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猫の日ねこに  作者: うさ かいり
2/8

第1話 目覚めた朝

 ――――はっ……?


 今のは……夢?

 なんだか変な夢なの。

 猫になってる夢なんて。

 「みゃぁ~うぅ~……」

 私は大きくのびをした――――つもり。

 「……う?」

 ――――だったんだけど、んん?

 なんか私、今、変な声出さなかった?

 風邪でも引いちゃったかな……?

 もそもそとベッドから身を起こそうとした私は……

 「!?」

 なっなにっ!?

 なんか変だ!

 天井が、高くなってる?

 ドアもやたらと大きくなって……部屋全体が膨らんでる!?

 それだけじゃない、タンスも、机も……うさぎのぬいぐるみも、大きくなってる気がする……。

 いったいどうしちゃったっていうの?

 私ったら、まだ寝ぼけてるのかな……。


 ――――ごしごし。


 目をこすってみると……ん!?

 やだっ!この手誰の手?

 私ってば、こんな毛深い手してないよー?


 目をこすった私の手は、真っ白なふさふさした毛が生えていた。

 私は慌てて自分の体を眺めまわした。


 ――――絶句……!


 なんと!私の全身は、ふさふさとした白い毛皮に覆われていた。


 これって、夢の続き?

 ううん。違うっ。

 正夢だっ!


 “朝目覚めたら、自分が猫になっていた”


 ――――なーんて、ラノベ小説の設定のような話を、いったい誰が信じるだろうか!?

 だけど、残念ながら、私には心当たりがあったんだ。


 それは、つい昨日のこと――――……


 「きゃぁあっ!またシュート決まったぁっ。すっご~~~い!」 

 「やっぱ、かっこいいよね!東先輩はっ!」

 「あっ。こっち見たぁっ!きゃぁっ。」

 「うそうそ!あたしの方見たんだもんね!」

 「うるさいっ。あたしと目があったの!」

 「あっ。見てみて!東先輩またボール奪ったよ!」

 「がんばってー!きゃぁーん。」


 ――――なーにが、“きゃぁん。”よーだ!


 自称“東先輩ファンクラブ”を名乗る一年生の女子集団を見ながら、私はというと、ずーっと離れた校庭の隅の桜の木の陰にいた。

 私の所属する美術部は、部員も少なく各自適当なこともあって、早めに引き上げてはこうしてサッカー部の練習を見て帰るのが私の日課。

 けど、だからって別にサッカーが好きなわけじゃないんだ。

 私が好きなのは――――サッカー部のミッドフィルターやってる男の子、東クン。

 東クンが、ひたすらボールを追ってグラウンドを駆け回ってる姿を見たくて、毎日ここに足を運ぶ。一段と光って見える彼を見たいから……。

 つまりは、一年生の女の子達とお目当てはおんなじってわけなんだけど……。

 私には、あんな風に素直に応援する勇気がなかった……。


 東クンと私は同じクラス。

 なのに、ろくに会話らしい会話っていうのもかわしたことがない。

 これが一学期の最初の月とかだったら、話もわかるだろうけど、もう二学期はとっくに始まっちゃってる。

 そりゃあね。二年になって、東クンと同じクラスになれた時はうれしくて、神様に何度もお礼言っちゃったよ。

 だって、ずっと夢見てたんだもの……東クンと同じクラスになれますように……――――って、神様に随分お願いもしたし、もし同じクラスになれたらどんな話ができるかな――――なんて、想像したり……。

 なのに、クラスは一緒になれても、やっぱり特別な進展なんてなくて、“おはよう”の挨拶も“バイバイ”なんて掛け声だって、その日に交わせるか交わせないか、って調子。

 そんなわけで、同じクラスにいながら、ろくに口もきけない私は、こうやって、サッカー部の練習をグラウンドの隅っこで見つめ――――という毎日を繰り返していた。

 ここなら、誰にも邪魔されることもなく、安心して東クンを見ていられる。

 教室の入り口で、いきなり顔を合わせてドッキリすることもないし、思わず視線同士がぶつかって、慌てて逸らす必要もない。

 ただ、じっと見つめていられたから……。

 どうせ、私の視線なんて気付かないだろうけど、私はいつも東クンだけを見ている。

 『大好き……。』

 いつか東クンが見つけてくれる……そんな期待さえ夢見ながら……。

 私って、馬鹿な女の子かな……。


 「大馬鹿ね。」

 突然、私の心の中の呟きに誰かの声がかぶさった。


 ――――だ、だれっ!?


