異界
暑い。ひたすらに暑い。これ季節的には冬なんでしょ。何なのよこの温度と湿度! っていうか何なのよこの人口!! 人の多さに酔うってよく云うけど、コレ異常過ぎる!! あたし止まってるハズなのに、地面の方が常に蠢いてて、めまいがひどい。下見てたら気持ち悪いからって、上のほう見上げたら、なんか雲みたいなの浮いてるし!! ここ一応屋内でしょ!?
土方スタイルの腕太過ぎて脇締まらないスーパーサ◯ヤ人みたいな体型の人たちが罵声と勢いであっという間に組み上げたイントレ四段の上に、単管付き出してウィンチでクセノンピンと整流器あげて……そのあと一日飼い殺しってどーいうことよって思ったけど、今このイントレから降りたらあたし死ぬかもって本気で怯えるレベル。一回どうしようもなくなってトイレ行ったけど、往復と行列だけで小一時間かかったさ。休憩時間とかそれでおしまいなのよ!? 向こうのステージBのベテランさんなんかイントレ上に尿瓶持ち込んでて、その横でお弁当食べてるし。まぁだいたいからして飲んだ水分かたっぱしからTシャツに吸われるから世話なしなんだけどね。で、汗まみれのTシャツ気持ち悪いよーって思ってたら、袖でムービング卓いじってる加瀬先輩がインカム越しに云うのよ。
「お前さぁ、一応女子なんだから、その、透けてるのなんとかしろよ……」
って。もうどーでもいいじゃん、たかがブラ透けてるくらい。こっちはそれどころじゃないのよ! っていうか、もっときわどいカッコの人、いっぱいうろついてるじゃない、その辺に。
「真希さぁ、アンタほんとにそれでいいわけ?」
そんなこと云う下手ピンの白山は、単管にクリップファン挟んで直回路パラって回してるの。ちょっと準備良すぎなんじゃない?
「だいたい真希ってそんなガサツなちびっ娘キャラなのに、首から下は上出来だからいろいろと残念すぎるのよね……」
「ナニよ! あたしだって好きで発育したんじゃないわよ! だいたい肩凝ってしょうがないのよコレ! 汗かくとカユイし……」
「……ちょっとさ、隣の社員さん困ってるから、インカムでそういう身もふたもない会話すんのやめてくんねえか」
加瀬先輩の隣の一般調光の社員さん(年末で人手が足りなくて現場に出張る神風営業氏)が顔赤くしながらカチャカチャ卓打ちしてる。
「加瀬さぁ、お前の連れてくるバイト、いろいろとレベル高ぇな……」
「フフ、まかしといてくださいよ、秋山サン」
コミケって初めて来たけど、凄まじいイベントなのね、コレ。この企業ステージAとBがある東7ホールだけじゃなくて、ビッグサイトのほぼ全域で開催してて、三日間毎日十数万人もの人が押し寄せるんだって。大した仕込みじゃないのになんで前日入りで宿付きなのか気にはなってたんだけど、朝ホテルの窓から外見て納得しましたよ。
で、やることと云ったら、キューシートがWi-Fiで手元のiPadに飛んで来るから、それ見ながらフォローしたり、イベントの合間にステージの灯体の転換したり、トラスよじ登ってPARの色変えたりって、まぁいつものパターン。正直仕事自体は楽勝なんだけど、環境が凄まじすぎる。
一応ちょいちょい休憩時間はあるんだけど、白山は目真っ赤にしてクリップファンに“あ゛〜〜”し始めたし、音響ブースに詰めっぱなしだっただっち先輩とか、ステージのマイク出し入れしてた智子なんて、活性炭入りマスク(PM2.5対応)つけたまんま腕組んで昼寝してる。……っていうか智子、先輩の肩に頭のせて寝てるとかいろいろ間違いすぎじゃない!? 加瀬先輩は八丈島ん時みたいな格好でうろついてて、すっかりリゾートバイト気分だし、社員の秋山サンなんか薄っぺらい本大量に買い漁ってニコニコしてるし。
そんなこんなであっという間に三日間。痩せましたとも、きっちりと。ステージ横まで乗り入れた会社の2tロングにバラした機材全部放り込んだら、もう年も改まる頃合い。倉庫まで運転して帰る秋山サンに手を振って、終夜運転のりんかい線に乗り込むあたしたち。何処行くかって? 決まってるじゃない!
まぁ、ここもある意味異界よね。原宿駅の3番線臨時ホームから降りた先に広がる面積70万平方メートルの人工林。大晦日から正月三が日で300万人もの参拝者を集める明治神宮。警視庁第三機動隊が展開する薄暗い境内に、玉砂利を踏みしめる幾千人の足音がしゃらりしゃらりと響き渡る丑三つ時。
「そういえば、神崎先輩来るって云ってたよね、初詣」
「まぁ、この人だかりじゃ探すのは無理よね……」
「……お呼び出しいたします、飯田橋高校放送委員会の皆様……」
「あっ! 先輩っ!!」
「あけおめー! みんな元気?」
「せんぱーい! お久しぶりですー!!」
「どーしてわかったんですか?」
「まぁ、ホストにオタクにメガネっ娘とちびっ娘とおさげっ娘のグループなんて見逃しようがないわよ」
そういう先輩は、かんざしまとめ髪にビシっと着物でThe初詣スタイル。作業着の上にスタジャンとコート重ね着してるあたしたちとはエライ違いだ。
「うーん、やっぱり神前式だよなぁ……」
なんてわけわかんないことつぶやいてる加瀬先輩。
いい加減歩いて行くと、おっきな賽銭箱……プール? の前に辿り着く。二礼二拍一礼。基本よね。
“フォローがうまくなりますように”
なんて実に即物的な願掛けして5円玉お供えしてそのままヒトの流れに乗せられて北参道へ。
「おつかれさまでしたー」
真っ暗な参道の先に並んでる、発電機の音とお鍋から立ち上る湯気に包まれたラーメンとおでんの屋台に当然のように腰を降ろして瓶ビール飲み始めた加瀬先輩とだっち先輩に手を振り、ずらりと並んだタクシー乗り場で神崎先輩と白山と智子を見送り、一人夜道を歩くあたし。タクシー乗っても良かったんだけど、歩いても30分くらいだから全然平気。
この一年で、随分いろいろなことが変わった。一年前、あたしはただの中学生だった。一年前、あたしは学校行くのが面倒くさい斜に構えた耳年増だった。一年前、あたしはおウチでテレビつけっぱなしでお布団入って寝てた。一年前……。
「真希〜! おひさー! からの〜あけおめー!! ちょっと邪魔してるよー!」
マンションの扉を開けると、もはや懐かしいあのヒトの声が飛んでくる。変わってないな……。
「うわー! またおっぱいおっきくなってない!? 彼氏くらいできたぁ? ねぇ、真希!!」
っていうか、いつ合鍵作ったよアンタ……。




