シブヤ系
八丈島でのドタバタのあと、ようやく夏休み。と思ったけど、中2日で次の現場。どこの弱小球団だってのよ。海の次は地下らしい。神崎先輩からLINEで連絡がくる。
7/24 09:30渋谷駅前スクランブル交差点集合 会場:渋谷区渋谷1-20-19 RBJビルB2F BAR DDD 10:00仕込み13:00本番 内容:コスプレ研究会ファッションショー 制服着用。よろしく〜
相変わらず味気のない業務連絡。っていうかこっちの都合とか考えてくれないのかしら? まぁどうせ予定とかないんだけどね。大体このコスプレ研究会ってなんなの? この間行った秋葉原の客引きのメイドさんを思い出す。あれと渋谷の組み合わせ? 想像できないしたくない。しかもなんで制服着用?? なんてこと考えながら久しぶりに洗濯とか掃除とかお買い物とかやってたら、あっという間に夕方が2回来て、7月24日。
渋谷駅前は朝からイケてる風味な人達でごった返してた。おおかた湘南新宿ラインとかで北関東から押し寄せているのだろう人ごみをかきわけながら歩いて行くと、高架下の薄暗いところに見慣れた面々を見つけた。なんでこんな天気のいい日に日陰に集まるんだろ? 職業病だと加瀬先輩は云う。なんか広くて明るいトコにいると見切れてるみたいで落ち着かないのだそう。それにしても先輩たちは大荷物。ここに来る前に松濤のレンタル屋に寄って機材を借りてきたらしい。
だっち先輩は例の登山用バックパックに脚立まで括りつけて仁王立ち。スピーカー乗っけたキャリーカートまで引きずってるし。神崎先輩は2尺ミラーボールってマジックで大書きされたおっきなダンボール抱えて“これじゃ前が見えないじゃないのよ……”なんて困ってる。加瀬先輩はIKEAでしか見たこと無いようなおっきなショッピングカートに灯体とか卓とか乗っけて押しながら “早く免許とりてぇなぁ……”なんて愚痴ってる。確かにお天道さまの下で大手を振って歩いてよろしい集団じゃないわね。一般市民の方々に多大なるご迷惑をおかけしながら狭い歩道を登っていく。渋谷ってほんと谷。
BAR DDDは宮益坂を上がっていって、青学の前の小道を左に入った先にある、真っ白いビルの地下2Fだ。入り口のドアにはなんだかかっこいいポスターが貼りこんである。“Sayaka Wakami Collection 201☓ Presented by I.C.K. ”まぁ、飯田橋高校コスプレ研究会じゃかっこわるいもんね……。
ドアを開けるとタバコとお酒のくたびれた臭いにどばっと包まれる。ちょっと懐かしい臭い。神崎先輩が云うには、このお店の昼間の開いてる時間を借りてるってことらしい。打ちっぱなしの天井からぶら下がる排水管やスプリンクラーにバインド線でミラーボール(落下防止ワイヤーってなにそれ? おいしいの?)を吊り込むトコから作業スタート。ひょいひょいっと脚立に登る加瀬先輩。神崎先輩は手慣れた様子で電動ドリルでバインド線撚ってニッパーで切り刻んで先輩に渡してる。仕事してる時の二人はほんといいコンビだと思う。
あたしと白山はフロアの灯体を仕込んでいく。お店の電源容量の関係で3VNのPARとミニブル何台か、それから1kWのランプピン2台だけのシンプルな仕込み。だっち先輩はカウンターの片隅に機材並べて、クラブ同好会の先輩と打ち合わせしてる。アキバ系とシブヤ系がケーブル繋ぎながらなんだかまじめに話し込んでる。変な絵。
そうこうしてるうちに、入り口からおっきなダンボール(北見F1たまねぎのロゴ入り)を抱えたちっちゃい子が入ってくる。
「おっはよー!! 今日はよろしくね〜!」
飯田橋高校コスプレ研究会会長の2年3組若美さやか先輩だ。後ろから研究会のメンバーがぞろぞろどよーんと入ってくる。みんな揃っておっきなダンボール抱えて真っ赤な目の下に隈つくってるけど大丈夫なの? 神崎先輩が“また徹夜?”なんて声をかけると、ハイテンションな “三徹目!!”って返事がかえって痛々しい。お店のバックヤードの方へ吸い込まれていく新世紀女工哀史の行列。
