第6話 わたしが猫になった理由(わけ)
ある朝、目覚めたわたしは猫の日の魔法で猫になっていた。
わたしに魔法をかけた猫はわたしの姿で学校へ行き、よりにもよって大好きな東クンに急接近!いったいどういうつもりなの!?
連載7回目。いよいよクライマックスです。
なんだか複雑……
猫がちょっぴりかわいそうになっちゃって……。
置かれていた状況は違うとはいえ、東クンに近付きたいのにそばに行けない悲しい片想いは、私には嫌っていうくらい解かるもの。
ほんとに、解かり過ぎるくらい……。
猫の気持ちが解かるもの……。
おまけに、猫のあんな悲しい目(顔はわたしだけど)を見ちゃったら、私もあんな顔して東クンを見てたのかな、って思うと、まるで動画に収めた自分の姿を見ているような気持ちになっちゃって……なんだか他人事に思えなくなっちゃった。
人間になって嬉しそうな猫の顔と、さっきの悲しそうな顔。あの二つの顔を見れば、猫がどんなに東クンを好きか解かるもの。もしかして、私より辛い片想いしてたりして……。猫にとって、相手は人間だもんね。
“猫が人間に恋する”……か。
猫が人間に恋しちゃうなんて……本当に?って思うけど でも……同じ、なんだね。
猫とわたし。
突然、わーーっと歓声が上がる。
たった今、猫がオリンピック並の技をやってのけちゃったのだ。
この体育館で、跳び箱使って月面宙返り(ムーンサルト)なんてやってのけた生徒は、あとにも先にもいない!
「すっごいわっ南さんっ!」
「みやこ!いったいどーしちゃったのぉー!」
「今の、もしかして、ムーンサルトっていうやつじゃないの!?」
みんな唖然。
そして、そのあと猫を取り囲んでもう大騒ぎ。
そりゃあ、驚くに決まってる!
「ねえ、もう1回やって!」
「うんうん!もう一度見たい!見たい!」
さすがの猫も、まずいと思ったのか、これには戸惑って。
「もう、出来ないよ。今のは、ま・ぐ・れ!」
なんて片目を瞑って笑って見せた。
まっ、まぐれでねぇ―普通あんなこと出来るわけないでしょーっ!
「……そうよねぇ。まさか、南さんがね……まぐれよね」
なんて腕組したまま首をひねっていた先生、納得。
どうせ私には出来っこないですよーだ!
そうよ。猫ったら、調子に乗り過ぎちゃって、みんなに怪しまれるじゃないの。
ほんとの私は、ここにいるんだから。
――――そうよ……ここにいるのよ……。
「でもさ、まぐれであんなこと、出来ちゃうのかな?」
―――ギクッ。
「もしかして……実は……」
……タラ~ッ……
汗が流れる音。
「別人だったりして」
その一言で、猫の動きが止まった。
「あはは、まさか……。ちょっとやりすぎたか……」
「ん?」
「あ、ううん。なんでもない」
猫がそういって笑ってごまかすと、アキコとカオリは首を傾げた。
「今日のみやーこはさ、どこか違うんだよね」
「そうそう。朝から変だ」
「いきなり東くんと話し出したり」
「猫なんかのことで、東くんと口論なんかしちゃうしねぇ」
「“猫なんか”とは何よ!“猫なんか”とはっ!」
猫がいきなりムキになって叫んだので、二人とも目を点にして。
「みゃーこぉ、あんなに猫ギライだったのに……」
「やっぱいつもと違うわ。どっか……」
二人とも探るような目つきで猫をじろーっと見る。
猫はすかさず、得意のおとぼけを気取る。
相当な演技派ですよ。
「そお。今日はあたしはね、確かにいつものあたしとは違うの。このあたしは、本当はあの白猫で、あたし達はひょんなことで摩り替わってしまったの」
猫は真面目くさった顔でいうと、今度はいきなりくすくすと笑い出した。
「確かに変だわ。フツーじゃない!」
「大丈夫、大丈夫。一晩寝れば治るよ」
「そうだよね。みゃーこが今までずぅーっと恵まれた才能をひた隠しにしてきた、なんて風にはとぉーっても見えないもんねぇ」
ぐっ。
悪かったわねーその通りで。
ふん……だ。
どうせ鈍よ、私は。
拗ねちゃうよ。
でも、猫と親友の見分けが出来ない君達よりは、ましだよーっだ。
ふんっ……。
――――それにしても……驚いちゃうよ。
