第十七回『七人の侍』 ー 侍映画か百姓映画か ー
※「百姓」ということばは、現代では適切ではないのかもしれませんが、ご理解くださいね。
『七人の侍』
1954年 日本 モノクロ
黒澤明監督
先日、脚本家の橋本忍さんが亡くなられました。ご冥福をお祈りします。
さて、訃報から間もないときではありますが……、今回は故人が脚本家として携わった(共同脚本)映画、『七人の侍』をご紹介すること、お許しください。近々、読者さんがたの地域の名画座でも、故人関連作の特集が組まれるかもしれませんし。
黒澤監督といえば、『生きものの記録』(1955)というような社会的な作品を撮る一方で、エンタテインメント作品、特に娯楽時代劇をたくさん手がけたことでも有名ですね。
今回ご紹介するのは、世界的にも有名な大作時代劇『七人の侍』です。
日本の戦国時代。
ある村が、野武士の横暴に困っていました。野武士というのはまあ、盗賊団みたいなものです。百姓たちの育てた大切な作物を略奪しにやってくるのです。
そして残念ながら、この映画の村には三成さんのような尊いご領主がおられないのでした。……すみません、つい脱線を。
映画の話に戻ります。さて、村の百姓たちは話し合って、村の用心棒として侍(浪人)を雇うことにしました。……突飛な話ですが、村人には他になす術がなかったのです。
この映画の前半は、この侍探しと戦いの準備。米を食べさせることを条件に浪人を雇おうと声をかける百姓たちでしたが、浪人といえども、百姓の頼みを聞いてくれる者はなかなか見つかりません。なにより、たとえ落ちぶれたとしても彼らは「武士」であると自負しているわけですから……ええ、そういう時代だったのです。
そんななか、利益や名誉にならない仕事を引き受けてくれる侍が、七人も集まります。一人、得体の知れぬ変なやつも混じってはいますが……、ともかく、かなりの尺を割いて侍たちの人物像が描かれていくので、見逃しちゃダメですよ。
で、集まった侍たちがいよいよ村へとやってくるわけです。ところが、やっぱり侍なんて信用できねえよって百姓もいるわけでして……、だって、百姓たちにとってはそれしか手段がなかったからそうしたのであって、ほんとうは侍なんて……と思うのは当然ですよね。
まあそんなこともありつつ、戦いに向けてともに歩もうって感じになった彼らは、準備を始めるのです……。
この映画ね、オリジナル版だと207分もある大作なんです。で、途中で休憩が入るのですよ。映画館で観る場合(というか絶対、映画館のほうがいい)、画面に休憩時間である旨が示されているこの間にお手洗いなど済ませること。次の戦闘シーンでちびるな、ってことじゃないですけど。
さて、この休憩のあと、いよいよ野武士の襲来、そして撃退……ということになるわけです。まあ、結末まであらすじを書くことはない……かな。
はあ、中途半端なあらすじ説明を書くだけでこの分量。途中の脱線を考慮に入れたとしても……
まあでも、ここで私が書いたのは、あくまでも「筋」と、ちょっとした背景の説明(主観?)でしかありません。この映画の魅力は、迫力満点の娯楽時代活劇(活劇ってのはアクション映画ってこと)ってところにある。
それと、もうひとつ。上でもちょっと言及した変な侍、この人がかなりキーになる人物です。「菊千代」と呼ばれる侍なのですが……この変なやつが、頭の固い侍たちと百姓たちをつなぎあわせるのです。ああ、あの迫真の長ゼリフ、黒澤監督のヒューマニスム……、感動ものですよ、ええ……。それで、ラスト、無事に生き残ったリーダー格の侍の一言、これを聞いたらもう……、この映画は侍映画なのか、はたまた百姓映画なのか……侍から見た百姓、いや、百姓を見ている侍……って感じで……、うん、深いです。
はい、今回はここまでにしときましょうか。
この映画、あまりうまく語れませんね。やっぱりそれだけ、素晴らしい映画、ということなのでしょう。ここで、安易なことばで語ってしまうのがもったいないほどに……私の力がないばかりに……くうううう……




