再建計画書
夜も更けてから、公爵邸に戻ってきたエイドリアンは、レイゼラにワイン販売の再建計画書を見せられていた。
穴だらけのボコボコで実現性が低い計画書である。
1.新しい葡萄を植えて白ワインも醸造する。
今まで赤1種類だったから手をかけられ良かったのに。
「レイゼラ、二兎を追う者は一兎をも得ず、という諺をしっていますか?」
あう、と唸るレイゼラはそれで、エイドリアンの言いたい事がわかったのだろう。
2.他国に輸出し、販路を広げる。
子爵領は小さく、安定的に輸出できるほど収穫はないだろう。
「他国に、持っていっても、すぐに売れると思いますか?」
ううん、とレイゼラが首を横に振る。
3.ボトルのデザインを一新し、イメージアップを図る。
今のデザインは悪くないと思うが・・・
「イメージアップになるデザインはどのような物だ?」
うー、とレイゼラが頭を押さえた、考えてなかったらしい。
ボフッとレイゼラがベッドに転げた。
「次は、もっといいアイデアを出すわ。」
まだ、考えるんですか、とエイドリアンは思うが、これがレイゼラだ。
苦境でもくじけない、そしていつか乗り越えるのだ。
「貴女は眩しいな。」
執務で疲れた身体が温かくなる。
ヘレン妃が人を集めているとの情報が入った。
軍の名目上の総指揮官は王だが、この2年で実権を取り上げるに至っている。それがヘレン妃には我慢ならないらしい。
実務のほとんどは宰相を筆頭に、我々がこなしている。
すでにヘンリクの即位に向けて動き出しているが、ヘレン妃の動向次第で急がねばならなくなるだろう。
必要な人間と、不要な人間がリストにあげられている。
ヘレン妃に近い、不要な人間が抜けた補充も考えねばならない。
ヘレン妃側に何かあった時に、一番に疑われるのは我々だ。証拠を残すようなことがあってはならない。
毒も狙撃者も用意はできている、決行をいつにするか、誰からするか・・
と思っていたが、ヘレン妃が強行突破にくる可能性が出てきた。
人を集めているとは、そういう事なのだろう。
殺さねば殺される、それは2年前に身をもって知った。
王を退位させるだけでは、ダメだろう。
クレドールがいるかぎり王位を狙ってくる。
近いうちに、我々を狙ってくるだろう。その時が反撃の時だ、楽しみだとエイドリアンはほくそ笑む。
ジャクランが効けば、多少なりとも回復しているはずだ。
我々がこの身体だからこそ、勝機があるとヘレン妃は武力でくるのだろう。
驚く顔が見ものだ。
「そういえば、王が私の婚約者を見たいと言われております。」
エイドリアンの言葉に、レイゼラはベッドから起き上がる。
「明日、公式に婚約者として謁見します。」
「エイドリアン様、緊張で上手く挨拶が出来そうにありません。」
「大丈夫ですよ、レイゼラ。」
私がいますから、と続く言葉を期待したレイゼラに、違う言葉が耳元で囁かれた。
「などと、言うと思いましたか?」
ヒー、とたじろぐレイゼラを面白そうに見ながら、エイドリアンが続ける。
「王の隣にはヘレン妃がいます。
失敗するなど許されません。」
レイゼラがエイドリアンの腕の中で硬直する。
その様子さえ、エイドリアンに楽しまれているとは気が付かないレイゼラは、おずおずとエイドリアンを見る。
たとえレイゼラが、立派な挨拶ができてもヘレン妃が難くせをつけるのはわかっている。
それなら、レイゼラが緊張して機械人形のような動きをするのを見て楽しんだ方がいい、と思うぐらいだ。
レイゼラは朝早く、公爵夫人に教えを請うべく部屋に向かったが、田舎貴族のレイゼラと違い、貴婦人のパーミラの朝は遅かった。
子爵家や男爵家出身だろう侍女達に着付けられ、見かけだけは高位貴族になったレイゼラは、エイドリアンと一緒に王宮に向かう馬車に乗った。
エイドリアンがレイゼラで楽しんでいるのは感じたが、反撃する余裕などない。
王への謁見、考えるだけで、心臓の音がドクンドクン聞こえるようだ。
「可愛いな、レイゼラ。」
ふいにエイドリアンが呟いた言葉が、レイゼラの心臓にささる。
エイドリアンに顔を向けると、口の端をあげて、上機嫌だとわかる。
恐い、恐いんですけど―!
見なければよかった、と思ったが見てしまったものは仕方ない。
心臓が口から出そうなレイゼラを乗せた馬車は、王宮の正門に着いた。