猫ったら、冗談にしろ、あんなこと言うなんてさ。
猫の神経って、きっと人間より太いんだね。
あーあ……。
私もあれくらいの演技力あったらなぁ。
猫みたいにアカデミー賞ものの演技力までいかなくても、ほんのちょっとの勇気が出せるだけの演技力があったらなぁ……。
――――体育館の半分では、男子が同じく跳び箱をやっている。
東くんは8段の高さを軽々と跳んで、鮮やかに着地して見せている。
体操選手の着地のようなポーズなんかとっちゃって、時々笑いを誘ったりして。
そういうお茶目なところが、東くんの特技でもあるんだよね。
「東くんの只今の得点は――――」
「10点・10点・10点・10点・10点!」
と、男子達が言うと。
「9.5!」
と、そこで西本くんが言ったので、東クンが思わずガクッ!
「なんでそこで落ちんだよっ」
「最後の得点は、日本の審査員の得点ですね。完璧な演技のようでしたが、マイナス0.5の理由はどこにあるんでしょう?ちょっと聞いてみましょう。『そうですネェ、着地の時のニヤケた顔がですネ、悪かったですネ』」
西本くんは、解説者っぽい口調で一人二役でおどけて見せた。
「悪かったな!顔はカンケーねぇんだヨ!顔は!」
クスクス。
おかしいの。東クン達ったら。
見てるとこっちまで楽しくなってきちゃうのよね。
そう、東クンの周りはいつも明るい笑顔で溢れてる。
私だって、カオリやアキコみたいにそれなりに心を許せる友達だっているけれど、東クンの周りには、男女問わずいつもたくさんの人間がいっぱいいる。
私も、その中の一人になりたいと、本当はね、いつも思ってるんだ。
そう……私の姿をした、あの猫みたいに。
『東クン……東クン……東クン……』
心の中で呼びかけるんじゃなくて。
真直ぐに東クンを見て、振り返ってくれるほど、微笑み掛けてくれるほど、大きな声で……。
でも――――……そんな日は、いつ来るんだろう。
私には、やっぱり出来そうにない。
ましてや、猫みたいに、東クンと口論なんか、とっても出来っこない。
口論―そう、猫は昼休みが終わるちょっと前に、東クンと私のことで喧嘩をした。
『東くんは、猫を誤解してるっ!』
猫は、訴えるような目で東クンに言った。
『猫はそういうような動物だから、好きになれないっていうだけで、そういう問題じゃないよ』
昼休み、行方不明の猫の私を探していた猫は、東クンに『猫ってどーも好きになれない』って言われたのがショックで、東クンに食って掛かったわけなの。
『ううん、それは猫に対する偏見よ!』
猫があんまり真剣なので、東クンは困った顔をして苦笑する。
『そんなにムキになるなよ』
『だって……だって……東くんを好きな猫だって、いるかもしれないじゃない……。そんなの猫が可愛そうだよ』
猫が泣き出しそうな顔で言ったので、東クンはちょっと焦ったような顔をした。
『……それに、あの雨の日の東くんは、優しかったじゃない』
『あの、雨の日……?それ、なんのことだよ?』
東クンが怪訝な顔をして尋ね返すと、猫ははっとして口を押えた。
『南?』
眉をひそめてじっと見つめる東クンの前で、猫は一瞬とっても悲しそうな顔をした。
『おい南!』
走り去る猫の後ろ姿を振り返って、あとに残された東クンは“いったいなんなんだ?”って顔をして、サッカーボールを蹴り上げた。
――――と、こんなことがあったわけなの。
とにかく、猫の気持ちも解かるけど、いくらなんでも喧嘩なんかしなくったって……しかも、私の姿で。
嫌われちゃったらどうしてくれるのよぉ。
変な女の子だなんて思われちゃったんじゃないかな。
そう……きっとそう思ったよ……。
それを考えると、どっぷり暗くなってきちゃう……。
「こらあ!東!余所見してるんじゃあなーい!女子の足に見とれるなーッ!」
突然先生の激が飛んで、みんながどっと笑うのが聞える。
丁度その時、猫がマットの上に、(今度はふつーに跳んで)着地したところだった。
やだっ。東クンたら……。
東クン……猫を見てたんだ。
『今日の南は人が変わったみたい』
そう思って見てたのかな?
