八話
正直相討ち、もしくは負けたかと思った。
「”ショット”」
だが。この勝負とはもともとペア制であって、あっちはもう決着がついていた。よって、後ろからの投擲。完全にノーマークであったミーシャは
「無念…………ガクッ」
と敗北した。でも、良い笑顔をしていたから罪悪感はない。
「熱狂の第一試合、勝ったのは伯爵と轟のコンビッ!! 手に汗握る大迫力の試合でした!」
でも実際危なかった。仮に私がミーシャに勝ったとて、轟がアイスを抑えてなければ今の逆もあり得た。狂化はある程度制御できたと思っていたのだが、どうやら思い上がりだったようだ。狂化が切れてピンチになったことといい、むやみやたらと使用しないようにしよう。第二試合は誰かな?
「第三試合は【喧嘩屋】ゲイルと【くノ一】リーのコンビ! 対するは【黒騎士】ヘイムと【狙撃手】ミルだ!!初の全員二つ名持ちっ!! どちらが勝ってもおかしくない第三試合を見届けろっ!!!」
私たちの戦闘の裏で第二試合が行われていた模様、見ることが出来るのは第三試合のようだ。しかし、どちらが勝ってもおかしくないか…………確かにそうだが、勝敗は見えていると思う。
ゲイルとリーはミルを同時に狙いに行くが、当然のように入る妨害。動きづらそうにしているのはヘイムのスキルだろうか、ゲイルが正面で足止めしてリーがヘイムの頭上を越すと思われた瞬間、矢の雨が降り注いだ。恐ろしいのは狙いすましたタイミングと、ヘイムを当たり前のように巻き込んでいることだ。思わずミルの顔を注視しても、罪悪感は微塵も感じられない。一応、ヘイムには二・三本程度しか当たっていないから許容範囲なのだろうか?
さて、矢の雨が降ったことにより戦闘は一時仕切り直し。ヘイムの動きが多少変わり、通させないではなく動かせないという方面にシフトしたように感じる。動けなければ二人の機動力が活かせない、ヘイムの体力は減って行っても、ミルの体力は削られない。変幻自在の弓矢、時に曲線も描く弓。最後にミルは大弓に持ち替え、ヘイムごとリーを撃破。ゲイルはそこで降参した。
「第五試合、対戦カードは【魔王】伯爵と【修羅】轟の大本命! 対するは伯爵と同じく吸血鬼の【黒騎士】ヘイム! ここで少々時間がありますのでヘイムさんの説明をさせてもらいます。彼には二つ名がありますが、なぜ黒騎士か。まあ、騎士は分かるけどなんで黒? そういう疑問をお持ちの方は多いと思います。単に彼が黒を好きだから、そう思うのが普通かもしれませんがね、違うんですよねーこれが」
「彼があの黒い鎧を着ているのは、私が譲渡したからなんだ。吸血鬼に特性によって、パーティで昼に戦えない彼が肩を落としているのを見つけてね、私がプレゼントしたんだよ。それから彼は黒騎士と呼ばれるほど立派な人間になって私も嬉しいよ」
「そうなんです! あの黒い鎧はこのジョンさんが若人のことを思ってくれたというエピソードがあったんです!」
「まあ、君らの常識では黒ではなくせめて白を使え、という意見もあるようだが、そういう加工だから」
「はいはい、そういうことなんです。では、第五試合行っちゃいましょー!!」
見事に飛ばされたな。やっぱりあの外道っぷりは駄目だったか。
「二重付与、筋力 二重付与、筋力 付与二、敏捷 『狂化』”狂気伝染” ”ドレインチャージ”」
「”チャージ”」
今回は攻撃一辺倒。使ったのも全部攻撃、狂気伝染は轟を凶化させ、ドレインチャージは吸血。轟から力を吸い上げて私の力は増幅される。こんな力ばかり上げた状態に器用さなどどこにもない。
だから当然投擲も封印、使うのは轟だけ。飛んでいく巨斧は正確にこそ飛ばないが、恐ろしいほどの質量を持ってヘイムの方向へと向かう。
