第7話 猫の日
猫の日の猫の魔法で猫と入れ替わってしまったわたし。
一日だけのはずだったのに……!
今すぐ魔法を解いて!
走る猫の背中を追いかけて、わたしは猫に思いっきりとびついた……!
『あー……友達って冷たい……』
私はぶつぶつとぼやきながら、廊下を歩いていた。
前の授業の地理で使った教材を一人で運ぶなんて荷が重過ぎる。
ま、これも東くんのスケッチをボーっと描いてて授業の終わりにもたもたしてた罰なのだけど。
カオリとアキコは次が体育だからってさっさと行っちゃうし、クスン。
抱えた本で前が見えないよ~。
『危なっかしいな。半分貸しなよ』
突然、本の陰から、いるはずのない東クンが……。
『ほら』
って、半分以上取り上げてくれた。
『あり……がと』
良かった。3冊の本の陰で赤くなった顔を隠せた。
『さっきの南のカオ……はははっ……』
『え?……!?』
私、何かついてた!?
『救世主現れたり!ってカオしてた』
う……。
『忘れ物したような気がしてさ。戻って来て良かった』
くったくなく笑いながらそういう東クンが、その時すっごくかっこいいなって思ってしまったんだ。
ああ、やっぱり東クンは思った以上の男の子だった。そう思った。
同じクラスになって、前よりもどんどんどんどん好きになって行く。
それと同じくらい、ますます切なくなっていく。
東クン……好き。
ずっと……ずっと好きだったの。
このまま一生片思いのままでいいなんて嘘。
本当は東クンを好きだっていう私を知ってほしかった。
みんなみたいに気軽に話したかった。
1年生の集団みたいに、大声で叫びたかった。
サッカーボールを追いかける東クンが好きだよって。
そう、今からだってきっと遅くないよね。
だから、言わせて、猫。
『ばかなみやこ!あんたはずっとそのままでいればいいんだわ』
『いや。人間に戻して』
『あんたにできないことして、何が悪いのよ。いくじなし。あんたは東くんに好かれていないことがわかるのが怖いのよ。好きだと言って、自分が傷つくのが怖いだけなのよ。あなたは人間やってる資格なんてないわ!』
――――そんな……そんな……。
ああ、そうだ。
今解った。猫が嫌いな本当の理由。
私、傷つくのが怖かったんだ。
声を掛けて無視されるのが。
手を差し伸べてそっぽ向かれるのが。
笑いかけても振り向いてもらえなかったら、どうしようって……。
気持ちを伝えて、ごめんね、って断られるのが。
自分が傷つくのが怖くて、自分の気持ちに素直になれなかった。
本当は、猫になりたかった。
猫みたいにいつも自分を見失わず、自分のポリシーを持って自分の考えに素直になれる、そんな猫みたいになりたかったんだ。
だから。
私には、猫に言える資格なんてないんだ。
私の方が東クンのこと好きだなんて。
東クン……東クン……
でも、本当に好きなの。
そんな私でも……好きだから……
好きなんだから……。
――――大丈夫か?
――――おい。おい……
真っ暗な洞窟の天井の方で、誰かの声が木霊する。
「おい。南!大丈夫かよっ!」
その大きな声を耳元で聞いて目を開けると、ものすごい至近距離に東クンがいた。
「ひ……がし、クン……?」
驚いて、目がまんまる。
私はどうやら気を失ってしまったらしい。
「立てるか?」
「えっ……う、うん……」
東クンの差し伸べてくれた手を、こわごわ握って立ち上がる。
すると……うっわ?
懐かしい2本足の感覚!
「わたしの体!魔法が解けたんだっ!」
思わず叫んでしまって、あわてて口に手を当てる。
「は、話せる!言葉が話せる!」
良かった……。
元の人間の姿に戻ったんだ。
やった!やった!
じぃ~~~~~~ん……。
あっは……やだ。なんか涙出てきちゃったよ。
やっぱり人間はいいなぁ……。
他のどんな生き物でいるより、今はつくづくいいなぁって思える。
あのまま猫だったら、どうなるかと思っちゃったもん。
……あ!?そういえば――――!
私は大事なことを思い出した。
「猫!」
辺りを見回したけど、猫の姿はどこにもなかった。
どこ行っちゃったの?猫……。
「南……おーい……」
東クンの声ではっとした。
「あ、はいっ」
「どうしたんだよ。さっきから、魔法がどーとか、人間の体がどーとかって……。おまえ、今日、ほんっとうにおかしくない?」
心配そうな顔をしてあたしの行動を見ていた東クンは、私がどうかしちゃったんじゃないかって思ったらしい。
「あの……その……わたし……」
顔がほてってきちゃった。どーしよう……。
そうなのよ。猫は東クンに告白するつもりでここに来たんじゃない。
熱まで出てきちゃったみたい。
体中が焦げちゃいそうなくらい熱い。
ああ……ダメ。
いざ本人を目の前にすると……何て言っていいかわかんないよ。
いっそのこと、もう一度この場で気絶しちゃった方のが楽だ!
「……あ、の……わ……た……あ……」
「?」
「……あ……」
「……?」
「……ゴメンナサイッ!」
あーん。いくじなし~~~~~~!
さっきまでの決心はどこ行ったのよ。
情けない。
情けないけど、東クン目の前にするとくじけちゃう。
いやだ。今日はひとまず帰ろう。
「ちょっと……南!待てよ!」
東クンは私の腕をがしっとつかむと、引き戻した。
――――えっえっ?
