文化祭
体育館に戻って絶賛仕込み替え〜、って思ってたら、なんだか様子が違う。落研の先輩が“……お後がよろしいようで”なんて云って、いつの間にか満員御礼になった体育館から万雷の拍手浴びてるステージ。その様子を調光卓についてボケーっと眺めてる加瀬先輩に、会長氏と軽音の高木先輩が話しかけてる。
「……で、次のやつはとりあえずマイク2本とスポットライトが当たってればOKだから」
と、会長氏。昨日の傍若無人ぶりはどこいったのかしら? なんか今日は普通のイケメンさんね。
「……それならそれでいいけど何すんだよ」
前明かりのサブマスターを片手間に下げながら尋ねる加瀬先輩。
「今日はアコースティックでやろうかなって」
「へー、楽器は?」
「アコギと」
「ブルースハープ」
「……渋い奴か」
にやりと笑う加瀬先輩。こういう時の先輩っていい仕事するのよね。
落研さんが終わってお客さんのいなくなった体育館。脚立に登ってバックサスのシュートを始める加瀬先輩。だっち先輩はC-38B片付けてスタンド立ての58二本準備してる。これくらいなら先輩達だけでもあっという間に片がつくわね。調光卓についたあたしはホリゾントの色を決める。ローホリ、ブルー系にして、アッパーは無くして、っと。
「せんぱーい、前明かりどうします?」
「あぁ、一応用意だけしとくわ。202入れといて〜」
「はーい」
「フォローはたぶんいらないパターンだと思う〜」
「わかりました〜」
だっち先輩が音響卓で何かゴソゴソやってる。マイクで舌打ちしながら、お風呂場みたいに響くヤツいじってる。“ちっちっ……へいへいへい……つーすりー……”ほんと、これ何の意味があるんだろ。
10:45。お客さんが入ってくる。おおかたイケメンぶりに騙された女子連かと思ってたら、結構先生たちも来てる。他所の制服来た生徒とか、さっき多目的で演奏してた弦楽部の面々とか。
時計の長針が真上に来たら、水銀灯落としてローホリを入れる。腹立たしいことにスタイルまで完璧な会長氏と、肩幅がっちりな高木先輩のシルエットが、下手袖から現れる。拍手が沸き起こるけど黄色い声は飛ばない感じ。え? 何が始まるの??
「そっか、中島は初めてか。あいつらの本職」
え? 本職ってなによ。
会長氏のブルースハープが五線譜の上で遊ぶ子供みたいに跳ねまわる。思い出したように絡みつく高木先輩のアコースティックギターの旋律が体育館中に響き渡る。え? なにこれ。またヤバイ奴きちゃう感じなの??
「もうなぁ、これだけで泣けるんだよなぁ……」
音響卓のフェーダー握りながらだっち先輩がつぶやく。っていうかもう泣いてるし先輩。
「あいつら、多分、行くトコまで行っちゃうぜ……、事務所っぽいのも来てるし」
加瀬先輩が指差す先には、どう見てもカタギに見えないオトナが腕組んで佇んでる。
「ああ見えて、ここら辺のライブハウスじゃ有名だからね」
なんとまぁ。
「まぁ、新助組ってネーミングはどうかと思うけどな……」
「こーいうんだったら大歓迎。先に云ってくれればいいのに……」
多目的から戻ってきた神崎先輩も、まんざらでもないご様子。
「……二人でやってる時は気分屋だからな、あいつら」
魔法のような30分が過ぎ去り、両手を控えめに上げて拍手に応える二人。そのまま下手袖へハケていく。きっかり1分後には“学州院と獨教の生徒会から来客がきてます、それから20分後に消防査察の対応で玄関ロビー、そのあとは飯田橋商工会の……”などと過密スケジュールを耳元で囁かれ続け意気消沈気味の会長氏と、デスメタルなコスチュームに着替えた高木先輩が“次いってみヨーカドー!!”などと絶叫しつつ、それぞれ別々の方角へ向けて廊下をつかつか去って行く。みんなそれなりに大変なのね……。
その30分後には、歌舞伎研が定式幕開けて、その60分後には藤娘が舞い、その90分後にはダンス同好会がストリートダンス。多目は多目で吹奏楽部がぶかぶかどんどんやって、音楽部が混声合唱して、舞踏部が暗黒的な何かの舞を披露し……。
17:00。一日目終了のお知らせ。