「”ジャストガード”」
でも狙いが雑だったようで防がれた。でもそんなの関係ない、今の私は狂化(短時間バージョン)。二人での猛攻。
「”ノックキック”」
「”カウンター” ”ダブルシールド”」
「”スマッシュ”」
「”インターセプト”」
「”ポイズン” ”チャージ”」
「”ハイジャンプ” ”ショット””ショット””ショット”!!」
「”スタンプ” ”スラッシュ”」
アクションスキルの応酬。誰が何をやっているか分からなくなるくらいの乱戦。カウンターで防がれようが矢が飛んでこようがそんなことは気にならない。狂気、凶化状態にはどうやら多少のダメージノックバックを防ぐ効果もあるらしい。それに気付くのは戦いの後で、この時はそんなこと気にする余裕もなかったわけだが。スタンプから不意のスラッシュ、ヘイムに出来た隙。ヘイムは慌てず防御の構えを崩さないが、投擲のコースががら空きだ。
「”ショット”」
「”バックステップ” ”ショット”」
ミルに投げるも距離を取ってから同じくショットでの相殺。だが、ヘイムの気は間違いなく逸れた。援護である矢も一時の中断、やるなら今しかない。肘、盾に思いっきり叩きつけてもこちらがダメージを受けるだけだが、衝撃は伝わる。剣を拾う、一連の流れをイメージ。
「”スラッシュ”➡”スラッシュ”」
「”スタンプ”」
ヘイム撃破っ!! あとはミルを――
「降参します」
倒す前に試合が終わった。
「今日は試合、終わりらしいですね。準決勝と決勝は明日の正午らしいですよ」
「明日の正午…………吸血鬼なのに?」
「ああ、それなんですが。どうやらどうにかなるみたいなので大丈夫です」
はて、どうやってだ?
「エンチャント、サンプロテクト」
なんと付与術の使い手が日光防御をしてくれた。というか、エンチャントでもいいのか。パワーでも使えた時点で今更といえばそうだが。これからは気分で言葉を選ぼう。
「第七試合、ついに準決勝です。どれも激戦でしたね、これにはわけがあるんですよ」
「出場条件としてレベルが9以上なことを求められる」
「そうなんです、なかなか厳しい条件ですね。これを達成するためにはプレイ可能時間の半分以上は消費することが前提条件、とてもじゃないですけどゲームは一日一時間なんて昔の標語は守れません」
ああ、そうだったのか。どうりで弱いやつがいないと思った。
「ではでは第七試合対戦カードは【魔王】伯爵と【修羅】轟の超攻撃型コンビ! 準決勝まで勝ち上がってきた文句なしの優勝候補! 伯爵は付与術という珍しいスキルを使いまして、先ほども二重付与を披露して驚かせてくれました」
「三重、四重にすることもできるらしいが、多重付与はMPの消費が激しい。伯爵が全部に二重付与しないのはそれが理由だな」
はい、解説ありがとうございます。弱点まで語らなくてもいいのだがね、今の私だと3つ二重付与したらMP切れです。
「一方立ち向かうは今大会でもう一つの優勝候補、【剣聖】ライルと【黒鬼】岩鉄! ライルさんは今大会に数多く出場している一陣の風のリーダーとして有名ですね。今回はメンバー全員が別のペアで出ているので一部では八百長も疑われているくらいの実力者軍団。一方岩鉄さんは、知る人ぞ知る一流の鍛冶屋。ごく一部の人たちに一流の装備を仕立てているのです。装備を作ってほしけりゃ土下座しろ、というのが本人の弁とか」
「伯爵、負けんじゃねーぞ!!」
あれはスミスさんか。攻略組に装備を作っている鍛冶屋であるうえに、闘技大会に出場して準決勝に勝ち上がれるとはかなりのすごいぞ。スミスさんのライバルなのか?