 私はギョッっとして振り返った。

 確かに人の声がしたのに、そこには誰もいなかった。 

 「どこ見てんのよ。こっちよこっち。あなたの上。」

 キョロキョロしている私の上から、なるほど声がして、見上げると、桜の木の上にいた、真っ白な猫と目が合った。

 「そう。あたしよ、あ・た・し。」

 「なぁーんだ。猫じゃない……。」

 と、私はほっと胸を撫で下ろし――――

 「――――えっ!?」

 「?」

 「猫が……しゃべった……?」

 確かに今、猫が……。

 人間の言葉を猫が……!?

 嘘だ嘘だぁ!

 ま、まさか……ば、化け猫!?

 それとも、猫型宇宙人とか――――!?

 私は完全にパニックに陥っていた。

 「あなたってば、ほんっと想像力豊かね。化け猫?猫型宇宙人?自分を納得させようと必死なのはわかるけどさ。」

 そうだよね。ラノベ小説じゃあるまいし。

 猫が……猫がしゃべるわけないし……!

 「猫が人間の言葉を話すなんて、そんなに信じられない?んふふ……。人間がそう思ってるだけよ。」

 猫は緑色の目を細めて言った。

 「あたし達は人間とうまくやっていく為のことしてるってだけ。猫って器用なのよ。でも、今日は――――猫の日。」

 「……猫の日?……なに、それ……。」

 「魔法の使える日――――特別な日。」

 猫はそう言うと、するりと、空気の流れさえも変えないような、滑らかな動きで私の足元に降り立った。

 「ねぇ、あなた。さっきからずーっと見てるあの男の子のこと……好きなんでしょう?」

 「――――え……っ。」

 私は耳元まで真っ赤になって、言葉に詰まってしまった。

 人の言葉を話して、人間をからかうだなんて、なんて性質の悪い猫だっ。

 「図星ね。かぁわい。」

 「あ……あのねっ。」

 語尾の後ろにハートマーク付けて笑ったりして、さっ最悪!

 「ほらほら、そぉんな顔しないでよ。あたし、あなたの力になってあげようっていうんだから。ね?あたしってば、親切な猫でしょう?」

 「!!」

 「ねぇ……あの男の子の家、私知ってるのよ。教えてあげましょうか?」

 猫はそう言うと、お得意の猫なで声ってやつで、私の足元にすり寄って来た。

 「……え。」

 「それから、もっともっと色んなこと知りたいと思わない?こんな木の陰に隠れてたって、何の進展もないじゃない。」

 猫が私の足に体を摺り寄せる。

 ――――ぞくっ!

 思わず全身鳥肌が立っちゃった。

 足元にすり寄る猫にはすっごい嫌悪を感じたけど……。

 猫の言うことももっともな気もした。

 確かに、ね。こんなことしてたって、どうにもなるもんじゃないってことくらいわかってた。わかってたけど……改めて人に――――じゃない、猫に言われてみると、すっごく無意味って思えちゃって……。悲しくなるじゃない……。


 ――――くすん。


 「片思いだなんて、今時の中学生の女子にしちゃあ、すっごく純情すぎるな~。」

 「う、うるさいなぁ……。」

 私は、半分泣きそうになって、顔を背けた。

 猫はそんな私を探るように下から覗きこむと、にんまりと笑った。

 「いいわ。あたし、あなたがあの男の子に気楽に近付けるようにしてあげる。」

 猫が怪しげな緑色の目で、上目づかいに私を見る。

 まるで宝石のような緑色の目……その瞳に一瞬吸い寄せられる。 

 「……そんなこと……できるわけ……」

 「ふふ……。」

 猫はちょっと意味ありげに目を細めると、ゆるやかに尾を振った。

 「明日一日、あなたを猫にしてあげる。」

 「え……?」

 私は目を丸くして猫を見た。

 「約束よ。」

 猫はそう言うと、何がなんだか言われた言葉の意味がよく飲み込めないでいる私の前から、音も立てずに消えてしまった……。



 ――――そして、今朝目が覚めた私は、猫になっていた。

 ってわけ……。

        

 どうしよう……。

 まさか……まさか、本当に猫になっちゃうなんて……!

