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放送委員会のススメ  作者: 飯田橋 ネコ
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ようこそ飯田橋高校へ

 午後一時。体育館に戻ると、すでに保護者の席は無く、子供が高校生になってまでついてきた奇特な保護者の姿も、そして先生たちの姿もなかった。そのかわりステージの様子が変わっていた。学校長が喋ってた演壇のあたりには黒い幕が降りてて、その後ろは見えなくなってる。さっきまで陽の光が差し込んでいた高い窓も、今はその全てに黒いカーテンがひかれ、天井の水銀灯の白々しい光だけが、辺りをべったりと照らしていた。

 ステージの反対側、座席の後方、体育館の壁際に一段高く組まれた台が増えていて、そこには華奢な長机とその上にやたらに積み上げられた機械があった。無表情な生徒が二人。制服の上に黒いジャンパーを羽織り、ポケットに手をつっこみ、機械に埋もれるように立っている。

 色黒茶髪のホストっぽい方は明らかに上級生で、ときおりスポーツ中継のアナウンサーみたいの(のちにそれがヘッドセットっていうモノだということを知る)に向かって何やらぼそぼそつぶやいている。その隣のみるからにオタクっぽいのも多分上級生。中途半端に伸びた髪を後ろに束ね、あらゆる光を反射しそうな大きい眼鏡をかけている。


 新入生が揃うと、ステージの右端に移されていた演壇に、先ほど入学式を進行させていた教頭があがる。その後ろに音も無くスクリーンが降りてきて、ステージ上が暗くなる。教頭にスポットライトが当たり、オリエンテーションが始まる。

「え〜、すでに知っているとは思いますが、本校のカリキュラムは二期制をとっております。つまり四月から七月までの前期と、九月から三月までの後期です。成績評価は各期の中間試験及び期末試験により判定されます。授業は全て選択式ですが、自分の所属するコースにより共通必修のものがありますので注意してください。入学手続き時に配布された冊子をよく読んで、きちんと授業を受けてください。くれぐれも単位が足りなくて卒業できなくなるようなことのないように。講義は60分、実習は120分……」スクリーンにはPowerPointが走り、説明を補足している。


 前から知ってはいたけど、この学校のカリキュラムは少し変わっている。数少ない必修科目に比べ、とてつもなく多種多様の選択科目。外国語は最低二カ国語を履修すること。保健体育は講義と実技両方履修して単位認定される。などなど。大学っぽいって云ったらいいのかな? まぁ行ったことないけど。


「え〜、授業に関しては以上です。次に……」

次の瞬間体育館が真っ暗になった。ちょっとした騒ぎが起きる。カーテンを閉め切った体育館で、水銀灯が全て消えてしまったのだ。なになに? 停電??

「え〜、みなさんお静かに、お静かに……」

やはり暗闇に包まれたステージから、何事も無かったように教頭の声が聞こえる……。

「次に本校の部活動について、説明してやるぜぇ!!」

次の瞬間ステージにパアッと明かりが点く。黒い幕が左右に開き、後ろからロックバンドが姿を現す。教頭は……あれ? かつら投げ飛ばして、冴えないスーツ脱いでいるし……。突然うなるベースとギター。ドラムが刻むビートが体育館を震わせる。あの……なんなんですか??


「ちーっす! 改めまして、入学おめでとう! 教頭改め、3年1組14番!ShinsukeTakagiで〜す! って〜ことで〜、この学校の校則31条! 全ての生徒は部活動に所属すべぇしぃ! にあるとおり、みんなはこれから重大な選択をしなければなりませ〜ん! 青春の三年間をどうやって過ごすのか〜! ちなみにぃ軽音楽部はいつでもみんなの入部まっておりまぁす」軽音楽部主将高木新助は静まりかえっている体育館を一瞥すると、つぶやく「をーい…、ガン無視ですくわぁ?」いや、無視じゃなくて、呆然としてるだけなんだと思うぞ。


