の会話の練習をした結果だ。
「会話は合格だが・・・、私の前では普通でいいぞ。」
「じゃ、言います、エイドリアン様のエッチ!」
ハハハ、とエイドリアンが笑っている。
「ほら、朝のキスをおくれ。」
おずおずとレイゼラが顔を近づける。
「おはようございます、エイドリアン様。」
「おはよう。」
今朝は早起きをしたらしいパーミラが食堂で待っていた。
「お義母様、おはようございます。」
「おはよう、昨日、どうでしたの?」
王との謁見の話は、すでに情報を持っているだろうに、パーミラが聞いてくる。
レイゼラは、押していたエイドリアンの車椅子を席に置くと、自分は隣に座る。
「挨拶は、エイドリアン様に合格点をもらいました!」
「まぁ、練習のかいがあったわね。」
「お義母様に教えていただいたとおりに出来ました。」
エイドリアンは無言で、二人の会話を聞いていると、公爵も食堂にやって来た。
「お義父様、おはようございます。」
「うむ。」
公爵は朝の家族の食事に慣れていない。
子爵家では家族で食事をするのが普通だったレイゼラは、家族が揃うのが珍しいとは気が付かないで話を続ける。
しかも、昨夜、エイドリアンと社交会話の練習をしたことまで、話している。
「上手く言えないと、意地悪な事言うんですよ。」
どんな、とパーミラが聞けば、
「ワイン工場の再建は永遠に無理だ、とか言うの。」
ああ、とパーミラも思い当たったのだろう。
パーミラはレイゼラに微笑んだ。
「頑張りましょうね。」
「はい!
お義母様キレイ!」
まあ、とパーミラが笑うのに見とれてしまう。
幸せを感じてレイゼラは不安になる。今まで、何度も幸せをなくした、これも夢かもしれない。
「レイゼラ?」
瞳を潤ませたレイゼラを見て、パーミラがどうしたの、と聞く。
「デーゲンハルト公爵家って雲の上のように、遠い存在だったところです。
お義母様とお義父様は優しいし、エイドリアン様もとってもわかりにくいですが、優しいです。
こんなに幸せで、夢だったらどうしようって。
婚約解消された私は、まだ倒れたままで夢見ているのかもしれないって、思って。」
「レイゼラ、夢じゃないわ。
けれど、男性達は王位継承で戦っているわ。知っているでしょう?」
パーミラの言葉に、レイゼラは頷く。
田舎にいた時は、事件の話は知っていても詳細はわからなかった。
「私達も戦っているのよ。
幸せになることが、勝利する事よ。
勝ちなさい、レイゼラ。」
母の言葉に、エイドリアンは毒から目が覚めた時の事を思い出していた。
記憶を忘れないエイドリアンは、昨日の事のように覚えている。
幼い頃には、父も母も遠い存在になっていた、いつも家にいなかった。
どんな事でも覚えているエイドリアンの周りからは、人がいなくなり、ヘンリクとマイケルを含め、わずかな人間としか関わりを持つ気も無くなっていた。
その母がエイドリアンのベッド脇にいたのだ。
目が覚めて最初に目に入ったのは母の顔。やつれた顔は、ずっと自分についていたからだとわかった。
下半身が動かないと知った時に、母は言った。
「貴方が生きていてくれただけで、うれしい。」
愛は目に見えない。ないと思っていた。
だが、愛はあったのだ、自分が見ようとしなかったと知った。
レイゼラの件で、父も私を気にかけていたと知った。
ガシッとレイゼラがエイドリアンの手を掴んできた。
「エイドリアン様が誇れるような妻になりたい。」
立派な公爵夫人の次は、誇れる妻ですか、相変わらず明確な基準のないものですね。
でも、今の貴女の顔は好きですよ、私を見る貴女はキラキラしている。
エイドリアンって、こんなに甘かったっけ・・・?