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猫の日ねこに  作者: うさ かいり
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第4話 わたしの気持ち・猫の気持ち

あなたを猫にしてあげると言って、わたしになりすました猫。

どうやらそれが猫の計画だったみたい!?

わたしになった猫は、よりにもよってわたしの大好きな東クンのことがどうやら好きみたい!

 私って存在はいったいなんだろう……。

 今の私が突然いなくなって、誰かが私の代わりになれれば、それで済むくらいのちっぽけな存在?

 前に残業続きのお父さんが胃を壊した時、お母さんがこんなこと言ってたっけ……。

 『仕事も大切でしょうけれど、もっと体を労わってくださいね。会社はお父さんがいなくなっても他の人が来ればいいけれど、うちはお父さんがいなくなると困るんだから』

 その時、お父さんは苦笑いしながら『サラリーマンなんて悲しいもんだな』とつぶやいて、それから『うちだって、お父さんの代わりがいれば必要なかったりしてな』と言って笑って、お母さんに怒られてた。

 人の存在ってなんだろう。

 少なくとも東クンには私ってどうってことない存在なんだろうな。

 単なるクラスメイト――――きっとそれはいてもいなくても気にならないっていう程の――――。

 私にとって、東クンは東クンのサッカーボールなのに……。

 そう思うと、きゅーっと胸を締め付けられたみたいに苦しくなっちゃう。

 こんな気分になってしまったのは原因がある。

 あれでも友達なの?

 もぉっ。どうしていつも一緒にいてわかんないのよー……。

 大の仲良しのはずのカオリもアキコも、私の姿をした猫を疑いもせず、私だと思い込んでいる。ぜーんぜん分かんないのよ?

 信じられない……。

 私悲しいよ……。


 二人とも私の片思いを知ってる。

 カオリもアキコもいつの間にかボーイフレンド見つけちゃって、あんまりのろけ話ばかり聞かされているもんで『みゃーこはさ、好きな人くらいいないの?』ってカオリに聞かれた時『く、くらい……いる……。』って言っちゃったんだ。

 ところがそれからが大変!

 二人とも大騒ぎで、『告白するんだ!』とか『3カップルでグループ交際なんてものもいいね!』なんて私の空想を遥かに超えちゃうわけ。

 もちろんそんなことできたらいいに決まってるけど……。

 ――――そう言ったラ、カオリとアキコは『こういう時こそ、持つべきものは女友達よ!』とかなんとか二人で声を合わせちゃって、私の恋に協力してくれることになった。

 それはそれでとっても嬉しかったんだけど、それからの毎日、私の心臓は驚きっぱなしの連続。

 東クンが教室を出るタイミングに合わせて、私の教科書をわざと目の前に落としたり、東クンの側を通る時、私の名前を大きな声で呼んだり、わざとらしいんだもん。

 『まずはきっかけきっかけ!』ってカオリ。

 『そうだよ。強烈なインパクトでも与えなきゃ、みゃーこみたいな大人しいタイプはそれこそいるんだかいないんだかわかんないんだから。』ってアキコ。

 でもあんまりにも二人の行動がエスカレートしちゃうから、ついついふてくされて『もういいの!私、東クンは憧れなの。だからこうして見てるだけでいいの。付き合うとか、付き合いたいとか……そんなんじゃなくて。このままでいいんだ。私……。』