「第七試合、開始!」
「”クエイク”」
「付与二、筋力 付与二、生命 付与二、敏捷 付与二、器用 ”ジャンプ”」
「”スタンプ”」
地面が揺れる。私は空中に逃げ、轟は衝撃を相殺した。岩鉄は両手にハンマーを携えた鬼人、轟に類似している。だが、使うアクションスキルは違った。ライルは何をしたかというと、浮いた。
「”スカイステップ”」
ほんの僅かに、浮く。滞空時間は短そうだが、平然と歩いてくる。私の頭上に到達してその歩みは止まり、互いに自由落下。アクションスキルを使うタイミングを見極める、読みあいが繰り広げられ――――
「”スマッシュ”」
「”スマッシュ”」
二つの衝撃に中断された。衝突する二つのハンマー、手出しする余地は少ない。それでもライルは轟の背後に回った。
「”ターンステップ”」
「”スラッシュ”」
再び起こるスキルの読みあい。何を使う? ライルは笑っている。
「”シールドエッジ”」
不意に盾が刃と化した。
「”アイアン”」
私の足が鉄となる。
「”スラッシュ” ”バックステップ”」
剣は払われそのまま後退。
「”ショット”」
私はそれに剣を投擲して追撃。
「”ジャストガード” ”チャージランス”」
剣をきっちりこちらに返し、突撃。盾がしっかりと構えられ、カウンターなどはとてもじゃないが狙えない。
「”ノックキック” ”スラッシュブーメラン”」
地面にノックキック、バックステップを再現し背後からの攻撃を狙う。
「”ターンステップ➡”スラッシュ”」
完璧に防がれたが。しかも、私のスキル連結を真似て。さらに別のスキルを繋いでいる、だが動作は別々なので難易度はそう変わらないのか?
「おおーっ!!! まるで決勝戦のようなスキルの読みあい、我々一般ピープルには手の出せない領域っ!」
「うむ」
「面白いですね」
「ん?」
不意に、ライルが話しかけてきた。話すにはちょうどいいような距離間。
「僕はそれなりに強い自信があるのに、伯爵さんはそれに付いてきて。僕は今まさに負けそうで、伯爵さんもわかるでしょう? 今まさに負けるか勝つかの瀬戸際が、最高に面白いこと!」
「確かに。次はサシで戦いたいものだ」
「もう次の話ですか、いいでしょう。ここからは伯爵も僕も全力で、最近二刀流始めてたんです。『覚醒』”シールドエッジ” ”ダブルソード”」
「『狂化』”スラッシュ”➡”スラッシュ”」
激突する、火花――――――――盾の激突から始まる第二ラウンド。ライルが二刀流で私に迫り、それを私が右手の剣、左手ではナイフなどを投擲する。両者の体からはオーラのようなものが出ており、私からは黒が見え隠れする赤、ライルは白。いわゆる赤と白のコントラストというやつのだろうか、紅白歌合戦を思い出すのはおかしいとしかいいようがないが。
「”ダブルクロー”」
それはブラックウルフを思い出させるが。先ほどから何かを思い出してばかりだ、ゲームを始めてから会った、面子が纏めて出てきて、懐かしい気持ちになっているのかもしれない。狂化中だというのに、思考は穏やかである。不思議だ。
「”ノックキック” ”ショット” ”ショット” ”ショット” ”ショット” ”スラッシュブーメラン”」
片手剣をばら撒く。
「逃げないで下さいよ! これで終わりです、 ”三連突き”」
投擲は簡単にあしらわれ、剣が一突き。避ける、だが次は避けられずガード。だが、剣は弾かれた。
「終わりなのはそっちだ、お前さ…………ペア制なのを忘れているだろ」
「”スタンプ”」
私が放ったショットは岩鉄への攻撃となり、轟の手が空く。それが合図だった、ブーメランはスタンプによってライルの背後にコース変更。
「”ターンステップ”」
「逃がすかっ! ”ニードルショット”」
「”クエイク”」
「轟!!」
「分かりました、”スタンプ”」
「”ジャンプ” ”ダブルジャンプ” ”ハイジャンプ” ”シャープファング”」
まさかのスタンプで私を打ち上げた。最後は吸血で締め!