を、神崎先輩が若干かすれ気味の美声でアナウンスする。一般生徒は下校の時刻。楽しそうに階段を降りていく彼らの横を、機材抱えて走り回るあたしたち。夜は昨日の前夜祭のおかげで飛んじゃった演劇部と英語科研究室の稽古に付き合うの。さすがに芝居系はYoutube見ただけじゃ本番できないしね。で、客席空っぽの体育館でせっかく稽古(時間ないから短縮版だけど)に付き合ってるのに先輩達の意識は朦朧。あたしたちだってふらふら。
「ごめん……明日から本気だす」
SEのきっかけ外しただっち先輩が謝ってる。
「オレは明後日からでいい?」
間違えてグランドマスター下げちゃった加瀬先輩が誤ってる。
そんな感じでこんどこそ一日目終了。
帰宅してお布団入ったらフェードタイム0秒で次の朝。二日目の今日の体育館はお芝居系が二本のち後夜祭。昨日より番組数は少ないけど、ステージ上に装置組むから照明のシュートが捗らない。合間にちょこちょこ多目の仕込み替え。吹奏楽部と弦楽部の合同演奏会では録音も頼まれてるから、だっち先輩と智子は大わらわだ。
“読んでくれないと……眠い”
結核の奥さんが朦朧としながら旦那さんにせがむ。必死に万葉を詠む旦那さん。あぁ、これもヤバイ奴来た……。旦那さんをうっすらフォローしながら涙が止まらない。
「中島、鼻水啜る音うるさいよ〜」
加瀬先輩がシーバーで若干怒り気味。だって、奥さん死んじゃうんでしょ! あんなに旦那さん頑張ったのに!! こんなのってあんまり過ぎるでしょ!!!
「おまえ、意外と純粋なんだな……」
四時間に及ぶ飯田橋高校演劇部 第45回定期公演“浮標”。昭和、それも初期の頃に書かれた作品なんだって。あたしからしたら江戸時代も同じ時期。そんな大昔の作品なのに、なんでこんなに泣けるんだろう? ほんと意味不明。
上手ピンの白山も、奥さんとりながらマジ号泣してる。カーテンコールで穏やかな拍手を浴びてにこやかに笑う2年4組五味清香嬢。よかったー奥さん生き返った!! っていうかあの先輩おかしいんじゃない? 演技が高校生とかってレベルじゃない気がする。
「……確かに、あいつスゲーな」
加瀬先輩が片手で器用に鼻かみながら緞帳に合わせて前明かりアウトしてる。だっち先輩なんか鼻水と涙が流れっぱなしで、端っこのあたりが若干乾き始めてる。きたない。
余韻に浸る間もなく、あっという間に寂れた座敷が片付けられ、おなじみの某国TV討論会風味なドロップ幕が吊り込まれる。飯田橋高校演劇部大道具係。あたしたちとは別の意味でのお仕事集団。腰からガチ袋とナグリぶら下げた屈強な男子計3名(さっき絶唱してた旦那さん含む)が、一言も喋らずに転換してる。世の中にはこんな人達もいるのね。世間は狭いようで広い。
シャリク先生が熟女メイクして舌鋒鋭くまくし立てる14:00。同じく金髪のヅラかぶってバタ臭い感満載の柳先生(色白上等英語科主任)が、あきらかに南部訛りの英語で応酬してる。同じく英語科の古部先生(バーコード頭にして定年間近のおじいちゃん)がPowerPointを手足の如く操り、日本語字幕をリアルタイムで流していく。国際情勢から社会保障問題まで、あらゆるジャンルに話が飛びまくる。世界には正義と等量の不正義が存在する。自分の立ち位置が変われば、両者の関係だって変わる。どっちが勝ったのか、どっちが負けたのか、そんなこと云ってるからこの世はダメで、そんなことにこだわっているからこの世は面白い。そんな感じの話。30分一本勝負。日本に生まれてよかった! つくづくそう思う昼下がり。
さて、お次は後夜祭。いよいよラストスパートで仕込み替え。音楽室バンドの照明機材バラして、軽音の男の子達(再雇用しましたが何か)に運んでもらって、既に過密気味の照明バトンやフロントにどかどか仕込んで参ります。
ステージではだっち先輩が多目からバラしてきたマイクを、ドラムやアンプに立てまくってケーブルやマルチと戯れていらっしゃる。“きっちり養生しとかないと、あの傍若無人集団にナニされるわからないからね……”って、一体どんな集団が来るんだろう?
