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花火

 ややご機嫌斜めになった彼女の為に、チョコバナナを買ってやる。素直に喜ぶ少女に礼を言われたが、それには及ばない。なぜなら、僕の金では無いからだ。


 家を出る前に母ちゃんから旅銀を賜ったに過ぎぬ。すると何を思ったか、ヤツはこんな事を言い出した。


「はいっ! 半分こだよ!」


 と、チョコのかかったバナナを少しかじり、僕の方へよこすではないか。馬鹿かこいつは。


「いいよ、お前が全部食べればいいだろ」


 そう言って、軽くあしらったが。なおも、しつこく食い下がる。


「えぇ? なんでぇ? 昔はよくやったじゃん。半分こ」


「昔って、何時の時代だ! 縄文か! 弥生か!」


「も~っ、またそんな事言って……ほらっ、おいしいよ?」


「いやっ、いい! い~ら~な~いっ!」


 屋台と屋台の狭い通路を人ごみを掻き分けながら、そんな押し問答を続けていると、お互い段々ムキになって歩く速度が速まる。


「……もう! あんまり早く、歩かないでよ! ……着崩れしちゃうからっ!」 


 先を行く僕は、正直このまま撒いたろか、このアマ、と思ったのだが。家に帰ると後で両親に怒られそうだから……というか実際過去に、何度か彼女を置き去りにして、怒られた事があるので。渋々足を止め、後ろを振り返った。喜々として歩み寄ってくる咲を、ウンザリとした目で見ていると。なんと、途中で通行人の男性とぶつかってしまった様だ。慌てて、自分も駆け寄ってみると……


「あっ……ごめんなさい! ……大丈夫ですか……? あれっ?」


「僕は大丈夫です……桜井さんこそ、大丈夫?」


「……うん、平気です」


 その相手こそ、誰あろう。爽やカッシーこと、柏原孝君ではないか! 事ここに及ぶに至りちょっと彼の事を失念していたが、タイミングとしては、上出来だ。内心でかした! と思いながら、したり顔で二人に近づく。


「おおっ! カッシーじゃないか、奇遇だねぇ!」


 我ながら、見え透いた芝居をしてるなと思う。


「うん、たまにはお祭りも良いかと思って、来てみたんだけど……」


 カッシーの視線の先には、地面に落ちたチョコバナナ。


「ごめんなさい、これ、落としちゃったね」


 彼がそれを拾おうとするより先に、僕が拾って近くのゴミ箱へと捨てた。


「いや、気にする程の事でもないよ。なぁ、咲?」 

「……うん」


 一瞬、彼女の体が強張る。

 

「良かったら何か代わりの物で、お詫びがしたいんだけど。」


「……そんな、大丈夫です……」


 遠慮する咲を、僕は捲くし立てる。


 「いいじゃないか、おごってもらえるなら。じゃあ一緒に見て回ろうよ、カッシー」

 

「うん」

「いいよな?咲」 


 僕がそう言うと、彼女はもう何も言わなかった。ただ黙って一度、弱弱しく頷くだけだ。


「よし、なら皆で行こう。お前何か欲しい物ある?」


 意気揚々とする誠の問いに対して、彼女は困ったような顔をして、後ろを振り返った。


 あのチョコバナナの捨てられたゴミ箱を、少女は振り返らずにはいられなかった。




 それから僕達は、三人でお祭りを楽しんだ。



 やぁやぁ! 遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って、目にも見よ!  カッシーと咲の、ラブラブ大作戦! 開始だ!


等と僕一人、心中で盛り上がっていたのだが。幸先は悪い。


さっきから分かりやすく、めっきりと口数の減った彼女のご機嫌を取りつつ、告白タイムまで縺れ込まねばならない。これはなかなか骨が折れる。


「おっ、ほらっあそこで、金魚すくいやってるぞ! お前、ああいうの好きだろ?」


「……うん、でも家で飼っても、すぐに死なせちゃうから……」


「あ……あぁ、そうだよな。生き物は、難しいよな……じゃあ、あれは? リンゴ飴! 祭りといったら、これでしょうよ!」


「……うん、今はお腹空いてないから……」


 まるで取り付く島も無い。けんもほろろとは、この事か。女心と秋の空……まぁ、今は夏なんだが……もとい! 先ほどまでの機嫌はどこへやら、刻一刻と、彼女のテンションは下がってゆく。


 くそぅ、なんとかしなければ、と気ばかり焦るが、事態打開の糸口さえ見出せぬ。


「大丈夫? 桜井さん。具合でも悪いの? 顔色が悪いよ?」 


 さすがにカッシーも彼女の様子が心配になってきた様で、優しい言葉を投げかける。僕などは、危うく。



 オラオラ! ワガママ言ってんじゃねぇ! せっかく彼が気を利かせて、何かお詫びがしたいと言ってるのに、さんざ拒否するとは、何事だ! 言え! 今すぐ何が欲しいのか、言ってみろ!



