プロジェクトで起こった事件
名塚さんの意外な裏を見た日の、翌日。
まさかあんな真面目……なのか分かんないけど真面目そうな、そんな名塚さんが加奈先輩に酷いことを言うなんて、信じられない。
「名塚。おはよう」
「おぅ」
何だか昨日の喧嘩から仲が悪そうな想太君と名塚さんが、何故か挨拶をしている。
あたしは、この状況をハラハラしながら見守っていた。
「……計ド、やってある? 俺まだやってなくて」
「んあ? まぁ、やってはあるけど」
……って、あれ?
今の、めっちゃ普通の会話だったよ? とある男子小学生の、誰も気にとめない会話だよ? ……まぁ、ウチの学校には、想太君の会話を気にとめちゃう人は、山ほどいるんだけど。
……でも、今の超普通の会話なんだけど……。だけど、だけどさ……。
……目が、目が怖い。二人とも、お互いを睨んでいる。
「おはよう、夏鈴」
「……お、おはよう三雪ちゃん。……あれ、落ち着いた?」
三雪ちゃんがこの緊迫した空気を和やかにするように、あたしに話しかけてくれる。
「うん、ウチのことは気にしないで。もうすっかり、平常運転」
そう言って三雪ちゃんは、ニッと笑ってピースした。
「……にしても、今日の名塚と想太、変じゃない?」
三雪ちゃんもその気配を、感じ取っていたらしい。
名塚さんは想太君をじっと睨んでいるし、当の本人想太君は、チラチラと名塚さんを睨んでいる。二人ともかなり険悪な状態だった。
周りの人達は、想太君と名塚さんを取り巻く状況に気付いていないみたいで、「今日も想太君格好良いね」などと気楽そうに口ずさんでいる。
「あー、マッジだりぃ」
急に想太君がそう言うものだから、あたし以外の皆も、びくっと肩を揺らす。
……どうしたの、急に。
「何でこんな風にだるいのかな~。ここに俺の好きな人を責めまくる人がいるからかなー」
そ、想太君!
想太君って、皆の前でもそんなに攻撃的なの?
昨日、誰もいない場所でそんなこと言われたからって、そういう風に仕返しをしちゃうの?
そんなの、いくら想太君でも間違ってるよ。
「想太君、どうしたのいきなり」
そう話しかけるは、美少女の奈波ちゃん。
「私、何でも話聞くよ?」
来た、抜け駆け!
想太君には基本的にファンクラブもないし、加奈先輩と両想いになる前は皆積極的にアタックしていたんだけど、加奈先輩と付き合った後も、加奈先輩がいなくなってしまった後も、想太君には好きな人がいるし、何しろ自分と付き合っても、想太君が悲しそうな表情をすることが分かっているから、何も出来ない人が沢山いた。
……まぁ、想太君に依存しかけている女子達は、積極的にアピールしてたんだけどね。
特に、今窓の外を見つめている、ショートカットの峠萌花ちゃんとか。
萌花ちゃん、可愛いんだけど、想太君のことを見つめる視線が本当に怖いの。まるで、獲物を狙っているかのような、そんな感じがする。
特に目立たなくて、四年生の頃は想太君と同じクラスじゃなかったけど、廊下で想太君を見かけると、いつも、見つめていて。
裕香ちゃん達、目立つ人達とは一緒にいない。大人しい子達と一緒にいるけど、想太君の前にいると、急に声が大きくなって、明るくなって、優しくなって。
つまり、超可愛くなっちゃうんだよね。想太君のことが大好き過ぎて、そういうことが平気で出来ちゃう。しかも、加奈先輩がいなくなって狂喜乱舞してパーティを開いたのも、萌花ちゃんなんだって。
「……いや、いい」
想太君は首を横に振り、そう答えた。
「えー。何でよー」
奈波ちゃんはほっぺを膨らませて、腕を組んだ。
「大体、想太君は今でも加奈さんのことを好きなの?」
「あ?」
急にそんなことを聞いたのが不思議だったのか、想太君が女子に向かって怖い声を上げる。それに一瞬怯んだ奈波ちゃんは、構わず続ける。
「想太君、加奈さんが戻ってきたこと、知ってるだろうけどさ。加奈さんがどんなふうに変わってるか、知らないでしょ?」
「知らねぇよんなの」
想太君はウザったそうにしている。
「加奈さん、ショートカットなんだよ。髪、切ってたんだよ」
な、奈波ちゃん!
それを言っちゃ!
「は? 髪を切った? ショートカット? ツインテールの加奈が?」
想太君は眉をひそめて、形の良い瞳で奈波ちゃんだけをとらえている。
もっと話を聞きたい、そんな表情だ。
「そうよ。加奈さんは暗くなってて、ついこの前会った加奈さんと、変わっていたよ! 加奈さんは、もうあの頃の加奈さんじゃないんだよ!」
奈波ちゃんは、想太君を何故か睨んでいる。
「加奈さんは、あの頃のように元気な人じゃなくなった。想太君のこと、校内で何度も見かけた場面を見たのに、一回も手を振らなかった! 想太君も、それに気付かないで、加奈さんの前を素通りしていったよね!? でも、想太君が分かるわけないよね!? 想太君の前を通る時、加奈さん、いつも下を向いていたもん! 今加奈さん、全然魅力ない状態だもん!」
「「は?」」
二人分の声が重なる。
想太君と、そして、莉以君の声。
そして、奈波ちゃんは、決定的な言葉を口にした。
「想太君、加奈さんが下向いていたって、加奈さんがショートカットだって、全然気がつかなかったよね! 加奈さん、あの時と同じ服着てても、気付かなかったよね!? 加奈さんだって期待をしていたはずだよ!? もしかしたら想太君が気付いてくれるかもって!
でも想太君は、気付かなかったよね!? もう想太君は、加奈さんのこと、好きじゃないんじゃないの!?」
奈波ちゃん! そんなこと、言っちゃ駄目だよ!
想太君、顔を真っ赤にして、奈波ちゃんを睨みつけてて。
完璧、怒ってるよ!
朝っぱらから騒動を起こした五年三組に、一組や二組の人達が駆け寄ってきていた。
いつの間にか、六年生も来ていたらしくって。
その中に加奈先輩もいたことに、想太君はやっぱり、気が付いていなかった。