変わり果てた彼女を見た彼は
「想太?」
その声を聞いた彼は、凍りついた。
そして、その声の発信源に、笑顔で振り向いて。
「か……な?」
パァッと顔を輝かせて、そして、顔を曇らせた。
加奈先輩には、もう、チャームポイントのツインテールはない。
代わりに、風で少しだけ揺れる、ショートカットになっていた。
「……加奈? 変わった……んだね……」
「うん……」
しん、と静まり返った教室で、二人だけの声が響く。
野次馬達はざわざわしっぱなしだったけど。
「……心配、したんだけど? 加奈、またこっちに戻ってきたのに、全然顔を見せないんだもの」
「そうだよね。ごめん」
今度は加奈先輩は、はっきりと返した。
途端に、あたしの後ろから、舌打ちが聞こえる。
振り向くと、後ろには萌花ちゃん。
……あぁ、加奈先輩と想太君が再会して悔しいんだな。あたしだって悔しいから、その気持ち、痛いほど分かる。
好きな人の幸せを願うことが本当の好きだなんて言われているけれど、好きな人には、自分のことを好きでいるのが幸せであってほしいよね。
……何言ってるのか分からないが、正直あたしにも分からない。けれども好きな人に自分を好きでいてほしい、と思う気持ちはある。
萌花ちゃんにだって、そんな気持ちがあるのだ。
「加奈は、何で髪を切ったの?」
突然、想太君がそんなことを聞きだした。ひどく冷たい声で。加奈先輩が髪を切ったことがショックだったのか、それとも。
加奈先輩が戻ってきたのに、自分の所に顔を見せなかったことがショックだったのだろうか。
「そ、れは……」
何故か加奈先輩は顔を下げて、俯いた。
皆は、ざわざわしながらも、見守っている。
「イ、イメチェン……?」
加奈先輩は、あははと笑って、続けた。
「もうちょっと短いツインテールにしてみたら可愛いかなぁって。もしそれを自分で切ったら、私、一流の美容師さんになれるんじゃないかなって思って。切ってみたら、全然合わなくて。やけになっちゃって、全部、バッサリ切っちゃって。そしたら、ショートになったんだ!」
加奈先輩は、髪をくるくる巻いて、「でも、これでも大丈夫でしょ」と、影のある笑みを浮かべた。
加奈先輩、嘘、ばっかり。
本当は、そんなことないのに。
自分が想太君のそばにいたら、迷惑だって、名塚さんに言われて、困っていたくせに。
……想太君のことが好きで、だから、迷惑だと分かっていても、一緒にいちゃうんだ。
……やっぱり、皆そうだよね。加奈先輩でも、そうなんだ。
名塚さんにどれだけ迷惑がられても、想太君は加奈先輩のことが好きなんだもん。
むしろ一緒にいることが妥当に思えてくるよね。
……でも、今の加奈先輩は違う。
悲しげで、でもそれを悟られないように、笑みを浮かべているんだ。
本当は泣きたいほど辛いはずなのに、想太君に辛い思いをさせないように。
……何でこんな、こんな優しい加奈先輩のことを、皆恨んでいたんだろう、と今自分でも不思議になってしまうほどだ。
「……そっか。……そうだよね。加奈、失敗しちゃったんだよね」
想太君はあははっと笑って、加奈先輩の目を見た。
「そうだよね。加奈なら、そんな失敗するもんね。不器用だもん。でも似合ってるよ。可愛い」
「そうかな、可愛いかな。……って! 最後で誤魔化しても、序盤は誤魔化せないからね!? 何だよ不器用で失敗するって!」
加奈先輩はぷんぷん怒りながら、何故か噴き出した。
その瞳が切ない色に染まっていたことに、あたし以外の誰も、気付かなかった。