その4年後の早瀬ん家
また自転車に乗るようになった。今度のやつは前と後ろに小さな座席がついている。運転手含め総勢4名。全部足すと軽く100kgを超える重量を、もうガタのきたクランクペダルをなだめながら運んでいく。
保育園のよく笑う先生とひとしきりコトバを交わす。“かわりないですよ〜”そうは云っても、背中から下ろす時に腕にかかる負担が日に日に大きくなっている。もう少しゆっくりでも構いやしないのに。
電車に乗る。スマホをいじりながら過ごすのはなんとなく勿体無い。だからといって地下数十mを進むこの小さな車両から見える景色なんて、あまりにちっぽけなものだ。そう、あの頃とおなじ。
ふと中吊りを見ると、週刊誌の下世話な煽り文句。“激写!神崎キャスターお泊り婚!!相手はホスト!?” ほんと、あいかわらずですね、二人とも。
職場に入る前に寄るコンビニ。店内に流れる音楽はいつか聞いたあの曲だ。“今週の第三位、Sky&Tomoでwithout Pfでした……” いつもの弁当。いつものバイトのおばちゃん。いつもの決済音。この犬の声は正直ちょっと気に入っている。おばちゃんが“いってらっしゃい〜”と声をかけてくる。“どうも〜”と目を合わせる。おばちゃんの後ろにはチケット情報のコーナー。新助組初の単独ライブ “オレとブルースハープ203☓”には随分と前からSoldOutのシールが貼ってある。もうちょっとマシなネーミングはできないんだろうか。
以前はとてつもなく巨大に見えた建物。その裏手の搬入口のドアを、薄汚れたICカードで開ける。最近認証に時間がかかるようになったのは自分の心に余裕がなくなったからだろうか?
概算要求や一般競争入札、中長期計画や整備計画、大規模改修に政府調達、それらにまつわる資料やデータや今どき紙ベースの書類に埋もれる日々。現場に出なくなったのはいつの頃からだろうか。いつからフェーダーを握っていないのだろうか。
22:00。割に進んだ仕事をCommand+Wで仕舞いこみ、帰路につく。駅前のスーパーで明日の朝の食パンを買う。最近パンの消費量が半端ない。ただいま〜。まずは寝室に忍び込み、園児のほっぺたを3つ頂戴する。“ちょっと、起こさないでよね……”。いつものトゲのある声がリビングから聞こえてくる。“あ゛〜お腹いたいー。”心底不満そうに大きくなったお腹をさする真希。
テーブルの上には図面や画集やMacBookProやマウスやテンキーが無秩序に広がっている。“民間は大変なのよ〜” “宮仕えだってなかなかです……” 短くコトバを交わす。台所で遅めの夕飯の準備。納豆食べる? と聞くと、いらない、と返事。ちょっと残念。パックを二つ冷蔵庫に戻しながらそう思う。
手を合わせて、“いただきます” 真希は今日会社であった腹の立つことや、使えない部下の文句を延々と並べたてる。死ねばいいのに。が口癖。相槌と感想を返す20分。ここまで来るのに随分と時間がかかったものだ。
洗濯機を回しながら湯船につかる。湯がだんだんと洗濯機にとられていくので、強制的に半身浴になる。半ば薄れかけた意識が上半身の寒さで覚醒する。寝落ちするよりはよほどマシ。
テレビを小さくつけながら、洗濯物を部屋干し。画面では選挙の立候補者みたいな格好の服飾デザイナーが、今年のパリコレの解説をしている。縁のない世界、俺的には。
ふと足元に散らばる落書きを見る。T.G.C.やHey!Sey! JUMPのステージ図面の裏紙にたどたどしい線や色がのたうつ。この子たちはいったいどんな人生を送るんだろう。願わくば舞台関係でない職業について欲しい。もう少しちがう物語、見てみたいし。そう思いながら寝息を立てる真希のベッドに潜り込む。パジャマと子宮越しの胎児に蹴られながら眠りにつく25:30。




