表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小学生の恋物語。 第二部  作者: けふまろ
6/9

想太君の気になる人

 想太君はとりあえず、加奈先輩を探すのを諦めたらしく。


 ……いや、実は加奈先輩、教室にいたんだよ? いたんだけどね?


 後姿だけで、気付く訳なかったんだ、想太君。

 目立つツインテールではなく、ショートカットになっていたし、想太君の彼女に相応しい、堂々とした背中は、いつの間にか小さくなってしまっていた。


 加奈先輩は、こちらの騒ぎに気付いていない様子だった。一人で本を読み、席に座っている。かなり分厚い本だ。

 何で、こんな寂しそうな表情なんだろう。何で見てるこっちもこんな苦しいんだろう。

 明るかった加奈先輩を見ていたからだろうか。それにしたって変わり過ぎだと思う。十月会ったあの加奈先輩がまるで別人のように思えてきて、時の流れの切なさを感じる。

「ほら、帰って帰って。もうそろそろ授業始まるから」

 遥先輩が言った矢先にチャイムが鳴り、「やばっ」と想太君を見物していたあたしのクラスの人達は、廊下をかけていった。

 想太君も渋々といった様子で戻っていく。あたしも戻ろうと駆け出した。


 だけどその時。

 あたしだけ、がっちりと肩を掴まれて。

 振り向くと、そこには加奈先輩がいた。

「か、加奈……せ……」


 先輩の三人が、驚きの表情で加奈先輩を見つめている。

 想太君がここにいたら、どうなっていたのだろう。変わり果てた彼女を見て、どんな表情をするのだろう。



「夏鈴ちゃん、だよね?」



 十月の時と変わらない、底の抜けたような明るい声が、今の加奈先輩には合わないほど輝いているように聞こえた。

 加奈先輩から無邪気さと明るさが消えた。そんな顔をしている。加奈先輩が。

 こんなの、加奈先輩じゃない。唯一加奈先輩らしいのは、その声だけ。


「五木夏鈴ちゃん、だよね? 五年三組の」

「……はい」


 もうチャイムはとっくに鳴り終えてしまっていて、六年生の人達が、席に着いていないあたし達を見つめている。


「後で、この教室に来てくれる?」

「……へ?」


 自分だけ言い終わって、加奈先輩はすたすたと席に戻っていく。

「……は?」

 もう一度、訳が分からない、と言うように呟く。


 取り残された先輩達三人は、申し訳なさそうな、気の毒そうな表情をしながら、席に戻っていった。


 ◆◇


「遅かったじゃない夏鈴。今係の打ち合わせ中ですけど?」

 ガラガラ、と教室のドアを開けると、何故か皆、思い思いの場所について話し合っていた。

 三雪ちゃんがあたしのおでこを小突く。

「……痛っ、ちょっとぉ、もぉ!」

 三雪ちゃんとあたしは、あはは、と笑う。

「……それで、係の打ち合わせって?」

「もぉ、全く、何で遅れたのよぉ。卒業式の会場係の話! 全く。夏鈴抜きじゃ、話進められなかったんだからね!? 始まりのチャイム鳴って、五分近く経ってるよ!?」

「……え、あぁ、ごめんね?」

 何だ、そんな時間も経ってたのか。

 あたし、加奈先輩に言われた言葉が衝撃的すぎて、ぼんやり歩いてたのかなあ。

「もう、夏鈴ったら、鈍いんだから! そんなんだったら、想太に嫌われちゃうよ!?」

「ちょ、ちょっと三雪ちゃん!」


 仮にも同じ六年生プロジェクトの係なんだから、話し合いのときに傍にいるのは当たり前じゃない! そんな場所で言わないでよ~!

 ヒソヒソ話をしているあたし達に、視線が集まりそうになりかけたとき、三雪ちゃんがふいっと皆の方を向き直った。


「……な、わけで、話再開しよう?」

「はーい」

 皆が口々に返事をし、満足げな表情の三雪ちゃんが「ん、よし」と口角をあげた。



 授業が終わり、あたしは次に待っている給食へと、心ここにあらずの状況になっていた。

 しかし、そこで何たることかな、今日の献立を確認する前に、三雪ちゃんにトイレに行こうと誘われたのだ。

「夏鈴、トイレ行こう。ちなみに今日は唐揚げだって。今日もまたウチじゃんけんに参戦するから応援してね!?」

「……あたし今献立確認しようとしてたんですけど~?」

「いいじゃん、確認しようが確認しまいが、給食は変わることはないんだし」

「もー三雪ちゃんったら勝手なんだから!」


 トイレに入ると、三雪ちゃんは「しばらく待ってて~」と言って個室のドアを閉めた。

「承知しました~」

 あたしがそう言って数秒経ったか経っていないかのとき、三雪ちゃんの入った個室から「オオォヴゥウェッッ」とえげつない声……いや、音と言った方が正しいのか分からないが、とりあえず、声が聞こえた。