 一生懸命になってくれる二人には、とっても悪かったけど、そのままだったら心の中が忙しくなって、そわそわしちゃって、私どうしていいかわからなくなっちゃったから。

 二人とも『意気地なし。』『そんなんだと、一生、男運なくて尼寺行きだよ。』だとかって散々言われちゃったけど。

 二人にしてみれば、私って歯がゆいかもしれないね。

 本当に好きだったら、猫みたいにアタックしなきゃいけないかもね。

 猫かぁ……。

 このままずっと猫のままでいたらどうなのかなぁ……。

 人間に戻ったって、どうせ東クンと親しくなることなんて難しいんだし、それより猫でいた方が有利かもしれない……なんてね。

 東クンの膝元で平気で甘えられることだって出来そう。膝の上で頭を撫でてもらったら、さぞかし気持ちいいだろうなぁ……。


 ――――やだっ。


 こ、こんなこと考えるのって、い、いやらしいよねっ。

 私は自分の空想に、一人で赤くなった。


 ――――でも……。


 猫だったら許される?行動よね……。

 猫――――あの猫――――東クンの家を知ってるって言ってた。

 もしかして、私の考えてることと同じことしてたりして……。

 東クンの枕元で一緒に寝ちゃったり……うわっ!

 な、な、なんか今いけない想像をしてしまったっ……!

 ちょっと想像することが過激だったかな。

 相手は猫なんだし。

 でも、人間的な感情持ってるのよね……。

 下心があると言えば、ありそうだし……あるある。ぜぇーったいある!

 図々しくて、厚かましくて自己中心的だし、私の姿をしてるっていうのにしゃくに障るし……って、あーーーーっ!?

 

 気が付くと、いつの間にか教室の中はからっぽ!

 そうだ。次の二時間は理科だったっけ。

 みんな実験室に移動しちゃったんだ。

 今日は顕微鏡を使って、植物の細胞を見るんじゃなかったっけ?

 えへへ。実を言うと、私理科の授業は学科内容は別として好きなんだ。

 だって、東クンの班とは隣同士だから。

 ドキドキしちゃうけど、近くにいるのが不自然な状況じゃないし……。


 ――――ということは、こうしちゃいられないんだった!


 早く実験室に急がなきゃ。

 今頃猫は……。

 焦ったせいか、足を滑らせて、慌てて枝にしがみついた。

 あー……危なかったぁ。

 気を付けなくっちゃ。まだ死ねないもん!

 後ろ向きになって、手足に力を込めながら、少しずつ動かして……。

 上手くいきそう。

 そう思った時――――

 

 ずだだだだだだーーーーっ。


 後ろ足が滑って、いきなり地上5メートル位の高さから滑り落ちた。

 さーっと血の引いていく感覚。

 何とも言えない不快感のうち――――


 ――――ずでん!


 思いっきり腰を打ちつけた!


 ――――痛ったぁいっ……うぅっ。


 ぐすっ。

 思わず涙がじんわり。

 やっぱり猫の生活は私には無理。

 運動神経が不向きみたいだ。

 もうっ。やだっ……。

 猫なんて……猫なんて……。


 ――――早く戻りたい!


 そう思ったら、ますます涙が滲んできちゃって、すっごい情けない気持ちになってきちゃった。

 猫なんていいことない。

 私ちっとも得してなんかないもの。

 猫の為に私が猫になったみたいじゃないの。


 半べそかきの猫の私は、びっこひきひき南校舎の横を抜けて、北校舎との間にある中庭へやっとの思いで辿り着いた。

 ふいに傍に立ててあった看板の文字がよぎる。

 “芝生に入らないで下さい”

 こんな所を見つかったら風紀の先生に叱られるなって思って芝生から出ると、外廊下に入った。

 理科室は北校舎の一階の東側にある。

 休み時間が終わって、みんな教室に入っているらしく、辺りには生徒はいなかったけれど、途中遅れた女子生徒が二、三人駆けて来て、私の姿を見て声を上げたけど、時間がないのでそのまま行ってしまった。