「まもなく第59回飯田橋高校文化祭後夜祭を開催いたします……」
神崎先輩がアナウンス入れて、学校中から生徒が集まってくる。このステージに立てるのは、式実のオーディションを突破した実力派バンドだけなのだそう。たしかにデモのmp3聞いた限りではマトモな演奏してくれそうな感じだったけど……。
「貴様らぁ〜! 体育科舐めんじゃねえぞおおお!! 生活指導のぉ時間ぢゃぁあああ!!!」
なんかスゴイの来たよ……。
「ぅおおおおお!罰としてぇ、皇居二周じゃぁああああ!!!!!」
バツとして!! 皇居二周!! バツとして!! 皇居二周!!
アディダスジャージの上にデスメタルなコス重ね着した先生たちが、デスヴォイスでスラッシュビートでツインギターでツインペダルな感じのオープニング。体育館はヘッドバンギングな生徒共のおかげで震度3。だっち先輩が“あぁあああ、Subヤバイかも……ま、いっか♡”なんて呟きながら、フェーダーどんつきまで突いてる。加瀬先輩が“おっしゃー、いけー!!”って絶叫しながらチェイスをいくつも重ねてストロボ焚いてる。あたしたちは4ピンフォロー。とりあえずシャウトしてる越前谷先生(柔道部顧問もち黒帯)とったり、ギターリフやってる櫻谷先生(水泳部顧問超絶逆三角形)にフォーカスしたり、昨日リハ出来なかったから出たとこ勝負(さいきんの流行りコトバ)でやりたい放題。ベースのソロパートで吉住先生(陸上部顧問長距離走者体形にしてスキンヘッド)に4ピン当てると、とりあえずみんな合掌で拝観タイムだし、ドラムソロでは髪の毛振り乱して叩きまくる叶谷先生(バレー部顧問アラサー女子)の美しすぎる御姿に男子達がどよめき&脳内Recタイム……。
“ぱちん!”
19:46。後夜祭終了。
加瀬先輩とだっち先輩がブースで手を合わせてる。とにかく大騒ぎしながらハケていく生徒たち。あーつかれた! でもあたしたちのお仕事はまだまだ終わらない。体育館バラして多目と地下プールバラして、一般教室さんが使った機材(玄関ロビーに集めてある、ハズ)の員数チェックして、明日朝イチで男子50名率いて返却しなきゃだし……。
「お・つ・か・れー!!」
加瀬先輩がみんなの頭をグシャグシャにして回ってくる。ちょっと嬉しいあたし。迷惑そうな白山。されるがままの智子。一人華麗に躱す神崎先輩。一人スルーされるだっち先輩。
「さ、ちゃっちゃと片付けてお家帰るわよ!」
「Yes,Ma’am!」
22:45。飯田橋高校放送室。
「お疲れ様でした〜!」
神崎先輩がまとめる。
「加瀬先輩、ご挨拶おねがいします」
「えー、とうとうこの日が来ちゃいまいた。オレ加瀬俊之は永久に……」
「加瀬先輩は今日で引退です。お疲れ様でした! そして中島と智ちゃんにはまだ云ってなかったけど、わたしも引退します」
え゛? 神崎先輩??
「……ほんとにみんなには申し訳ないけど、わたしなりに考えて出した結論です。明日から……普通の高校生に戻りたいと思います」
珍しく涙目になってる神崎先輩。
「あとのことは雪ちゃんはじめ一年生のみんなに託します。ここにいるみんなならもう大丈夫だと思う。これからの放送委員会、頼むわよ!」
「……はい!」
三人揃ってキリっと返事。そっかいよいよあたしたちの番ってことね。
「……そっか、神崎。まぁ頑張れよ、受験生」
「……先輩こそ、こっから先、本気で頑張んなきゃダメですからね!」
「お、おう……」
何やら湿っぽくなってきた。どうしてくれようこの空気。
「はいはーい、というわけで。本日只今よりわたし白山雪子が仕切りまーす。」
突然どうした白山よ。アンタそんなキャラだったっけ?
「明日は8:30集合、レンタルした機材の返却と放送室の復帰をやります。ついでだからケーブル全部引っこ抜いてメンテします。ま、明日ぐらいは呼び出しとか編集なんかもないだろうから、大丈夫でしょ。じゃ、そういうことでっ」
「おつかれさまでしたーっ!!」
6人そろって云う最初で最後の台詞。9月17日はこうして幕を閉じた。この日この時感じた不安や切なさ、気合と期待は、それから何年たっても色褪せること無く、仄かな熱とともにあたしの中に残っている。




