動きだした時
おとなしかった少女が、周りに助けられ、強く成長していくのを書いていきたいと思います、楽しく読んでいただけると嬉しいです。
レイゼラは小さな領地だが、高品質のワインを生産するエッデルブルグ子爵家に生まれた。
爵位は低いものの裕福な貴族として育ったが、2年前に王太子暗殺未遂事件があり、毒薬をいれられたワインがエッデルブルグ産だったために、売り上げは激減し、周りの人々の対応も大きく変わった。
2年前は大量の返品でエッデルブルグ家も大変だったが、資産の売却と出費を抑えたことで、ワイン生産も落ち着いてきている。以前とは比べ物にならない清貧な生活だが。
隣の領地のドラン伯爵家の嫡男セルディとは、幼なじみで婚約者である。
レイゼラの持参金として多額の金額を用意していたが、それもワイン工場の資金として回された。それでも、予定通り結婚すると思っていた、その日までは。
セルディから届いた手紙を手にレイゼラは、伯爵邸を訪ねていた。
王都に留学しているセルディが帰って来る、と手紙を送ってきたのだ。そろそろ結婚の時期を決めねばならない。
セルディから見せられたものは、承認印のある婚約解約書。貴族の婚姻に関することは貴族院の承認が必要であり、二人が幼い頃にした婚約も承認がなされた正式なものだった。
「セルディ、これは?」
レイゼラの手は震えている、目の前には美しい女性を連れた男性。
「ずっと破棄したかったんだよ、でも持参金は魅力的だったからね。」
初めて聞く言葉に、聞きたくないと思う心が壊れそうである。
「お前みたいな田舎娘じゃ、このシフォンヌの足元にも及びもしない。
シフォンヌ・ポートダム伯爵令嬢だ、美しいだろう。」
恋人同士だと見せびらかすように、シフォンヌの腰を引寄せる。
流行りのドレスに身を包み、細身の体をセルディに密着させて、見下した目でシフォンヌがレイゼラを見る。
「ドラン伯爵領の通行料が安すぎる、値上げになったら払えないでしょう?
王都なら、貴女でも働けそうな仕事があるわよ。街裏でね。」
扇子をひろげ、口元を隠して言う言葉は、レイゼラを嘲笑っている。
「貧乏貴族は帰れ、話は終わった。」
セルディは立ちあがり、レイゼラを部屋の外に追いやる。
王都での留学費用など、ドラン伯爵家にはずいぶん金銭を融通してきたのだ。
レイゼラが嫁ぐ家だと返してもらうつもりもなく、借用書も作らなかった。
幼馴染として愛情もあると思っていた、全てはレイゼラと子爵家の思い間違いだったのか。
2年前、窮地に陥った時も、ドラン伯爵家は援助の手を差し出してはくれなかった。あの頃にはもう、決裂の予感があったのかもしれない。
ドラン伯爵邸を出て馬車に向かう、曇った空からは雨も降り始めた。
「私にはお金しか魅力がなかったのね。」
ポツンと呟く言葉を聞く人はいない。
大声で叫びたいのに、声がでない、身体が震える。
馬車に乗り込み、子爵家に戻るように御者に伝えると、すぐに走りだした。
涙が、頬をつたう。馬車の振動に身体が揺れる。どこを見ていいかわからない、視線はさまよい、両親に何て言おう、明日はどうしよう、考えることもできないのに、考えようとする。
子爵邸では、迎えに出た母親が、レイゼラの顔を見て、息を飲む。
「レイゼラ?」
「お母様。」
それ以上の言葉がでない、震える唇は言葉をさがしている。
「婚約を解消されました。」
そう言ったレイゼラは母親の目の前で倒れた。
子爵家の玄関に、子爵夫人の叫び声が響き、僅かに残っている使用人が駆け付けた。
外は、雨が激しくなり、レイゼラの心のように、激しく窓ガラスに叩きつけた。
そのままレイゼラは2日の間、目を覚ます事がなかった。
貴族院を通して、エッデルブルグ子爵家とドラン伯爵家の婚約解消が通知されると、密かに動き始めた人物がいた。