引き継ぐ
放送室の行動予定表から“加瀬”と“神崎”が消えた。委員長マーク(桜の花びらに“いいんちょ”って書いてある奴)も白山のところに移り、一番下の欄には“葛西”が書き込まれた。これまでこの委員会が何年続いてきたのか、生徒会室のキン○ジムの灰色キャビネットに眠る資料を漁れば出てくるかもしれないけれど、所詮は無味乾燥な文字列の記録でしかない。ここからは“あたしたちの代”。つまりはそういうこと。
引退ということが喪失と同義だって気づいたのは、あのとんでもない祭りが終わり、二〜三日経ってからのことだ。先輩達の蓄積したモノ・技・ココロそして雰囲気までもが、きれいさっぱり失われる。それが引退。
でも、高校の部活なんて所詮そんなものかもしれない。加瀬先輩の上の代の出来事なんて有史以前も同じだし、あたしたちが今してることだって、3年も経てば影も形も残らないと思う。
だから、あたしたちには今しかない。そう思うの。ヘンかな?
「ちっとも変じゃないよ! 真希!!」
なんだ白山? やっぱりあんたキャラ変わってないか?
「真希さん! 一緒に頑張りましょ!!」
おぉ! ガンバロー!! 智子!!
「まぁ、やる気のあるのはいいコトだよな」
アンタは相変わらずね……先輩。
あの日の翌週、加瀬先輩はバイト先の仕事でツアーに出て行った。二ヶ月間、全国各地をめぐるらしい。授業とか大丈夫なんですか? って聞いたら、“オレ意外とできる男よ、もう単位ほぼほぼだし”って笑ってた。こんな積極的不登校者を卒業させるだなんて、やっぱりこの高校ヘンだわ。
ときどき廊下で神崎先輩とすれ違う。いつも眉間にシワ寄せてる先輩しか見たことなかったから、シワなしの先輩はとっても綺麗。でもちょっと寂しそうに見えるのはあたしの気のせいなのかな?
白山は人が変わったように生き生きと委員長やってる。あれほどご執心だったスマホのゲームも、いまじゃストレス発散のアイテムの一つに過ぎないみたい(結局やってんじゃん……っていう意見は置いといてあげてね)。
智子はだっち先輩といろいろやってる。お互いにうまいこと師弟関係作ってあーだこーだ。あたしにはわからない言葉でやり取りしてはクスクス笑ってる。正直ちょびっとうらやましい。
あたしはといえば、あの二週間の出来事を思い返している。それだけあればなんだって起きるってこと、なんだってできるってことを思い知らされたあの二週間。まぁ、ジメジメしてるのも性に合わないし、とりあえず鍵、取りに行きますか。
なんかやたらに大きな貼り紙が貼ってある数学科研究室。模造紙に極太赤マッキーって尋常じゃないわよね……。
<告知>
以下の者に数学科三年分の単位を認定する
・9月8日頃Riemann hypothesisにて来場者数予想を提出した者
※不正解なるも証明自体は成立しているため。
なお、解答に記名が無いため、該当者は大至急数学科研究室まで来ること
相変わらず意味がわからないのでスルー。研究室に入ると先生たちが青白い顔してホワイトボードに齧りついてる。なんかやたら興奮気味に宇宙語で語り合ってるので、“鍵借りまーす”って声だけかけて出てくる。先生たち昨日も一昨日もそのまた前の日もおんなじ格好してたような気が……ま、いっか。
放送室の鍵はもう空いてた。扉を開けると珈琲の香り。なんだか久しぶり。
「おはようございまーす!」
「おはようー、中島! わりいけどコレ数学科に届けてくんねえ?」
トレー(マクドナ○ドで意図的に返却しなかった奴)に乗ったマグカップが三つ。焦げ茶色の幸せから湯気が立ち上っている。
「さっき内線で注文あってさ、喫茶店じゃねえってのにな……」
「はいはい、わかりました〜」
トレーを持って出ていこうとするあたしを先輩が引き止める。
「あれ? 髪型変えた?」
まぁ、ね。ついでに云うとメイクもしてるのさ。
「へー、なんか中島っぽくねえな……」
ナニよ、このおさげ萌男!




