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活火山ガール

「……咲の事、嫌いになっちゃったの……?」


 ぐあああああああっ! マズイ! これは良くない兆候だ! 彼女による被害は、色々とあるが。その際たる例は、僕の家で泣かれるという事だ! 当然、家の両親は揃って、僕を悪者呼ばわりするし、酷い時は飯抜きにされた事もある。


 余りの理不尽さに、過去においては家出の経験さえある。なんとかなだめねば……今なら、まだ間に合う。


「い……いや、そんな事は無いよ……」


「……本当に? 面倒クサいって……思ってない?」



 うおおおおおおおおおおおっ! 面倒クセーーーーーーーーーッ! ! ! 


 と、この場で叫べたら、どんなにか楽になるだろう……なんてな事を考えながら。必死になって彼女を諭す。


「そんな事、思ってないって全然……ほら、大丈夫だから」


 ぐずる子供をあやす様に、咲の頭を撫でてやる。他人に見られると、完璧に誤解される行為だが。経験則から、彼女のヒステリーにはこれが一番効く事が分かっている。



 必殺! いい子いい子作戦だ。なにせ、一度荒れると。論理もくそもあったもんじゃないのだから、最終的にはこうした原始的行為が、一番良かったりする。


 だがこの技は、僕のオリジナルでは無い。咲のお父さん、正治おじさんの、受け売りだ。生前おじさんがこうやって、娘をあやしていたのだ。


 何時だったか、前に彼女が泣いた時に物は試しとばかりにやって見たら、案外うまくいったので、それ以来困った時にはこうしている。


 しだいに彼女の気持ちも治まって来た様だ、もうそろそろいいかな?と思ったその時。なんと彼女は、自分から僕の胸に顔を埋めた。


「……なんだかね……時々怖くなる事があるの……マコちゃんが、咲の前から、いなくなっちゃう様な気がして……」


 普通の健全な男子なら、こんなシチュエーションは願ったり叶ったりなんだろうけれど、僕はこの時、急に背中が寒くなるのを感じた。


 全身から血の気が引いたのだ。そしてこんな時感じるいつもの目眩に加え、頭痛がして来た。


 ガツンガツンとハンマーで頭を殴られる様に痛い。そして、グニャリと歪む世界に吐き気を催す。苦痛に耐えながらも考えたが、掛ける言葉が見つからない。


 何故なら彼女の言った事は、妄想でも何でもなく。まさに、これから僕がやろうとしている事、そのものだからだ。


 大丈夫だと言って慰め。その震える肩を抱いてやるのは簡単だが、そんな事が出来る程、自分は器用じゃ無いし嘘も付けない。


 どうすれば良いか思いあぐねていると、咲の両手が背中に回る。こんな事は今までの関係で一度も無かった、完全に想定外だ! 内心、かなり慌てふためいている僕にさらに追い込みがかかる!



「……ねぇ……マコちゃん……」



 胸元から顔を上げた咲は、潤んだ瞳で僕を見て、華奢な顎を前へと突き出し、ゆっくりと目を閉じるではないか! その途端僕の心臓は、早鐘の様に脈打つ。口の中はカラカラで、唾も出てこない。



 認めたくないが、これはどう考えても、キスしてくれという意味だろう。かなり認めたくないが、現実だ。本当に認めたくないのだが!


 だってそうだろう。この後他の男性を紹介しようとしているのに、自分から泥沼の三角関係を作るバカが、どこにいるというのだ! 何? カッシーには黙っていれば、バレっこ無いだと! 違う! そういう事じゃない! 天知る地知る、我が知るという言葉があるだろ! 君子はその独りを慎むとも言うだろ! 天に誓って、不実な行いなど出来ん! 天網恢恢、粗にして漏らさず。天の張り巡らせた網は荒いが、悪人は一人漏らさず、その悪行の報いを受けるのだ! 故に、キスなどできん! 断固として、できん!




 ……かといって、このまま彼女をほっとく訳にもいかない。女性からキスをしましょうと、アプローチしているにも関わらず、男の方がそれを断ったら、普通に考えてもショックだ。しかも相手はこの、活火山ガール咲ちゃんだ! どうする! 俺! 鴻門の会における、劉邦ほどでないにしろ。えらいピンチだ!