 私はほっとして、理科室の窓の外へ近付いた。

 こっそり開いた教室の窓から覗く。

 先生はもう来てる。

 今日の授業内容の説明をしている。

 先生の前のテーブルの上には雑草の固まりがこんもりとしている。

 えーっと私の班は一番奥の後ろで7班――――廊下側から縦横3列ずつ並んで9班に分かれる――――東クンは8班で黒板を前に座ると隣同士になるわけなの。


 ――――さぁてと……。


 いたいた。猫。

 東クンの隣で、思った通り笑顔が最高に輝いちゃってる。

 あ~ぁ。見ちゃいられない。

 時々、肩にかかる髪をしなやかな手つきではらりと払いのけたりして、さては東クンの気を惹こうとして……魂胆わかっちゃうんだから……。

 しかも、それを東クンたらチラリチラリと見てるんだもの。

 なんだかこっちが赤くなっちゃう。

「じゃあ、各班の班長、一つずつ顕微鏡と草を取りに来て。」

 各班の班長、副班長が立ち上がる。

 東クンも。東クンは8班の班長なんだ。

 東クンは顕微鏡を自分の班のテーブルに置くと、私の……じゃない、猫の髪をじっと見て。

「南の髪、一本くれない?」

 猫が驚いて東君を見る。

 こころなしか頬が赤く見えたのは気のせい?

「やだよーだ」

 ふいっと顔をそむけるように言ってから、大事そうに髪をそっと撫でる。

「なんだよ、東、南の髪欲しいの?」

 西本君がにやにやし東君を見る。

「南の髪って、シャンプーのCMに出てくるみたいだからさ。顕微鏡で見たらどんなかなって」

 東クンは、からかうような西本君のことなんて気にもしない感じで、さらりと言った。

「じゃ、お前のでいいや」

 そう言うと、東クンは西本君の髪に手を伸ばした。

「おい、まてまて」

 西本君が両手で頭をガードすると、東クンは悪戯っ子みたいな笑顔であははと笑った。


 ―――なになに、今のなんだったの!?

 見ている私の方がドキドキする。

 猫も東クンを見ている。

 東クンがその視線に気づいて無邪気に笑う。

 猫はをベェーっと舌を出すと、東クンもそれを見て笑う。

 ―――なんだなんだ?

 あの二人……やけに仲良くなっちゃって……。

 チックン、って胸のどこかにトゲが刺さったみたい。

 突然二人の間に割って入って、叫びたくなった。

 “それは私じゃないの!南みやこはこっちだよ!私が本物の南みやこだよ!”って……。

 東クンたら偽者の私となんだか仲良しになっちゃって、冗談なんか言い合ったりして……。

 東クン……。

 胸のトゲがまた深くめり込んだような気がした。


「こおら!」

 いきなり私は後ろから二本の手で抱きあげられた。

 ごつごつした手。痛いよぉ……。

「お前、授業受けたいのか?駄目駄目。猫は昼寝してりゃあいいんだぞ。勉強の邪魔しちゃいかんいかん」

 用務員のおじさんだった。

 みんな一斉に私の方を見る。

 驚いた顔の猫とバッチリ目が合った。

 そして、東クンとも……。

 無意識のうちに、私は教室の中に入りかけていたんだ。それを通りかかった用務員さんに発見されちゃったんだ。

「わぁっ。かわいい子猫!」

 一番近くにいたアキコが私に手を伸ばして来た。

「みぃぃっ(助けてっ!)」

「どーも、授業の邪魔をしちゃって。続けて下さい」

 用務員のおじさんは、先生にそう言うと、私をしっかりと抱き抱えて歩き出した。

 おじさんの腕の中でもがきながら猫を見る。

 猫も私を目で追ってる。

 東クンは……もう見てない。顕微鏡をいじってる……。

(東クン!助けて……!)

 私はなぜか必死になって叫んでいた。


 ――――どうして……どうして?


 どうして見てくれないの?

 東クン……なんだか冷たく感じるよ……。

「こらこら。静かにしろよ」

 用務員のおじさんが、怖い顔をして私を覗きこむ。

 心細くなって、私は泣いた。

 泣いたけど――――

 泣いた声も猫の声。

「ふみぃ……ふみぃ……」

 私は猫の声でいつまでも泣いた――――


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