 ……と、恫喝しそうになっていた所だ。流石カッシー。爽やカッシー。


「……うん、大丈夫……ただ、ちょっと人波に酔っちゃって……疲れたのかも」


 その時僕は安い腕時計を確かめると、そろそろ花火の打ち上げ時刻だという事に気が付いた。


「じゃあ、ちょっと人気の無いとこに行こうか。景色の良い所を知ってるんだ」 




 僕達は街の喧騒から離れ、海に向かって歩いた。林の獣道を抜けたらそこは、誰も居ない浜辺だ。この場所は以前、僕等がまだ小学生だった頃、どうすれば人混みを避け、かつ快適に花火大会を観賞できるか? という至上命題を掲げて、荒れ野を彷徨った末に見つけた、約束の地だ。


 ここ最近は、とんとご無沙汰をしていたが、どうやらまだ、余人に知られて無いらしい。



「へぇ、こんな所があったんだ……」 


「うん、ここなら他の人も居ないし、よく花火も見えるんだ。子供の頃はよく、ここに来てたんだけど……なぁ?」


 咲に同意を得ようとして振り返ると。彼女の、無表情だが、刺す様な視線に射抜かれて。僕は二の句が告げず、口ごもってしまった。


 その時、ドン……という音と共に、最初の花火が打ち上がり、鮮やかに周囲を照らす。続けて二発、打ち上がる。快晴の夜空に、色とりどりの花火が美しい。


「うわぁ! 上がった、上がった!」


「お~っ、久しぶりに、近くで見ると、迫力あるなぁ!」


 などと男達はしきりに関心していたが、肝心のヒロインはというと、心を閉ざしたまま俯いて、黙りこくっていた。


「……あのなぁ、咲……」


 あまりの無関心に耐えかねて、僕が話しを切り出すと、カッシーが割って入ってきた。


「桜井さん……ちょぅと、いいかな?」


 彼の方を見ると、黙って頷きを返してくる。どうやらここで告白タイムの様だ。結局、重苦しい雰囲気のままここに至るに及び、自分としては申し訳ない気持ちで一杯だったが、致し方無し。後の事をカッシーに任せるとして、止む無く退散する事とした。


「じゃあ、ちょっとジュースでも買ってくるわ」


 気を利かせて、その場を去ろうとすると。ここに来て初めて咲が。



「マコちゃん!」



 と、悲鳴にも似た声を上げた。


「……すぐ戻ってくるから」


 僕はそう言うと、振り向きもせず。闇の中へと駆け出した。



 あれから、どれくらい経ったろうか……近くの自動販売機まで行き、適当なジュースを三本買って、その内の一本を、チビリチビリとやりながら。どっかりと地面に腰をすえ、獣道の出口を睨んでいた。


 出入り口は一つなので、ここを見張っていれば、事態の推移は分かろうというものだ。万葉集にある防人の如くに佇んでいたのだが。なんだか、だんだん不安になってくる。


 カッシーの告白は成功したんだろうか? それならそれで、結構な事だと言えるが、失敗したら……何と声をかけてあげれば良いのだろう。


 ドンマイ! カッシー! 君の良さを、一ミクロンも解さない、あのアホの事などは、一刻も早く忘れたまえ! それより僕と、資本主義の限界と、その未来について、語り合わないかい?


 ……なーんて馬鹿な事は、言えんだろうな……うぬぅ……如何にすべきか、考えても埒が明かん。あぁ、またキリキリと胃が痛い。目眩はしないが、頭痛がする。全く、アイツと関わっている限り、心労が絶えぬ。ご先祖様、拙者は長生きできぬでございまする……


 その時ガサガサと音がする、前方より見える人影は、やはり柏原君であった。思わず立ち上がり、聞いてしまう。



「……! でっ……どうだったの?」



 闇夜をつんざく、破裂音。空に浮かぶ、極彩色の花びらが。静かに解けて、消えていく。



 その途端、はっしと右手を取られる。硬く握られたその握手に。僕は確信した。




「おぉ! ……じゃあ、結果は……!」


「……うん。駄目だった」




 期待した瞬間に、梯子を外されて。勢い、膝から崩れ落ちそうになった。


「……そうか、ダメだったんだ……」


 しかし柏原青年は、すっきりした風で。


「でも、これでやっと踏ん切りがついたよ! ありがとう、一宮君! ありがとう!」


 何度も、握った手を上下しながら握手を続ける。彼の目には、うっすら涙が浮かんでいた。


「……そっか……うん。そうなんだ……」


 あれだけいろんな、慰めの言葉を考えたにも関わらず。今出て来るのは、気休めにもならない呟きだった。


「それじゃあ、もう行くね。」


 突然の別れの言葉に、動揺してしまう。恋に破れた彼に、何か声を掛けるべきだとは、思うのだが……



「カッシーゴメンね……あんまりフォロー出来無くて……」

「全然! ……一宮君には、良くしてもらって……本当に感謝してるんだ! ……じゃあね、また、学校で!」


「うん、またね!」


 去り行く好青年の、後姿を見送り。一人、暗澹たる思いで、残された彼女の居る暗闇を見つめた。行かなければならないが、激しく行きたくない。長い溜息の後、そろりそろりと、歩み始める。その時、ふと思い出す事があった。



「……あっ……カッシーにジュースあげるの、忘れた」



 花火も大分打ち上がって、そろそろ祭りも、終わりに差し掛かった頃。バツの悪そうな顔をして、誠は咲の所へ赴いた。弾ける花火の音だけが、気まずい沈黙を少し、和らげる。


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