父と息子の密約
エイドリアンは机の上にジャクランを置いた。
「これが、そうなのか!?」
エイドリアンは頷くと、父であるオスカーに向き直った。
「レイゼラが全てのきっかけです。
私の結婚を認めてくれた父上に感謝します。」
「エッデルブルグ家の婚約解消をいち早く知り、動けたからだ。
他の家に取られなくて良かったよ。」
それは、エッデルブルグ家に関する情報に気を付けていた、と言っている事だ。
レイゼラの事を父も報告させていたのかもしれない。
それに、気づかないとは迂闊であった。
エイドリアンは、既にヘンリクにも、マイケルにも効果が出ている事を伝えてあるが、エイドリアン自身が顔色も良く、回復傾向にあるのが明らかだ。
「完治するとは思ってませんが、かなり良くなると期待しています。」
「未知の薬だからな、毒消し以外の効能も調べた方がいいな、内密に。」
「レイゼラは便秘薬に使ってます。」
エイドリアンの言葉に、一瞬遅れてオスカーが、口を手で押さえて笑い始めた。
「100倍の金と取引する薬を便秘薬にか!
レイゼラはすごいな。
あのパーミラも気に入っているしな。」
オスカーの態度から、オスカー自身も気に入っているのがうかがい知れる。
パサッと音がして、書類も机の上に置かれた。
「この2年、密かに探っていた情報です。
お気づきだと思っておりますが、賭博関係の書類です。そちらのリストと照らし合わせてください。
父上が文官の中から、処分している者があるのを知っております。」
「ベッシーニ伯爵の資金は無視できんな。
あそこを潰さねば、安寧は来ないであろう。
王とヘレン妃が優遇しているのだから、簡単には手出しができん。」
宰相と軍が手を組んでさえ、ヘレン妃は手ごわい。
「王太子殿下が回復されたなら、王の退位も早めることが出来るだろう。」
今の王太子では、即位を認める者は少ない。クレドール殿下を推す者が増えている。
正式に王太子が立位した後の事件だった為に、今も王太子であり、執務をこなしているが盲目であることは、大きな不安を与える。
誰もが、ヘレン妃が黒幕であると思いながらも、確証がなく、実行犯だけが処刑された。
そして、裏で動く大金に従う者もいる。
「面白いですね。」
エイドリアンが口を開いた。
「相手にハンデを与えないと、つまらないでしょう。」
エイドリアンは、自分の頭をコツンと指でつつく。
「私は、自分でいうのもなんですが、飛び抜けた頭脳だ。
ヘンリクもそうです。出来すぎた能力だ。
しかも亡き母君は、隣国タンザールの王女殿下、調整能力は右に出る者はない。
マイケルも利き腕が不自由であっても、左手だけで国で一番の騎士だ。
最初の一撃で、我々をしとめられなかったヘレン妃の勝ちはない。」
カチンとオスカーが水の入ったグラスを、エイドリアンのグラスにあてる。
「頼もしいな。
いや、頼もしくなったな。
毒の後遺症で、お前は身体が不自由になったが、強くなったのだな。
もういつでも公爵を譲れるな。」
「それは、孫が出来てからでいいのでは?
レイゼラは何人でも産んでくれそうですよ。元気ですからね。」
「エイドリアン!」
オスカーの顔が喜色にそまる。
「父上、そのうちですよ。
薬が効能を発揮しそうなんです。」
「服用を始めて2日だろう、それほどの即効性があるのか。」
「歩くには訓練が必要でしょうがね。」
ニヤリとエイドリアンが口の端をもちあげる。
「子供を作る前に、国を安定させないと不安ですからね。」
だな、とオスカーも賛同する。
「私達に毒を入れる事を指示した犯人の確証を、見つけるのは困難だ。
だが、そんなものはいらない。」
エイドリアンが続ける。
「わかっているのは、クレドール殿下の存在は不都合だ、ということです。」
オスカー・デーゲンハルト公爵は静かに、グラスをエイドリアンの方に掲げた。
「意見が合ったな。
私は我が息子に毒をもられて、犯人を許すことなど、できないんだよ。」
「2年前の事件に関与した者は全て、報いを受けるがいい。」
エイドリアンは用意していたのだろう、レディ・ガーネットと呼ばれるワインを取りだしてグラスに注ぐ。
デーゲンハルト公爵家の執務室で、父と子がグラスを交わした。