        

 考えろ! 持てる英知を結集し、咲を傷つけず、この危機を乗り越える方法を! 千里の外に勝利を決した張良の様に、この場を切り抜けるんだ!


 一人心中で激しく葛藤していた誠だが、特に妙案も思いつかず、時間だけが過ぎていく。


 ひどく時の過ぎ行くのが遅い、見慣れた自分の部屋が、まるで異世界の様に感じられる。動悸が早まり、目眩も頭痛も、ひどくなる一方だ。


 駄目だ……どうしたらいいのか、全く分からん! ……おーいっ! 誰かぁっ! たーすけーてくれーっっっっ!


 青年の魂が、絶叫したその時! 天の声がこだました!


「誠―っ、咲ちゃーん、ご飯よーっ降りてらっしゃ~~~い」


 千載の一隅か、優曇華の花か。地獄に仏とはこの事だ! これ幸いとばかりに、彼女を揺する。


「……ほ……ほらっ、母ちゃんが呼んでるよ! すぐ行かないと!」


 そそくさと咲の腕を振り解き、一階のリビングへと促す。小鹿の様にビクビクしながら、その様子を見たが。存外、素直に立ち上がった。


「さ~今日の夕飯は、何かな~っ」


 そらぞらしい独り言を言い、僕はドアを開ける。彼女も黙って付いて来るが、階段に差し掛かり、ポツリと呟いた。


「……大丈夫だって……言ってくれないんだね」



 聞こえないふりをして、僕は食卓へ向かったが、その一言が重くのしかかって、その後も頭から離れなかった。もちろん食事をしても、まるで味を感じない。



 咲の気持ちは知っている、もうずっと前から。でも僕は、彼女の期待に答える事は出来ない。それには理由があるのだが、彼女に打ち明けるつもりは無い。言ってしまえばきっと、元の二人には戻れない。僕はともかく、咲は……ひどくショックを受けるだろう。それだけは、避けたい。



 彼女には幸せになって欲しい。この気持ちに嘘は無い。ただ、その相手は、僕じゃない。


 咲が、他に相応しい男性を見つけ。幸福な人生を歩むまでは、僕の贖罪は終わらないのだ。


 これは、親にも、おばさんにも、誰にも話してない、僕だけの秘密だ。知っているのは……死んだ正治おじさん位なものだ。



 ……おじさんは、今の僕達の事を、どう思っているのだろうか……?



 等と俯いて考え込んでいると。隣の母が、つついて来た。


「……ちょっと! アンタ達、一体、何があったのよ!」


 声を殺して聞いてくる。ハッと我に返り、辺りを見渡せば、まるでお通夜の様な雰囲気だ。父ちゃんも、せわしなくTVのチャンネルを変えたり、新聞を読んだりと、落ち着かない。


 苦笑いをして、なんとかしようとは思ったものの。全然いい台詞が、出てこない。

 

 何を言っても気休めである。ちょうどその時、TVでCMが流れた。


「あぁ、花火大会か……今年もやるんだなぁ。」


 父の言葉で、ふと目をやる。湘南毎年恒例の夏祭りを、どうやら今年も開催する様だ。殺人的な込み具合に僕は嫌気がして、最近は興味が無くなってきたが、このCMや広告を見ると、あぁ夏が来たなぁ……と感じる。



「そうだ……今度二人で、お祭りに行ってきたら?」



 また母が余計な事を言う。おおそうだ、それがいい。なんてつまらない同意を父もする。一体あんた方は、どういうつもりなんだ。何故そこまで咲に、気を使う。年老いた時に、面倒を見るのは僕なんだぞ! 家をバリアフリーに改築したり、車椅子で散歩に連れて行ってあげるのは、ヤツではなく僕なんだぞ!と、この場で言ってやりたい気にもなったが。そんな雰囲気でもない。


「……じゃあ、ちょっと行って見たりする?」


 抗えぬプレッシャーを感じて、我ながら苦し紛れな、言い訳にも似た一言を。うな垂れる少女に囁いてみたものの、成果などあるのか?