 幾分トーンダウンした軽音楽部はそのままBGMを演奏している。代わって横からまともそうな生徒(とはいえ先ほどまで高木某もまともな教頭に見えてたケド)が出てくる。ヤバい。こっちは文句なしの美形だ…。くわばらくわばら。

「みなさん、ご入学おめでとうございます。僕は3年1組の山本隆次です。生徒会長やってます、びっくりしたかも知れないけど、これがウチの高校の伝統。新入生歓迎ステージ、の始まりです。さっき教頭先生の高木君も云ってたけど、生徒はみんな部活に所属しなければなりません。これから各部の紹介をしていきます。制限時間は各部一分! みんな準備はいい?」

「おっしゃー! いくぜぇ!」

「おっけーよ〜!!」

「参ります……」

「ふぬふぬふぬ……」

ステージの脇のほうからなんだかすごい声が聞こえてくるんですけど。

「……ちなみに、生徒会は役員を募集しております。この学校を仕切るだけの簡単なお仕事です。我こそはと思う新入生は、3F生徒会室まで来て、ね」

うぅ、気持ち悪いくらいの美形が、様になりすぎなウィンクしてやがる……。ざわめきだす新入生たち。


 バスケットボールにバレエボール、野球にテニス、サッカーにアメフト、柔道・合気道に剣道、卓球にバドミントン、陸上に水泳に山岳……。工芸部に天文部、無線部に物理部、化学部に生物部、美術部に合唱部、吹奏楽部に弦楽部、茶華道部に手芸部に文芸部……。そして、まだまだ出てくるたくさんの同好会、スキーにスノボ、料理にダンス、漫研に映研、落研に歌舞伎研などなど。

 他にも生徒会の下部組織として、出版に図書、式典実行に衛生などの各委員会が名を連ね、さらにまだいくつもの未公認サークルがあるというのだ。各団体は持ち時間1分を最大限に活用してパフォーマンスを繰り広げる。

 お笑い系に絶叫系、拝み系に原稿棒読み。めまぐるしく展開するステージ。照明が生き物のように変化し、狙い済ましたように音楽や効果音が迸る。そのあまりに見事なショーに、多くの新入生は圧倒されてしまっていた。さっきまであんなに静まり返っていた彼らも、徐々にテンションがあがってゆく。きっとあれだわ、受験勉強の疲れと入学の緊張が一気に瓦解したんだろうな、これ……。なんだかすごいことになってきたぞ。


 でも、その光と音の洪水のなか、あたしはふと思い出した。さっきのホストとオタクは何やってるのかしら? って。ついには大騒ぎになってしまった体育館、の後方に目をやる。あたしはそこに立っている二人——さっきと全く変わらない、無表情の二人——の、その恐ろしく素早い手の動きに暫く魅入ってしまった。二人の手が動き、機械に触れると、光が、音が、時にめまぐるしく、時にゆるやかに変化する。みんなは気付いていないのかも知れないけれど、この騒ぎを支配してるのは間違いなくあの二人組だ。そして、見渡せば体育館のギャラリーにもなんだかおっきなライトを振り回している生徒——そんな高い場所でスカート履いてたらいろいろと危ないよ——が見える。この人たちはいったい何なんだろう。


 ステージが終わり、“新入生のみなさまは教室へお戻りください……”ってちょっと素敵な声でアナウンスが流れる。また列をつくって——悲しい習性よね——教室へ戻る。その時あたしはもう一度あの二人組をちらっと見た。にっと笑い合い、手をぱちんと叩き合わせる二人。漆黒のスタジャンの背中に書かれたゴシック体の文字。目立たぬ色で“I.B.C.”何の略かしら?