「まだ諦めんぞ」
「”ニードルショット” ”スラッシュブーメラン”」
「”スラッシュ”」
岩鉄さんは粘りましたが、さすがに数の不利は覆せなかった模様。まったく諦めが悪いとしかいいようがないな。
「おおお、スタンプで打ち上げるというのは、これ、どうなんでしょうか」
「ジャンプスキルは必須だろう。実用性は無きにしも非ず」
「第九試合、いよいよいよ決勝戦! ここまでの激戦を勝ち抜いたのは大本命、【魔王】伯爵と【修羅】轟の攻撃一辺倒、超攻撃型コンビっ!! ここでは轟さんの解説をさせていただきたいと思います。伯爵さんの妹である女帝がリーダーを務めるパンドラの箱の一員です。武器はハンマーや斧、一撃が重いタイプですね」
「それでいてテクニックをひしひしと感じられるのは素晴らしい、伯爵のコンビと組むのも納得だ」
「一方ですね、彼らに対抗するのは今大会のダークホースであります。双方二つ名持ちではありませんが、堅実であり他のペアを圧倒してきたのは、レイス・エストペアだーー!!!」
「今大会でレイスは唯一のエルフ、これだけでトッププレイヤーなのは疑いの余地はないといえるだろう」
レイスは剣(少し長い、特注だろう)、エストは獣人であり槍を持っている。装備も特に変わったものではなく、一般的。闘技大会の決勝に進出するようなペアとは一見しただけでは分かりづらい。しかし、よく観察すると足さばきから伝わる技量。決勝戦の相手に相応しいのは間違いない。
「決勝戦、開始です!」
「”ショット” ”ダッシュ”」
「ヒーリングサークル」
「付与二、筋力 付与二、生命 付与二、敏捷 付与二、器用」
エルフが使っているのは聖魔法か? しかも私に向かってきている。彼女が作ったサークルは無差別に癒しているようだが、吸血鬼である私には効果がない、そういうことだ。つまりは上手く分断された。
「エンチャントライト」
これだよ、付与術がそう人気で無い理由の一つ。各属性魔法は属性を乗せることが可能、役割はまるで違うから競合しないはずなのに。だが、似たようなことができるというのは大きかった。
下手にスキルは使えない、狂化なんて使った瞬間突かれることは間違いなし。それだけ、強い。流れるような剣捌きは私では追いつけない領域といって差し支えない。一瞬一瞬が長く、空気が重い。
「”ショット”」
「”ノックキック”」
「”ニードル”」
「”アイアン”」
空気を鳴らして飛来する槍、気付くのが遅れる。ノックキックを使用してなんとか逃れても、そこにニードルを差し込まれる。間合いを掴まれていた、剣はは私の脇腹を容赦なく抉ってさらに追撃を加えんとするが、そこをアイアンで何とか弾いた。
明らかにジリ貧、このままだとじりじりと削られていくだけ。勝負に出なければ負けは確実、轟の方も劣勢とみえるのだから。だがどうする? さっきのようにショットで援護? そんな暇はない。狂化で破れかぶれに突撃する方が一番勝率が高く思えるのが不思議だ。そんなことすれば負けるというのに、本当にどうしようか。思わず轟の方を見てしまい、目が覚めた。彼女は劣勢であるにも関わらず、諦めていない。私がレイスを破ってこちらに来るのを待っているようにすら思える。自分を信じてみるか。
「二重付与、生命 『狂化』」
世の中には虎穴に入らずに虎児を得るだの肉を切らず骨を断つだの、器用な真似をする人はいるっちゃいるが、私はそんなことは出来ん。肉を切らせないと骨を切ることはできない。一撃は重くないのだから、喰らってしまえばいいのだ。長剣は私の腹を裂くが、掴んだ。今もHPが減っていくのを感じる。長剣を手放して逃げようとしても、もう遅い。
「ヒール!」
聖魔法は延命にしかならないだろう、吸血鬼の代名詞吸血、一時はレッドゾーンまで減ったHPがみるみる回復していった。打ち込まれる聖魔法、だがその威力は小さい、聖魔法は攻撃に向いた魔法ではなく、エルフの筋力は人間よりも少ない。武器である長剣を失ったエルフ、その脅威は低い。だからこそ油断していたのだろうか? 降り注ぐ槍を轟が庇ってくれていた。
「すいません、負けました。あとはよろしくお願いします」
「……………………―――――――――――――――――――」
「”ファランクス”」
「”スパイラルニードル”」
その時私が抱いた想いをどう表現すればいいのだろう? 言葉に出来ないというアレだ。私は何重にも重なって見える槍を、スパイラルニードルで全部弾いていた。
「なっ!!?」
「ここで神業ですかっ!!」
ニードルに回転を加えたスパイラルニードル、威力は増加したがその分正確性が犠牲となり、ぶれる・・・。それによって狙いが定まりづらくなるのだが、私はそのブレを利用してファランクスを弾いた。弾かれたことによって生まれる隙、意識の空白を突く一瞬の出来事。
「”ニードル”➡”ニードル”➡”ニードル”」
「決まったーーー!!!! 闘技大会の覇者は伯爵、轟のコンビーー!!」