深夜営業
抜けるような夏空のもと、一応傘をもって登校する日直三日目。こんなに天気いいのに、今日も一日この部屋で一人で過ごす。あいかわらずいろんな方々がいろんな厄介事を持ち込んでくるけど、大体あしらい方も心得てきた、そんな昼下がりの14:30。
「すいません。デモテープってつくれますか?」
できますよ〜。バンドさんですか?
「ベースとサックスとピアノのトリオなんですけど……」
明日音響担当の者が来ますので、伝えておきますね。場所は音楽室ですか?
「代々木のノウスタジオってトコです。週末の……夜中なんですけど大丈夫ですか?」
あぁ、貸しスタジオ特有の深夜パックって奴ね。だっち先輩ならなんとかなるでしょ。先輩24時間営業だし。じゃここにお名前書いてください。……葛西智子さん、へ〜、一年生なんだ。なんかすごくイイトコのお嬢様って雰囲気。腰が低くてこっちが恐縮してしまうくらいだ。あたし同学年なのに、ね。
「すいません。ほんと急な話で……」
いいのいいの、働くのあたしじゃないし……。
ってことで週末。熱中症の危険を避けるためという真っ当な理由をつけて、ぐーたらな午前と午後と夕方を重ねたあたしは、相変わらず洗濯物を部屋干ししながら、明日の日曜日のやり過ごし方を考えてた。電話が鳴る。この家の固定電話にかけてくる人なんて大抵保険屋か不動産屋かその係累なんだけど、時間が非常識に過ぎる。居留守を使おうにも着信音がやかましくてしようがない。
……はい。
「あ、中島? ごめんこんな時間に」
先輩だ。どうしたんだろう?
「中島ってさ、住んでるの新宿だったよね」
そうそう。学習院の裏手で最寄り駅は四谷だ。
「ちょっと代々木まで来れる?」
あ゛そういえば今日葛西さんのデモテープ作る日だった。にしても、なんであたしが行かなきゃなの?
「ちょっと人が足んなくてさ……」
なにごとだろう?
自転車にのって首都高速4号新宿線の下を辿って行くと、わりとすぐに着く。やたらとたくさんの道が交わる交差点の脇にその雑居ビルはあった。先輩に云われた通りBstに入ってみると、葛西さんと先輩ともう一人知らない男の人がいた。
「ほんとごめんな、中島」
なぜかピアノのとこに座ってる先輩が謝る。いつもの制服で、いつもの適当Tシャツ。この人の私服姿を未だに見たことが無いのは気のせいだろうか?
「すいません、こんな時間に」
アルトサックスを抱えた葛西さんも謝る。なぜかこちらも制服。両肩にかかった三つ編みがかわい過ぎる。
「……よろしくおなしゃーす」
ウッドベースの後からガタイのいいタンクトップの男の人が頭を下げる。年上な雰囲気。大学生くらいかな? メッシュの入ったベリーショートでちょっと怖い感じ。
ピアノから離れてスタジオ卓のMackieのトコまで来た先輩が手招き。
「なんかさ、ピアノの人が来れなくなっちゃったんだって。で、俺が代わりに弾くんだけど、Recレベルとか見れる人がいないんだよ。わりいけどここのメーター見ててくんねぇ? あとRecボタンここだから、クリックお願い、な」
えっ? 先輩ってピアノ弾けるの!?
「まぁ自己流で適当だけどな」
おもむろにピアノから始まる演奏。ベースが重なってきて、サックスが……無双してる。ちょっと……、これスゴくない!? メーター見るというお仕事も忘れて、三人の演奏に見とれてるあたし。先輩がピアノ弾いてるのもすごいけど、葛西さんスゲー、マジ半端ねーわコレ。
「……こんな感じでどうですか?」
先輩がタンクトップに聞いてる。
「うーん悪くないんだけど、後半ちょーっと走り過ぎかな」
「わかりました〜」
「ほんとすいません、早瀬先輩……」
「いいのいいの、楽しいし」
ほんとに楽しそうな先輩。こうしてみると先輩の手って指長くて意外と繊細な感じなのね、気が付かなかったいままで。その先輩の指が録音してたMacBookPro(このあいだ退院してきたの、この子)をカチャカチャいじってる。MackieのベースのEQをちょっと直して、ピアノのレベルをちょっと変えて、Take2。うーん。やっぱりスゲーわ。葛西さん。
そんな感じで26:30。
「とりあえずラフミックスはこんなか入ってるから……、あとはまた来週でもいいかなぁ……」
葛西さんにUSBメモリ(Kingston製8GB)を渡しながら、あくび混じりに先輩が云う。
「ほんとに、ありがとうございました!」
タンクトップが先輩の手をがしっと握る。
「ありがとな! また今度よろしくっ!」
意外と若い声。ベース背負って葛西さんの肩に手を回して、夜の代々木に消えていく。
「あれって、絵的にマズくないですか……」
「まぁ、いいんじゃない、同棲してるって云ってたし……」
え~~~っ! それって余計マズくない?
深夜パック借りると並びのそば屋のタダ券が貰えるらしい。先輩が“今日のギャラはこれだ”ってくれた小さな紙片。お腹も空いたから一緒に夜食タイム。“ざるそば、ネギ抜きでお願いしま〜す” “はいよ〜”が2セット。ずるずるしながら先輩に聞く。
「先輩、ピアノ弾けるんですね」
「うーん、弾けるウチに入るかわかんねえけどな〜」
「えー? でもさっきちゃんと弾いてたじゃないですか」
「まぁなぁ、でもアレだろ、キャラにあってないとか思ってんだろ?」
「そ、そんなこと思ってませんて」
確かに。こんなアキバ系な男子があんな華麗にピアノ弾けるなんて、キャラデザとか配役とかパラメータ割り振りとか間違えてんじゃないのいろいろと。
「もうこんな時間か……。中島そういやお前こんな時間まで出歩いてて大丈夫なの?」
アンタが呼び出したんだろ、アンタが。
「大丈夫です。あたしフリーですから。いろいろと」
「さようでございますか……」
自転車で来てた先輩が家まで一緒に来てくれるという。まぁ酔っぱらいとか絡まれたらヤダし、人通りも少ないから、お願いします。……っていうか、先輩こそこんな時間まで大丈夫なの?
「まぁ気にする人もいないし、明日日曜だし、いいんじゃない?」
そういうものなんだろうか? 男の子って。
あたしのママチャリと先輩の謎チャリ(骨組みぶっとくてタイヤ細いへんな奴)を連ねて、若葉三丁目のマンションに着く。生まれた頃から住んでるらしいちょっと古びた6階建て。崖にくっつくように建ってて見晴らしはいいけど、エレベーターは5階まででゴミ捨て場が屋上にあるという謎仕様。そんなマンションの前であたしたちは別れる。
「ありがとうございました。おやすみなさい」
「こっちこそ、ありがとうな。おやすみ」
部屋に入ってからふと気付く。全裸見られた上に自宅把握ってなにこの怖すぎるフラグ。ま、いっか。