「……ど、どした三雪ちゃん!」


 あたしはドアをどんどんと叩く。このトイレに誰もいなくって助かった。もし誰かいたら先ほどの声……? 音……? にびっくりした人達が大変なことになっていただろう。

「何があった!? 今の音何!? 声って言うべきか分からないけど、今の何!?」


「……プ……て……」

「はい!? もうちょっと、はっきり大きく喋って三雪ちゃん! はいさんはい!」



「生理ナプキン、ウチのランドセルから取ってきて……」



 ……生理……。

 あっ、そりゃ一大事っすね。


 あたしは慌てて女子トイレを出て、教室に戻る。

 三雪ちゃんのランドセルは、確か水色。いいな水色。あたし一年生の頃、ピンク大好き人間だったからな、ランドセルも真っピンクだったんだよな。今は水色が好きだけど、あの頃はピンクが大好きだった。もちろん今も、女子を象徴する可愛い色として結構好きだけど、それでも水色が良かったな、ランドセルは。

 何てことを思いながら、あたしは三雪ちゃんのランドセルを開けて、底の方に小さく入っているナプキンを取り出して、それを着ているスカートのポケットの中に入れてダッシュで女子トイレまで戻る。


 その、途中の廊下の出来事。


 女子トイレの前よりもちょっと逸れた所に、想太君と名塚さんが立っている。

 二人とも険しい目つきでお互いを睨みつけている。見付かったらヤバいやつだこれ、と直感したあたしは、限りなく壁と同化して女子トイレまで戻ろうと試みた。

 さぁ向くんだ二人とも! 壁の方を向くんだ! 想太君はずっと見ていたいけど! 名塚さんは失礼だけど死ぬほどどうでもいい! でも行くんだあたし! 壁と同化するんだ! 忍者になるんだ! そうだ、あたしは忍者!


 そう念じても二人は壁の方を向いてくれない。険しい目つきがあたしのせいで一瞬にして終わっちゃうじゃねぇかふざけんなよ。


「聞いてんだよ、名塚」

「は?」


 会話の端っこが聞こえる。

 ……喧嘩的な何かかな? これは。想太君がこんなに怒ってるの、珍しい気がする。



「お前、五年に上がった途端、何なの? 加奈さんと別れなきゃ、皆悲しむよって俺に毎日囁いてきやがって。何? 加奈のこと好きなの?」

「何で俺が加奈さんのこと好きになんなきゃいけないの? それに事実じゃん、何で加奈さんとだけ付き合ってんの? 想太、お前自分がどんだけモテてるか知ってんの?」

「付き合ってねぇって」



 え?

 名塚さん、そんなこと言ってたわけ?

 加奈先輩と別れろって? 名塚さんが、そんなこと言ってたの?


 ……まさか、想太君が気になってる相手って、女子じゃなくて、男子? 好きとかそういう意味で気になってるんじゃなくて、言動とかが気になってるの?

 確かに、あたしと名塚さんは係もプロジェクトも一緒だよ。気になっているのは、名塚さんって意味なの?


「それに、俺、年賀状なんか一つも出していないのに、何か「貰った相手がいるらしい」って話出回ってるし。それ、お前がやったんじゃないの?」


 は? それって、あたしが貰った年賀状?

 嘘、あれって想太君が書いていたわけじゃないの?


「……そうだよ、あれだって俺が書いた」


 話に全然ついていけないあたしを置いて、二人は更に会話を進める。今は自分が見えない位置を向いているのだから今女子トイレに逃げ込めば良いと考えているのだが、話を聞きたいがためにこうやって壁と同化している。


 しかし、あたしが貰った年賀状、あれ名塚さんが書いてたの?

 何のために?


 その時私は思い出した。

 奴ら(生理)に支配された三雪ちゃんを……。


 こうしちゃいられねぇ!

 ってことで、あたしは女子トイレに足音立てずに駆け込んだ。


 そして三雪ちゃんの入っていた個室の下の隙間に、ナプキンを滑り込ませる。

 三雪ちゃんが「遅かったぞ戦友よ。……でもありがとう、おかげ様で乗り切ることが出来た……」と掠れながらに言っていた。ごめんね三雪ちゃん。あたし今三雪ちゃんの冗談に乗っている暇はないのだよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