放送委員始めてみる、あたし
高校に入ってあたふたしながらいつの間にか一ヶ月が経った。トイレや教室の配置にも慣れて、あまり考えなくても校舎内を移動できるようになり、クラスの同級生の名前と顔とキャラがようやく一致し始めたそんなある日。廊下にある大きめの個人用ロッカーの扉を開け、あたしは次の授業の教科書を引っ張りだしていた。政治・経済の授業になんでこんなわけのわからない教科書——グルメタウンガイド 〜霞ヶ関編〜 ——なんだろう? なんて思いながら。
「ナカジマ、さん……」
「はい?」
振り向くと。この間のホスト上級生がいた。いかにも日サロで焼きました的な顔の上に茶髪がふぁさっと乗っかっている。耳たぶに光るピアスがいかにもチャラい。
「あぁ、良かった、君だった。オレ3年2組の加瀬俊之。ね、ちょっと時間いい?」
「すいません、ちょっと急いでいるんですけど」
「あぁごめん、じゃ、手短に」
「はい」
「君さ、新入生歓迎ステージん時にさ」
「はい」
「俺のこと、見てたでしょ」
……え? いやいやそうわけでは……。
「あぁ、でもあれでしょ、あの人達何なのかなぁ。とか思っちゃったりはしたんでしょ」
「え、えぇ」
「そうだよね、そうだよね」
そう、確かにそう思った。少しだけ。
「じゃあさ」
「はい?」
「ちょっとやってみる? 放送委員」
「……え?」
「気が向いたらおいでよ。放送室。じゃ」
「はぁ……」
加瀬俊之なる上級生は実にさわやかな笑顔——さりげなくみせる歯並びはまるで光を放ちそうな程に整っている——を残し、あたしの目の前から去ってゆく。うぅ、キモイ。あぁいうのをイケメンとか云う人々もいらっしゃるのだろうけど、なんか生理的に受け付けぬ。にしても、なんであたしの名前なんか知ってたのだ? 眉間に二本ばかりシワを寄せて本日一回目の考慮時間に入る。
「……中島サン」
再び後から声をかけられる。はいはい、振り向きますよ、聞こえてますよ……。
「……はい」
「つ、次の政経、きゅ、休講だって……」
「あっそ!……うですか。ありがとう」
「う、うん」
なんだかびびりながらエビか何かのようにあとずさる同じクラスの三浦君——だったと思う——をかなりな勢いで無視しつつ、あたしは思った。うん、久しぶりに人といっぱい会話したわ。
で、普段ならとっとと帰ってるトコロなのだが、あたしの足はなぜだか放送室に向かっていた。このあいだ通りかかったので場所はわかってたけど、やっぱり辺鄙なところだ。前と違って、重そうな扉が閉じられていて、中の様子を伺い知ることはできない。ただ、僅かに漏れてくる空気の振動が、この部屋のなかで、なにかがとんでもない音量で流されていることを伺わせた。扉のハンドルに手をかけると、びりびりと振動が伝わってくる。今開けたらヤバイかしら? と、その振動が収まる。ほどなく軽やかな呼び出し音が流れ、アナウンスが始まる。
「お呼出いたします……」
この学校のアナウンスをしてる人ってどんな人なんだろ? すごい素敵な声。
「……組の斎藤さん、2階国語科研究室までおいでくだピー!! バツっ!! きゃっ!! ボンッ!!!」
突如校内中に響き渡る凄まじい爆音……中断されたアナウンス。……何かがこの部屋の中で起きている! とりあえず扉を開けてみる。
「何すんのよっ!! アナウンス中でしょ!! マジ死んで!!」
「……ごめん、パッチでショートさせちゃった」
「ごめんじゃすまないわよ!! どーしてくれんのよっ!もーっ!! ……あら」
「……お」
「こ、こんにちは」
お取り込み中すいませんって感じであたしは挨拶してみる。怒ってる方はこの前の新入生歓迎ステージの時にギャラリーで巨大なライト振り回してた人だ。んで、怒られてるのは後の方にいたオタクだ。
「……呼び出しの依頼ですか?」
ライトの人が聞いてくる。さっきのアナウンスと同じ声だ。この人だったのかぁ。声と同じく顔も素敵。
「あの、さっきホスト……じゃなかった、加瀬さんに声をかけられまして。気が向いたらおいで、って」
「ってことは、向いたってこと? 気が」
「えぇ、まぁそういうことにな……」
突然、ライトとオタクが叫んだ。
「二人目!?」
「すげえ、二人目だ!」
まるで子供でも授かったような喜び方をひとしきり。
「って〜ことはエンジニアだなっ! をっし!」
オタクの方が強気になる。
「……まぁ、一人目はアナウンスでもらっちゃったしね。」
とライトが云う。
なんか、勝手にいろいろ決めてるけど、あたしはまだ“入る”って決めたわけではないのよ。
「じゃ、これにクラスと名前、それから住所と連絡先書いてね」
鼻先に紙切れを差し出され、すこしたじろぐ。
「あの……」