 あーん!あんな猫の話なんて聞くんじゃなかった!

 夢じゃないのかなー……。

 夢だったら、早く覚めてぇー!

 私は枕に思いっきり頭をぶつけた。


 ――――その時だった。

 階段を上がって来る軽い足音を聞いた。


 ――――誰か来る!


 と、感じたら……やだ!

 私の耳ったら、ぴーんと立ったりして!

 体中が緊張してくるのを感じたと思ったら、毛が逆立ってきた!

 なんとも言えない感覚だ!

 ――――なんて、呑気なこと言ってる場合じゃないったら!

 私は素早く――――自分でも信じられないくらいの機敏な動きで――――ベッドの下へ潜り込んだ。

 と、同時に部屋のドアが開いた。

 ギリギリセーフ!

 足が見える。

 紺色の靴下を履いた足……。

 誰の足?

 細い――――女の子の……足?

 足は、私が丸くなって隠れているベッドに近付いて来ると、毛布をはぐった。

 「あらら?いませんねぇ。どこ行っちゃったんでしょ?」

 女の子の声だった。

 おかしい。

 うちには私以外、女の子なんていないはず……ん?

 「変ねぇ。みやこったら、どこ行っちゃったのかしら?」

 “みやこ”って、私の名前。

 それでもって、そう言った女の子の声は――――

 私は、そろりとベッドから這い出した。

 女の子の正体を確かめなくちゃ……。


 ――――あ!!


 やだ!いったいぜんたい、どうなっちゃってるのー!?

 そこには、私がいた。

 どういうわけか、制服姿の私が、ちゃんと立ってるわけ。

 お気に入りの、レースの縁取りのある緑色のリボンまで髪につけた、まるで私が……!

 「あら。見―つけた!みやこちゃんたら、こんなところに隠れちゃってたの?そうか。びっくりしたのね。大丈夫よ。パパとママには、ちゃあんと朝のご挨拶は済ませたし、学校へ行く支度ももうバッチリよ。そうそう。今朝の朝食ね。鯵の開きに、鰹出汁のよくきいたお味噌汁だったの。あたしの大好物ばかりで、おいしかったわ。ご飯二杯もおかわりしちゃった。」


 ――――やっぱり(ガクッ……)。


 私は頭をうなだれた。

 声は私だけど、しゃべり方はあの猫そっくりだ!

 「そうそう。みやこちゃん、朝ごはんまだなのよね。お弁当あげるわねー。出来立てよ。あ、あたしはお昼にパンでも買うから心配しないで。みやこって金持ちねー。」

 猫はそう言うと、手に持った私のお財布をふらふらと振った。


 ――――あん!ドロボー!返せ~!


 だいたいなんで私のお弁当を猫にもらわなきゃなんないのー!

 それに、私はいつも朝はパンなのよ。和食はお父さんの分なのに。

 ご飯二杯もおかわり!?

 私は頭に来て、思いっきり文句を言ってやった。

 ……つもり、なのだけど……。

 情けないことに、言葉にならない~!

 「にゃぁー!にゃあ!にゃあぁ!?」

 昨日の猫は、ちゃんと人間の言葉を話してたのに、どうして私が話そうとすると“にゃあにゃあ”になっちゃうの!?えーーーんっ。

 「あらあらあら。まだ猫の言葉が難しいみたいね。でも、じきに慣れるわ。じゃあ、あたし、そろそろ学校へ行く時間なので、ま・た・ね~。」

 猫は気取ってウインクすると、私を一人部屋に取り残して出て行こうとした。


 ――――あん、待ってよ!


 慌てて駆け寄る私の鼻先で、ドアは冷たく閉まり、私は勢いよくドアに顔をぶつけ、勢いあまって、ぶざまにも後ろへ転がった。

 「ふみぃ……(いったぁい……)。」

 鼻が低くなったらどうしてくれるのーっ。

 かわいくないっ。かわいくないっ。

 なによ、あの態度っ。

 私とすり替わって、嬉しそうに。

 私の為だなんて、うそばっかり!

 あれじゃあまるで……まるで、自分が人間になりたかったみたいじゃない!

 そう、まるで――――……?


 ――――!?


 まさか、ね?


 ――――……。


 私は、ぷるぷると首を振った。


 やだやだ!考えたくないっ!

 ――――初めっから、これが……


 猫の計画だった、だなんて――――……!



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