 出口の所でリーフレットが配られた。教室にもどってそれをひらひらめくってゆく。今のステージに出ていた団体の紹介や入部申し込みの方法などが記されたその冊子の最後のページ。Special Thanks の欄の一番下のほうに小さく書かれたクレジット、“Lighting & Sound:Iidabashi Broadcasting Committie” 放送……委員会、か。


 それからの二週間は、新入生歓迎週間とかいってお祭り騒ぎ。はっきりいって授業どころの騒ぎじゃない。一年生の教室のある2階の廊下にはいろいろな団体の上級生が思い思いの場所に机を出してて、どういうわけだが、終業のチャイムが鳴って教室のドアを開けた瞬間にはみなさまお揃いで勧誘が始まる。授業と授業の間、たった十分の休み時間であるにも関わらず、教室を移動しようとする新入生の周りにはたちまち人垣ができる。ついこの間まで中学生だったいたいけな少年少女を追いかけ回し、歓迎するというよりは自分たちが楽しんでいるとしか思えない上級生たち。でも、そんなバカ騒ぎも一週目を過ぎるとさすがにトーンダウン……してなかったりして。


「青春っていったら、やっぱりテニス! ね、テニスよね!」

「んな、ミーハーなスポーツだれがやるか! ね、君はバスケをしたい。そうだよねぇ」

「ね、あなた小型軽量って完璧に短距離向きな身体! どう考えても陸上部でしょ」

「ダメよあんな体力バカな部活! 三年間ずっと走らなきゃいけないわよ! 入るなら私たちの陸上同好会へ……」

「青春は水泳だっ! ささ、我らが地下温水プール(水深3m)へ……」

「もし私の空手部に入らないと云うなら……私を倒してからゆくことね。その拳で」

「あ、あの、漫研……」

クラブ同好会(ウチ)、渋谷でイベしてるからおいでよ。これフライヤー」

「ね、吹奏楽部やんない? ね、ね、体験入部中は吹き放題だからさぁ体験入部中は……」

「君実験好きでしょ。昇華とか爆発とか。ふふふっ。僕にはわかるんだよね、僕には……」


 だーっ、囲むな寄るな近づくなぁ! 部活なんて面倒なことパスよパス。それでなくてもいろいろ考えなきゃならないことあるんだから! っていいますか、どうせあたしの背は低いです。それはともかく、追手をかわし、廊下を駆け抜け、次の授業“現代文学基礎〜娯楽漫画とその系譜〜(前期)”に出席するため、あたしは俊足を飛ばす。いちおう小型軽量は短距離向きってこと。……にしてもなんで現文が視聴覚室なワケ?


 廊下の角を曲がると体育館棟と教室棟の間の薄暗いトコに出る。陽の光が入らないので、ここだけ暗くて寒い。おまけに人の気配も無い。こんなトコあったんだ……。薄暗い廊下のだだっ広い壁にぽつんと扉。その上には“放送室”って札がでている。やたらに厳重な感じの扉は内側に開いていて、白熱灯の光がぼんやりと漏れている。扉の脇にドラフティングテープで適当に貼られたA4のルーズリーフにはやたらに巧い楷書体が整然と並ぶ。


“放送委員募集中”


 洋紙に毛筆なんてひどいぢゃない、って思いながらその前を歩く。ついでだから横目でちらりと一瞥する。ヘッドホンした髪の毛ぼさぼさの男が山のような機械のまえで小躍りしながら何かしてる。うっ、あの時のオタクだ。見なきゃよかった……。後悔しながら通り過ぎる時、あたしの鼻腔をくすぐるものがあった。これは珈琲の香りだ。しかもどこかでこれと似た香りを嗅いだことがあるような……。


 チャイムが鳴る。やばっ。廊下の突き当たりの階段を駆け上がりながら思う。なんで校舎六階建てなのにエレベーターとかないのよっ。と、脇をすごい勢いで駆け上がる黒い影。小脇にルーズリーフと地学の教科書をブックバンドでまとめ、階段を三段抜かしくらいで上ってゆく。風になびく髪の毛はそれでもぼさぼさと跳ね上がる。あ、さっきのオタク……。ちょっとびっくりして立ち止まると、その黒い影はたちまち上階へと消えてゆく。“あぶないじゃないの……” つぶやきながら少し苛つく。何あの足の速さ。


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