フリータイム
文化祭一日目。もう気分的には二日目だけど、今日も朝からお仕事いっぱい! あたりまえのように7:00には登校して各現場のシステムチェック。濃い目のフィルターなんかは色が飛んでたりするから替えておかなきゃならないし、ほったらかしだった一般教室の方々から、メールやLINEや内線でいろんな質問・ご意見・苦情・呪いなどが寄せられているので、片っ端から対応するし。
「スモークマシン、煙でないんだけど……」
あー、それあったまんないと出ないから、昨日ご説明差し上げましたよね。
「あの、ムービング的なことってどうやればいいんですか?」
あー、それね、暇そうにしてる男子を灯体の後ろ側に座らせれば大丈夫。
「ACLって電源差したら瞬殺なんですけど……」
をい。4発1セットで繋げと、昨日あれほど詳説し…(中略)…弁償な。
「ストロボって見てると気持ち悪いんですけど……」
あー、それピ○チュウ病ね。知らない? 知らないか……。
「かゆ……」
うま……
9:00の体育館は朝の演芸タイム。落研の先輩が“えー、豊洲と一口に云いましても、昔は……”なんてマクラを振っているのを、だっち先輩がC-38Bで拾ってうすーくPAしてる。バレないように、が基本なんだって云ってたけど、それってやる意味有るのかしら?
「あくまで噺家さんが喋ってるって体を崩さないようにしないと、雰囲気でないからね〜」
ふーん。いっつも大音量でガンガンやってる先輩にしては奥ゆかしいわね。
隣では加瀬先輩が明かり出したまま熟睡中。落語って基本的に明かりの変化がないので、噺が終わりそうになったらだっち先輩が起こすという画期的なシステムらしい。ラクしてるわね……。
神崎先輩が来た。何かいいことでもあったんだろうか? 朝からなんか楽しそう。
「もうそろそろ落ち着いたから、一年生のみんなは1時間半フリータイムにします。次の軽音の仕込み替えには戻ってきてね。……あと2年はまともに見られないんだから、楽しんでらっしゃい」
「は〜い」が三つ。
先輩! お気遣い頂きありがとうございます!
考えたら一年生だけで行動するなんて初めて。どこいってみる?
「私は弦楽部の演奏みてみたいです」
おぉ、さすが智子。お嬢なチョイス。
「わたしはメイドカフェかな?」
白山、それ行ってどうするの?
「そーいう真希はどうなのよ?」
あたし? あたしは……。
9:20。2年3組 歌声メイドカフェ『じゅぜっぺ』に行ってみる。こってこてのゴスロリ調に飾り付けられた教室の扉から、テノールの美声が聞こえてくる。あぁ、これだっち先輩が何日か前に編集してた曲だ……。
“……ノリでメイクしちゃったけど、なんか耕平スペック高くね?”
“……っていうか、スゲー歌ウマ過ぎなんですけど、うちの担任”
“……ダークホースもたいがいにして欲しいものだわ”
“正直、惚れるレベル……”
ひと目で女クラとわかるナリの方々が、後の扉から出てきて興奮気味に語り合っていらっしゃる。
教室に入ってみると、タキシードでめかしこんだ林田先生が、椿姫“乾杯の歌”を熱唱してらっしゃる。スゲーよアルフレード!! ヴィオレッタ役の生徒なんか完全に恋する乙女の目。ダメよ! まだ1幕1場でしょ!!
「……噂には聞いてたけど、半端無いわね、先生」
白山、どんな情報網なのさ、アンタ。横で智子が小首を傾げながら聞いてくる。
「あの先生が顧問なんですか? 放送委員会の」
……そういえば、そうだったような気がしないでもない。
9:55。神崎先輩が当番してる多目的ホールに行ってみる。
「あら、結局ここ来たの?」
と神崎先輩。
「えぇ、この高校の弦楽部ってレベル高いって伺ってましたので」
智子が嬉しそうに答える。
へー、そうなんだ。ちっとも知らなかったわよあたし。
客席の後ろのほうで待ってると、出演者が登場。ポニテの第一バイオリン、ツインテールの第二バイオリン、お団子ヘアのヴィオラと来て、口ひげ中年男のチェロが登壇。あ、佐野先生だ。
“ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第3番第3楽章”って聞いたこと無いけどなんか激しいやつ、を汗たらったらになりながら弾きまくる佐野先生。このナイスミドル、ただ者ではない気がする。素人でもわかるわ、この異常さ。
「なんか、数学科の先生って無駄に廃スペックよね……」
それな。
10:20。生物科研究室。
あたしのお目当てはこれ。
「真希、これって……」
骨格標本よ。
「真希さん、これが見たかったんですか?」
そう。何か問題?
あたしの目の前には身長189cmのコーカソイドの骨格標本が立ってる。もちろん本物だ。この学校が旧制中学校だったころに講師で来てたドイツ人が急病で亡くなって遺言で献体されたって聞いてる。文化祭の期間中だけ一般公開されるって話だったから、こうして来てみたわけ。
「ほんものって、ほんものってこと?」
そうよ、やっぱり美しいわよね♡
そろそろ時間。喧騒と人混みに溢れる廊下を戻りながら、ふと思う。体育祭っておっきな風船をみんなでふくらませるような感じだったけど、文化祭はいろんな色や大きさのシャボン玉をいーっぱい飛ばすような感じなんだなぁって。なんか子供っぽい言い方しかできなくて歯がゆいけど、そう思うの。全部見て回ることなんてとてもできやしないし、時が過ぎればあたりまえのように消えてしまうけれど、風に吹かれてばーって飛んでく、その有様を眺めているだけで、あたしの青春はざわめくのだ。




