王の謁見
レイゼラはエイドリアンの期待を裏切り、王の前で優雅に挨拶をした。
付け焼刃とはいえ、公爵夫人のパーミラと王太子妃のカデナの指導を受けたのだ、覚悟さえ決まれば怖くなくなる。
この場合の覚悟は諦めにちかい。
謁見の間には、王、ヘレン妃、王太子夫妻、クレドール殿下が台上に並んで座り、数多の護衛に守られている。
エイドリアンの車椅子を押して参内したレイゼラが、ドレスの裾を持ち、綺麗なカーテシーをしたのだ。
「まぁ、可愛いご令嬢だこと。ねぇ、陛下。」
にっこり微笑むのはヘレン妃である。
レイゼラのヘレン妃の印象は、美人というより普通?
王太子の隣に立つカデナの方が美女で、悪役ポジだ、と思うばかりだ。
きっと人畜無害に見えるから、騙されるんだ、と結論づける。
この人が毒を盛り、エイドリアン様を不自由な体にしたんだ。
本当の悪女って悪い人に見えないんだ。そう思うと背筋がぞっとする。
そして王太子は、自分の命を狙っている人間の横にいる。証拠がないとはいえ、確定したも同然の人物だ。
優しそうな風貌の王太子も見かけとは違うのだろう。
そっとエイドリアンの頬のこけた顔を見れば、悪役顔で安心する事に気づき、自分でも馴染んだと思う。
「結婚式は2ヶ月後、と届けが出ておりますが、急な事ですのね?
レイゼラ嬢は、婚約解消なさったばかりですのに、公爵家に輿入れとはお幸せですわね。」
誰が聞いても、どこから聞いても嫌味だが、レイゼラは感心している。
さすが悪女だ、遠まわしに男好きのように言っている。どこかで使えるかも、と頭の中にメモしておく。
本人にダメージを与えられないので、嫌味は不発に終わる。
セルディに婚約解消というメガトンパンチをされて、まだ数日だ。
泣きながら立ちあがったレイゼラは見かけより強い。
「私もそろそろと考えていた時の話でしたので、時期を待つ必要もないと進めております。」
返答するエイドリアンは眉ひとつ動かさない。
「宰相から聞いているよ、おめでとう。」
王がそう言うと、ヘレン妃も引き下がらざるを得ないが、捨て台詞を残していく。
「公爵家が地方の子爵家と縁を結ぶとは、驚きましたわ。
王都の令嬢より気もつくし、良かったですわね。」
エイドリアンの介護の為の結婚と言わんばかりだ。
言われているレイゼラは、頭の中にメモメモと忙しく、パンチは効いてない。
王とヘレン妃が退席するとクレドールが声をかけてきた。
「エイドリアン・デーゲンハルトの婚約者だったのか。
僕も興味あるな。」
意味深な言葉に、エイドリアンとクレドールの視線がぶつかり合う。
王が退出したことで、いい意味での緊張が途切れ、機械人形のように、ギギギと首を動かしたレイゼラが、涙目でカデナを見る。
あらら、私を頼って可愛いこと、とカデナも満更でもない。
「ど、どういうことですか?」
レイゼラの言葉に答えたのはカデナでなく、クレドールだ。
「君が可愛いすぎるんだよ。」
ゾゾゾと悪寒が走って、レイゼラが身体を縮こめる。
「あれ、女の子が喜ぶ言葉なのになぁ。」
クレドールがおかしいな、と言う。
「申し訳ありません、あの・・意味がわかりません・・」
ビクビクしながら、レイゼラが生真面目に答える。
女の子の喜ぶ言葉ってどういうこと?
婚約者が横にいるんだよ、それで言う?
レイゼラの頭の中に?が並んでいく。
そうか、エイドリアンにケンカを売っているんだ、とやっと気づく。
反対に真面目に答えられたクレドールは意表をつかれ、返す言葉を見失ってしまった。
「こんな娘、初めてだ。」
その夜はベッドの上で、レイゼラはエイドリアンにお説教をされていた。
「挨拶はよかった、合格点をやろう。
それが、何故キープできない?」
「え!
挨拶合格点!やったー!」
ベッドの上で跳ねるように喜ぶレイゼラ。
「クレドール殿下の言葉など、適当に流せばよかったのだ。挨拶代わりの言葉だ。」
エイドリアンは、クレドールが本気でレイゼラを気に入ったのではと感じていた。
「はぁ、公爵夫人と認められるレディになるのは遠いです。」
がっかりしたレイゼラが、ワイン工場の再生が遠ざかると言う。
「昨日の再建案か?」
あのね、とレイゼラが瞳を輝かせる。
「立派な公爵夫人と認められたら、ワイン工場と販売の立て直しをしたいの。」
「ほぉ?」
それで、とエイドリアンがレイゼラに尋ねる。
「何をもって立派な公爵夫人と言うのだ?
誰が認めれば、認められた事になるのだ?」
「エイドリアン様かな?」
レイゼラが自信なさげに答える。
「私が認めたと言ってないのに、もう再建計画を出していたな?」
「案です!
準備だけはしといた方がいいでしょ?」
「フライングだな。」
ニヤッとエイドリアンが笑いながら言う。
「エイドリアン様?」
「可愛いな、レイゼラ。
今夜は何の勉強がしたい?」
プルプルと首を横に振り涙目のレイゼラは、エイドリアンを楽しませるばかりだ。
「お前が立派に公爵夫人をつとめたら、私も手伝ってやるよ。」