――――チクン。
私のハートの中心部がまた傷み出す。
よ・よーし!
決心した!
私……5時間目の授業が終わったら、猫に魔法を解いてもらおう。
なにがなんでも!
これ以上、あれが私だなんて、東クンに思って欲しくないもの。
うん。そうよ。
放課後に、また猫がおかしなこと、しないうちに。
よし!
やるぞっ……!
ファイト!みやこ!
……でも―……人間に戻ったら?
私はまた、東クンを遠くから見る生活に戻る?
もっとそばに行きたいのに近付けないで、話しをしたいのに、話せない。話したいこといっぱいいっぱいあるのに、挨拶ぐらいしか出来ないで、その挨拶でさえ、時には出来なくて、東クンがサッカーの話題で盛り上がっている時も、じっと聞き耳を立てて心の中で会話に加わって満足して、たまに目が合うと、慌てて反らして何気ないふりを装うのに苦労して……。
そして―猫は……?
猫の身でありながら、人間に恋をしてしまった叶わぬ思いに苦しみながら、やっぱり私みたいに、そっと陰から見ているだけの生活に戻らなきゃならない。
いけない……。
本当に切なくなってきちゃった。
私は、体育館の下窓から、そっと離れた。
猫を待ち伏せるために……。
5時間目の終了チャイムが鳴ると、急にどこもかしこも騒がしくなる。
私は、体育館の横の植え込みの陰にかくれて、猫が出て来るのを待っていた。
しばらくして、更衣室で着替え終わった猫が、アキコ達と一緒に出て来た。
私は素早く猫の足元に飛び出した。
「あれ。みゃーこんちの猫だ」
「ほんと。今までどこに行ってたの?さがしてたんだよ」
カオリとアキコが私を見つけて言うと、猫は私を無言で抱き上げた。
「ねぇ、悪い。先に教室に戻ってて。すぐ行くから」
「OK。早くおいでよ」
「じゃね」
二人がそう言って、教室へ向かうのを見ると、猫は私を抱きかかえたまま、人気のない体育館の裏手へと歩き出した。
「猫になった気分は、どーお?」
猫は私を地面に下ろすと、開口一番に言った。
えらい皮肉!
「いいわけないでしょっ!」
って言いたかったんだけど、例のごとく『にゃあにゃあっ!』になっちゃって、どうもすごみがない。くやしい……。
「魔法を解いてくれって言うんでしょう?でも、約束のタイムリミットまでまだ時間があるわ。今日一日、あなたを猫にしてあげるんだから」
猫は胸の前で偉そうに腕組をすると、ツンとした態度でそう言った。
やっぱり、かわいくないなぁ。
だって、お言葉ですけどね。私があなたに猫にしてもらった、なんてありがたみは、これっぽっちもないしっ。
私が猫言葉で訴えると、猫は一瞬視線を逸らして俯いた。
「あたし……あなたを騙したわけじゃないわよ」
そう言うと、猫は私を真っ直ぐに見た。
その目はとっても怖かった。自分の顔を怖いだなんて今まで感じたことないくらい怖い顔だった。
「あなたが猫になりたいって言ったのよ。だからあたしはその願いを叶えてあげたんじゃない」
え?うそ。今、なんて?
「もう忘れちゃったの?」
私、そんなこといつ言ったの?