「忘れ物」
目の前に突き出された私のスクールバック。
「あ……。ありがとう」
「……」
顔から湯気を出しながら受け取ろうとすると、そこでモーションがストップしてしまった。
どうしちゃったんだろう……手が、体が、動かない!
東クンも、動かない。
カバンを挟んで、私達の体が固まっちゃったみたいになっちゃった!
どうなっちゃったの!?
これも……魔法?
恐る恐る東クンの顔を見上げる。
不思議と首から上は動いた。
カバンをじっと見つめるその目が、何か言いたげに見える。
東クン――こんなに近くにいる。
これって、こんなことって、きっとこれから先もないことかもしれない。
この手を離したら、もう二度とこんなチャンスは……。
――言ってごらん、みやこ。
ううん。言わなくちゃ-
頭の中で誰かがささやく。
ここまで来て、言うのよみやこ!だってそう決心したんじゃない!なんの為に猫を追い抜いたの!?
そう、そうだよ。
私、本当は素直になりたいんじゃなかった?
いつもいつも言いたかったんじゃなかった?
東クンが好きって……東クンが……東クンが……
「東クンが……好き……」
思わずつぶやいてしまった。
そのとたん。
――――フウッ
カバンの重みが伝わって、急にカクッってなっちゃった。
東クンも私も、カバンに引っ張られてぶつかりそうになった。
「きゃっ!」
「わりい!」
「ううんっ!東クン悪くない!」
慌てて私はそう言って。
「……」
「……」
そこで、またお見合いになってしまった。
どういうわけか、私の顔の熱がうつっちゃったのか、東クンの顔も赤い。
「……俺さぁ、ずっと……嫌われてるのかと思ってて」
「え……」
「南って、俺とはあんまりしゃべんないし、目とか合うと逸らすしさ、避けられてるっていうか……。でも、今さっき言ったこと……さ。よく、聞き取れなかったけど……俺、嫌われてたんじゃなかったのかな……」
まるで、いつもの人懐っこい東クンと違って、なんだか一生懸命言葉を捜してるって感じで、東クンは言った。
東クンのこと、嫌うだなんて、そんなこと……東クン、ずっとそんな風に私のこと気にしてくれてたの?
ほんと?ほんとに?
猫の言ったこと、嘘じゃなかったんだ?
「……東クンのこと、嫌う人なんて……そんな人、きっといない。私も、東クンのこと、好きだもん」
わーっ!言っちゃったっ!
とうとう言っちゃったっ!
「えーっ」
東クンはそう言って、左手を額に乗せた。
それから――――
「……俺の、誤解だったのかな」
って言って、伏し目がちに照れたような笑顔を見せた。
「あの、さ。途中まで一緒に帰ろっか。南と話してみたいことあるしさ」
東クンの言葉を、まるで夢の中で聞いたような気がした。
「う、うん。私も、ね。本当は……いっぱいあるの……話たいこと」
あ、嘘みたい!
明日の朝目が覚めたら、これは全部夢だった――なんてことないよね?
ううんっきっとこれは夢じゃない。
これからが、私の魔法の始まりだもの。
『――――猫も人間も、恋すれば魔法が使えるの。あたしの魔法は、もう終わり。
あたしね、たった一日でも夢が叶ったら、猫の日の終わりに吹っ切るつもりだったの。
みやこ。あたしの分も頑張ってね。諦めるのは最後よ』
どこからか、猫の声を聞いて、もう一度見回した。
「何?」
「猫が――――……」
「猫?」
「東クンのこと、すっごく好きな猫がいて……」
「え?」
「人間になってまで好きってくらい好きで……」
「南?……」
「だから、お願い。ちょっとだけでもいいから、猫を嫌わないであげて」
涙が滲んだ。
「なんかよくわかんないけど……」
東クンはちょっと戸惑った顔をしてから、困ったように笑った。
「昔、子猫を拾ったんだ。ウチでは飼えないから親戚んちで飼ってもらうことにしたんだけど……だから別に嫌いってわけじゃないんだけど」
……あぁ。東クン、覚えててくれたんだね?猫のこと。
「好きって言われたら、やっぱ嬉しいよな」
東クンは、そう言って照れたように笑った。
良かった……。
猫……嫌われてなんかなかったよ。
「なんか、今日の南ってさ、いつもと違うね」
「うん……。そうかも……」
「え?」
「だって今日は、猫の日だから」
「なに?それ」
「特別な日」
「わっかんねーな。南って、なんか不思議なヤツだよな」
夕焼け空を振り仰いで、笑いながら東クンが言った。
東クンが笑ってる。今、あたしのすぐ横に、東クンの笑顔がある。
――――ごめんね、猫……。
猫の姿はとうとうみつけられなかったけど、きっとどこかで見ていてくれるはず。
――――そして、ありがとう、猫。
私は、校門をあとにした。
猫の日――――魔法の使える特別な日。
猫が使った魔法の何倍もの魔法を、今の私には使えそうな、そんな気がした――――
おわり
たった一日の短いお話でした。
最後はハッピーエンド。お決まりな展開ですが(汗)。
『色々あっても最後はハッピーエンド』なお話が大好きです。
これからもそんな話を書いていきたいです。
読んでくださった方、どうもありがとうございました(ぺこり)。