仕込んだ灯体のシュートが終わるとだっち先輩の時間。大音量でワンツーワンツーとか云ってる先輩を置いてけぼりにして、隣のファミマで買ったおにぎりで早めで速めの昼ご飯。10分で終わらせて戻ると、加瀬先輩からキューシートが渡される。とりあえず出てくる人をフォローするだけの簡単なお仕事らしい。
12時半を過ぎるとお店のドアの外には行列が出来てる。これってみんなお客さんなんだろうか? なんか大人の人ばっかりなんですけど……。ドアが開くと、ぞろぞろ入ってくる。ストライプのスーツのおじさま、超盛ってる女の人。高そうなデジ一を2〜3個ぶら下げてるお兄さん。国籍がよくわからない人もいれば性別がよくわからない人もいる。共通してるのはなんか業界人(ちっちゃい頃ときどき会ってたのよ、こういうヒト達)っぽいってことくらい。
13時ジャスト。ショーが始まる。クラブ同好会のシブヤ系な先輩がMCとDJを器用にこなす。大音量で流れる洋楽のビートに合わせて、加瀬先輩がPARとかミニブルをあおってる。年代物のマニュアル卓をかちゃかちゃいじって傍目に遊んでるようにしか見えないけど、あれって結構しんどい作業だと思う……。フロアの真ん中のテーブルを片付けてつくったランウェイに、メイクばっちりのコスプレ研究会のメンバーが現れる。さっきまでゾンビの集団みたいだった人達が、真っ赤な目にカラコンいれて、ファッション雑誌から切り抜いたような服来て、ほんとのファッションショーみたいにつかつか闊歩してる。ランプピンでフォローしながら感心する。意外とガチなショーじゃんこれ。
ショーの最後。普通の制服に“コスプレ研究会会長 本人”って書いてあるタスキをかけて登場した若美嬢。スタンディングオベーションがようやく終わると、今度はお店の隅でお客さんに囲まれてる。名刺交換したり、写真撮られたり、インタビューされたり。機材をバラシ始めたあたしたちの方を指差して“スタッフもみんな現役高校生なんですよ〜”なんて説明してる。なんかこっちまでパシャパシャ撮られてるし。っていうか加瀬先輩PARぶらさげたままでのその妙なポーズ&カメラ目線やめてください!
「先輩、このコスプレ研究会ってなんなんですか?」
ぶっといキャブタイヤケーブルを八の字巻きしながら白山が神崎先輩に聞いてる。
「見たとおりよ。現役女子高生ブランドってことで一応マジに売り出すつもりみたい。今回からスポンサーもつくらしいから、結構いい線いくんじゃないかなぁ」
「へぇ、てっきりアニメキャラとか出てくる奴だと思ってました」
「……ここだけの話し、ほんとはそっちが本職なの。ファッションショーはそのための資金稼ぎなんだって」
「……マジですか」
「ウチの高校、目的のためには手段選ばないヒト、多いからね……」
取材が終わって笑顔でお客さんを送り出す若美先輩。最後のお客さんとハグして、こっちを振り向く。か、顔が半分作れてない……。目も虚ろなんですけど大丈夫??
「おつかれ〜さやか氏〜♡」
え? 神崎先輩? なんなんですかそのテンション……。
「ありがと〜みすず氏〜♡」
ケロシンを一斗缶でぶち込まれたかのようにテンション復旧させる若美先輩。
二人でキャッキャウフフとGive me TEN!な感じ。
……そう言えば先輩たちは同じ2年3組。これが世に言う“女クラ”ノリなのか。寡聞にして知らなかった。“うーん悪くない”なんて加瀬先輩、腕組んで賢者タイム(え? 使い方間違ってる??)してる場合じゃないでしょ!
「あ〜! Lightingありがと〜!! チョーイケてた!! 加っ瀬せんっぱ〜い! ハグっ!!」
そのままのテンションで、加瀬先輩にくっつく若美先輩。HAHAHA……すごい積極的なヒトデスね。加瀬先輩もまんざらでもない表情で“さやか氏”のうなじいじってるし、って、あ゛!
背後から六尺脚立が加速をつけて倒れてくる。そのアルミ天板の角が、寸分違わず加瀬先輩の脳天を捉える。“ぬぐぅおおおおお!”獣じみた呻きがこだまする。
まるで何事もなかったように次のターゲット(クラブ同好会のぉ蒲田良雄氏ぃ♡)へダッシュする若美先輩。まるで何事もなかったように脚立を起こす神崎先輩。
「ミラーボール降ろしますよ〜早く登って下さい〜」
鬼や、鬼がおるて……。