「ホント、忘れっぽいのね」
むむむ~~。いくら温厚な私でも、もう完全頭来たわ。
「覚えてないのね」
「そんなこといった覚えはありませんっ」
「……言ったのよ。あの時、東くんを見ているあなたのそばにいたあたしを見て『猫って気楽だね。あたしも猫になりたい』って、そう言ったじゃない!」
ガーーーーーーン……。
そう、だったっけ……?
そう、言えば……そんなことがあったような気もするけど……でも、でも、だからって、それを本気にするなんて……
「あたしはなんで犬に生まれて来なかったのかなって、思った。犬ならきっと東くんはかわいがってくれる。でも、それより人間だったら……人間ならもっと良かったのにって、人間の女の子だったら良かったのにって、ずっとずっと思ってたのに……。あたしはね、人間の女の子になりたかったの!東くんのそばで一緒に冗談言って笑ったり、練習が終わったあとタオル渡したり、学校帰り一緒にハンバーガーかじったり、休みの日は一緒にどこかへ出かけたり、人間の女の子なら出来ること、みんなみいんないつも夢だった。……だって、あたしは猫だもの……!その度にいつだって、いつだって思ってた。人間になりたいって!なのにあなたはそんなことを願う前に、もうちゃんと人間の女の子なのよ。しかも、あんなに近くにいられるのに、不公平だよ!そうでしょう?」
私……言葉がなかった。
「猫だって、人間に恋をすれば魔法が使えるのよ。だからあたしはあなたになった。あなたじゃなきゃならなかったの!」
――――わたしじゃなきゃ……ならなかった?
どうして――――……?
そうよね。なにも人間になりたいんなら、“わたし”じゃなくてもよかったし、猫自身として人間に変身すればよかったじゃない。
「あなたは……そりゃあ遠くから見ている時は東くんのことを見ていたでしょうけど、近くにいる時って、まともに見ていられなかった。だからなんにもわかってないの!でも、あたしは今日のあなたみたいに、いつでもどこからでも東くんのこと見て知ってたわ。教えてあげる。東くんはね、あなたのことを気にしてた。あなただけが東くんと話をしないのを。東くんとだけあなたが話さないのを。あなたはいつもいつも一歩下がって逃げてたくせに、東くんはあなたのことを気にかけていた。ずるいじゃない、そんなのって!だからあたしは、あなたになりたかったの!」
猫はそう言うと、私の前から走り去った。
知らなかった……そんな……そんなこと……。
東クンが私を気にしてくれてたなんて……まさか……ほんとうなの?
猫が私をうらやんでいたなんて……うそでしょ?
うそ……だよね?
私は、しばらくその場を動けないまま、頭の中では猫の最後の言葉が木霊していた。
私は、いつものサッカー部の練習の見えるグラウンドの隅の木の陰に来ていた。
ここにいれば、猫に会えると思ったから。
猫にもう一度会って言わなきゃ。
私も東クンが好きなの。だから今すぐ魔法を解いてって……。
「そうは行かないわ」
ふいの出現に、面食らっている私の前に立って、猫が見下ろしていた。
「あたし、練習が終わったら、東くんと約束してあるんだ。話したいことがあるって」
えっ?
「あたしがどうして東くんを好きなのか、全部話すつもり」
ちょ、ちょっと!
