ある日曜日のこと
5月の最後の日曜日。せっかくの休みだってのに、加瀬先輩からLINE。“8:30六本木 正装 とっぱらい1万 一応印鑑 よろ”って。一般的な女子高生が見たらまるで暗号よ! などと頭の中で愚痴りながら、8:15には六本木駅の4a出口に上がる階段のとこで待ち構える。おおかた結婚式のフォローかなんかでしょ。予想通り大江戸線の改札から颯爽と(って自分では思ってるに違いない……)加瀬先輩が現れる。ビシっと決めたダークスーツ、場所柄とっても違和感なし。妙な時間に出勤してきたホストって感じ。
「おはよ。じゃ、いくか」
「おはようございます……。先輩、LINE暗号過ぎますよ」
「通じりゃいいんだよ通じりゃ。だってお前いるじゃん」
一応NA○ITIMEと先輩の性格からあたりはつけてきたけど、にしたってどんだけエスパーなのよわたし……。
まだカラスがゴミ漁りを諦めない時間帯。くたびれた空気の漂う六本木四丁目の路地に入っていく先輩。まだ低い朝陽がビルに遮られて肌寒いくらい。コート着てくればよかったかな……。
「お前、正装するとあれな、リクルートみたいでちょっとエロいよな」
「先輩、殺しますよ」
「冗談だよ……」
「……そんな感じで雪ちゃんたちに絡まないでくださいよ。まだ入学したばっかりで免疫ないんですからね!」
「あぁ、いい子達だよな、今年の一年」
「手出したら、立派に犯罪ですからね」
「俺だってまだ未成年なんすけど……」
なんていつもの馬鹿話ししながら、今日の現場。ってここ式場じゃなくないですか?
「今日はさ、ちょっとワケありでさ」
Club 9Milesは半地下式のJazzBAR。天井は3Fまで吹き抜けになってて、キャットウォークが縦横に走ってて、そこにクセノンピンが2台並んでる。先輩はずかずか入っていって、カウンターで黒人のバーテンさんと何か話してる。へぇ、先輩英語喋れるんだ。意外なうえにちょっとむかつく。手叩いて大笑いしてる二人。あれ絶対下品な会話だわ。男子って最低。
ふとウェルカムボードを見ると、今日の主役の名前がチョークで書きつけてある。……どっちも女の人の名前だ。
「レズビアンなんだよ、この二人。あぁ最近はLGBTって云わなきゃ怒られるか」
男同士の馴れ合いから戻ってきた加瀬先輩が教えてくれる。
「へぇ、そうなんですか」
「なんかさ、この前地元の飲み屋で意気投合しちゃってさ、話し込んでたら泣き入っちゃってさ、結婚式挙げたいの、って。LGBTが結婚できるとこって少ないらしいのな」
「で、話し聞いてあげたんですか?」
「そうそう。ここの店だったらいけるかもって紹介したら、すげえ乗り気になっちゃってさ」
「先輩、意外といいヒトなんですね」
「お前、何年の付き合いだよ! 俺ってけっこうイイ男よ」
……やっぱ死ね。
結婚式。ときどき加瀬先輩のバイトで連れてかれてるから、大体の段取りは体で覚えてる。MCとって、入場とって、牧師とって、キスとって……。でも今日の式はとてもステキ。こじんまりとしてて思いやりにあふれてて。こういうのいいなぁ。白いドレスをシャープ・エッジで追いかけながら、インカムのB回線越しに無駄話。
「あぁああ、いいなぁ、いつかああいう格好できるのかな……」
「そりゃお前、まずは相手探さなきゃな」
「先輩は?」
「ん? あぁ俺は紋付き袴。神前式って決めてんの」
「……じゃぁ、白無垢でもいっか……」
突然新郎側のフォローが震えだす。小刻みに。
「な、何云ってんの神崎……」
「せんぱーい。手震えてますよー」
ほんといつになるのかしら、ね?