「あぁ、ごめんなさい。わたしは神崎美鈴。委員長でアナウンス担当。で、こっちが早瀬。エンジニア……つまり機材を扱う人、音響担当。で、加瀬さん……先輩もエンジニアで照明担当。あと、あっちにいるのが白山雪子さん。あなたと同じ一年生。アナウンス担当。それから……」
「あの、立ち話もなんだから、どうぞどうぞ……」
早瀬なるオタクがの奥の院へ誘おうとする。
「土禁」と大書きされている貼り紙の下に小汚い巨大なCONVERSEと可愛いローファーが並んでる。ここで靴を脱がねばならぬらしい。床を一段上がった先には長机。その上にはわけのわからない機械がいっぱい。見るからに古そうな機械とそうでもなさそうな機械が同居しているけれど、それなりに整然と積み上げてある。壁には見たこともないような大きなスピーカーが左右についてて、その間はみるからに分厚い窓ガラス。そのガラスの向こうにはもう一つの部屋があって、そこへ通じる重たそうな扉を開けて、白山なる人物が現れる。この人は一年生なんだよな……っていうか見覚えがある。うん。スマホ女だ。うちの学年の妙な総代。
「こんにちは……」
「こんにちは」
なんだこのメガネ女子。なんだか若干やつれているように見えるのだが……。
初対面の者同士に流れる何とも云えない沈黙。穏やかに漂う珈琲の香りが、空気をつかの間ゆるりとかき回す。
「……あの、ここってどんなことするトコなんですか?」
「校内放送したり、いろんなイベントで照明とか音響とかするのが仕事よ」
「えらく要約したな、いいんちょ」
仕事って……部活じゃないのか? これ。
「あの、入学式の時のイベントみたいなことですか?」
「そうよ。だいぶやっつけ仕事だったけどね、あれ」
そうなのか? だいぶ手が込んでたようにも見えたけれど。
「だいたい、参加団体が多すぎるんだよ、企画書だって適当だし、ぶっつけ本番もいいとこだったよな」
「そうねぇ、フォロー一人だから手が足んなかったし……」
「ふぉろーって、あのおっきなライトですか?」
「そうそう! え〜見てたの! そう! あのおっきくてぶっとい奴。あれ振り回すの凄い大変なのよ!? あっついし! 気づいてくれたの! 凄い! 才能ある!! もうフォロー係で採用決定!!」
おおはしゃぎの神崎先輩の、文字にするとちょっとあぶない台詞とともになんだか決定してしまった。
「じゃぁ加瀬先輩のあと引き継いでもらうか」
「そうよ、わたしは書類仕事と生徒会室との折衝でもう手一杯なんだから、明かりのことなんてやってらんないの!」
がちゃっと入り口の扉が開いて、なんだかホコリまみれの加瀬先輩が現れる。
「お、来てるね〜♡」
「あ、おはようございます! 先輩! 新入生もうひとりゲットですよ! 名前はえっと……」
あ〜、あたし名乗る暇を与えられておりませんです。っていうかなんで“おはよう”なの? もうじき夕方だよ。
「ナカジマ……なにさんだったっけ?」
加瀬先輩が聞いてくる。
「真希です。中島真希」
おぉ、やっとフルネーム名乗らせて頂けたぁ。
「……先輩。また手当たり次第に声かけてませんか? 俺に任せれば10人くらいあっという間♡ とか云って! ナンパじゃないんですから、もう少しちゃんと説明してから連れて来てくださいよ!! 大体なんでそんなにホコリまみれなんですか!」
「ああ、これね。ちょっと倉庫で灯体いじってた。棚の上のストリップ埃溜まり過ぎだぞ、あれ。それから、このナカジマさんは違うと思うよ」
「違うって、ナカジマさんそうなの?」
「え?」
「オレね、こう見えて人見る目あるんだぜ。この前の新歓ステージん時、彼女ステージじゃなくってこっちのほう見てたんだよ。探すのにちょっと時間かかっちゃたけどね」
まぁ、ここのところ授業が終わったら即下校してたからな。
「ナカジマさん大丈夫かなぁ……好きじゃなきゃ生き残れない世界なのよ、ここ」
などと怖いことを言い出す神崎先輩。
「神崎の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったな」
「……じゃ、どんな言葉が出ればいいんですか!」
面と向かってまくし立てられて、急にしどろもどろになる加瀬先輩。
「……え? そりゃまあ、いろいろと」
「……な、なんなんですか!?」
「はいはーい。お仕事お仕事〜。先輩もですよ〜」
手慣れた様子で仕切りなおす早瀬先輩。HP削られた感じの加瀬先輩がそそくさと部屋の隅っこに収まる。なにこの微妙なラブコメ臭。っていうかホストキャラが顔赤らめてどうするよ。
というわけで、この部屋のこんな空気を、なんだか唐突に好きになってしまった。こんな人達と一緒なら、なんだか“高校生”できそうな気がした。あたしだってまだ15歳。人並みに青春したい気持ちは残ってる。まぁ、そんなわけで、あたしは放送委員会に入ってみた。決め手?
“零細企業みたいな雰囲気”、かな。