「あなたにそれを止める権利なんかある?」
私の顔した猫の冷たい目が光った。
「あ、あるもん!わたしも東くんが好きだもん!わたしの姿を借りて言わないで!」
猫言葉だけど、きっぱり言えた。
二人の間に花火が見えるほど、私達は長いことにらみ合った。
――――しとしとしと……
ふと耳元に、雨音に似た静かなトーンが流れて来て、まわりの空気が突然ぱぁっと真っ白になった。
「あの日、雨が降っていたわ……」
猫は遠くを見つめるような目をすると、懐かしい思い出話でもするかのように、静かに語り出した。
「あたしは東くんの家の近くの空き地の隅に捨てられていた。滲みたダンボール箱の中でびしょ濡れになって泣いていたあたしを、学校帰りの東くんが見つけてくれたの。東くんは、持っていたタオルであたしの体をくるむと、丁寧に拭いてくれて、とっても優しい目をしてあたしを見てくれた。東くんの胸の鼓動はお母さんみたいに優しくて、東くんの腕の中は、お母さんみたいに暖かくて、そして東くんのタオルは太陽の匂いがした。あたしはそのあと、すぐに東くんの親戚の家へもらわれちゃったけど、家を抜け出しては東くんに会いに行った。東くんの行く所なら、どこへでだって!だって、そうでしょ?好きな人のそばにいたいもの。たとえ……たとえ、あたしのこと嫌いでも……」
猫が悲しそうにまつげを伏せた。
耳元の雨音が一段と激しくなって、突然ある光景が広がった。
雨の中、スポーツバックを頭に乗せて走り去ろうとする東くんの足元に、ごそごそと動くダンボール箱。
ふと足を止めて中をのぞく東くん。
――――これは、猫と東くんの出会いのシーン?
猫嫌いのはずの東くんが、スポーツバックの中から取り出したタオルで猫をまるで壊れ物でも扱うようにして包み、大事に抱きかかえる。
安心して目を閉じる猫――――……
そんな光景が、私の目の前に、まるで映画のスクリーンでも見ているかのように、鮮明に蘇る。
猫はあんまり好きじゃないって言ってた東クンが、もしもあの時、あのまま通り過ぎていたら、猫はきっと東クンのことを好きになんかならなかった。でも、誰にでも優しい東クンだから、だから私は好きになった。猫もそうだったんだね。
……そう、もしかしたら、猫の方が切ない恋をしているのかもしれない……。
人間の私なんかよりも、ずっと……ずっと……辛いのかもね。
でも……だからといって……私の姿をした猫の恋の応援なんか……できないよ。
「今日一日、あたしには権利があるわ。だから、あたしが南みやこなの。それに……」
それに?
「もしあたしの想いが届いたら、あたしは一生人間でいられるの」
えっ?
「どうせあなたになんか言えやしないんだもの。見ているだけのあなたなんか、一生猫でいるのが一番幸せでしょ!」
な、なに言ってるの?
「猫!」
「ついて来ないで!邪魔しないで!」
猫はくるりと背を向けた。
ちょっと待って!
「来ないでったら!」
キッとした表情で猫が振り返る。
「もう練習が終わる。あたしが約束したのよ!あたしが、南みやこになるんだから」
それ、どういうこと???
「あたしの告白が成功したら、あたしはこのままずっと人間でいられるんだ。猫の日の魔法で!」
――――ピーーーッ……。
サッカー部のコートで、ホイッスルが鳴った。
そして、猫は駆け出した。
猫は校門に向かって走っていた。
私も夢中でその後を追っていた。
猫の足は、恐ろしく速くて、私は走りながら息が次第に切れて苦しかったけど、必死の思いで足を動かした。
猫が南みやこになるって……一生人間のままでいられるって……それ……どういうことなの?『猫の日』って、今日一日だけの魔法じゃなかったの?
嘘よね?そんなの――――……
でも、もしそれが本当だとしても、あなたの姿は南みやこで、あなた自身じゃないのよ。
私、大切なことに気付いたの。
何が大事かって、わかっちゃったから……。
ごめんね。悪いけど、あなたのお願い聞けないよ。
待って……!
声をかけようにも、心で叫ぶのがやっと。
苦しい……今にも倒れそう。
そういえば……朝から何にも食べてなかったんだもの。
でも、頑張って走らなきゃ……こればっかりは、猫に譲れないんだから。
私だって、東クンと話したいことがいっぱいいっぱいある。
サッカーの話。
それから、サッカー以外の話。
昨日見たテレビ番組とか。
今、一番はまってる飲み物とか。
むちゃくちゃに駆けた。
前足と後ろ足を自分でどうやって動かしているんだかわかんないほど、がむしゃらに駆けた。
せつない……。
でもそれは、駆け足のせいじゃない。
ごめんね、猫……。
私やっぱり自分で言いたい。
東クンが好きだって。
私は、猫に思いっきり飛びついた。