「……うん……行ってみたいかも……」


 うお! あったっぽい! なんじゃそら。そんな口約束で、簡単に機嫌など普通直るものか?


 孫子の兵法を知らいでか。この世は所詮騙し合いよ。戦国時代の同盟でも、その場しのぎにしか過ぎぬ事は、歴史に見ても明らかであろうに。兵は詭道なりだ。


 とは言え、約束を反故にすれば。もうこの家に住めなくなるな……と想像し、独り苦笑う。


 しだいに食卓は、和やかなムードとなり。いゃあ、やっぱり花火というのは、いいものだよねぇ……等と、ありきたりなつまらん話を皆でしだした。


 半ば強引に夏祭りへの参加が決まって、僕は何とも言えない気分だったが、その時閃いたのだ。そうか、カッシーを夏祭りに呼べばいいんだと。


「楽しみだね、マコちゃん!」


「……おぅ」


 はしゃぐ咲を他所に。当たり障りの無い、返事を返して。僕は静かに計画を練った。



 あっという間に日は過ぎて、夏祭り当日。町全体が浮かれている、なんだか皆地に足が着いていない様だ。今日は天気もいい、かつ雲も少ない。素晴らしい花火が見られるだろう。


 咲とは夕方に待ち合わせだ、一方カッシーとの連絡も抜かりない、僕等の立てた計画はこうだ。


 まず自分が咲とその辺をブラブラ歩きながら、カッシーの良さを、それとなく語る。その後、頃合を見て合流してもらい、一緒に夜店等を見て回る。後はまぁ、花火が上がる頃になったら、自分が消えて告白タイムという訳だ。


 実は当初、練りに練った作戦を立てて、咲がウンとしか言いようのない様な究極の計略を勘案したのだが、総大将からNGが出た。


 曰く、正直に自分の気持ちを話して、それで駄目なら仕方ない……との事だ。


 稀代の名軍師としては不服だが、軍紀に背くなどありえん故に、止むを得ぬ……まぁしかし、真っ正直に話しをした方が、かえってうまく行くかも知れない。劉玄徳公の三顧の礼に代表される様に、ただ礼儀を尽くしてみる方が良いのかしらん。


 それにしても、今朝の寝覚めは最悪だった。久しぶりにあの夢を見た。あの道路……あの猫……そして……いや、止めよう。うまく行けば、今日で全てが片付くのだから。もう、トラウマに悩まされる事も無い。


 そう自分に言い聞かせ、寝汗を落とす為にシャワーを浴びに行った。


 夕方、咲が家にやって来た。あっと思う。なんと浴衣だ。絶句してしまった。一体こいつは、どういうつもりなんだ。気合が入り過ぎだろ。

 

 母ちゃん父ちゃんは、やたらとその姿を褒めるが。やつがれめは、戦慄したままだ。

 


「あら~っ、咲ちゃん! すごく良く似合ってるね~っどうしたの?」

「はいっ、お母さんが、手伝ってくれたんです!」


 はにかんで笑い、チラリとこちらを見る、その目にゾッとする。もう笑うしかない。


「何? 誠、そんな服で行くの? もうちょっと、まともな格好で行きなさいよ」


 半袖のシャツに、ハーフパンツというラフな感じで出かけようとすると、母に嫌味を言われてしまった。


「ほっとけ」

 

 軽く悪態を吐いて、家を出る。本日の主役は僕じゃない、あくまで咲とカッシーだ、脇役が目立ってどうする。だから、こんなもんでいいのだ。

 

「それじゃあ、おばさん、おじさん、行って来ます」


 礼儀正しく挨拶をして、後から咲も付いて来る。なんだかその様子が嫁入りに行く娘の様で、嫌な感じだ。


「二人とも、あんまり遅くなっちゃだめよ!」


 遠くで手を振る両親に投げやりな返事を返し。僕は一人、足早に先を急いだ。


「待ってよぅ、マコちゃん!」 


 歩き難そうな雪駄で、彼女は懸命に追いつこうとする。もう日も暮れる。夏の夜の香りがした。


 この時はまだ、その心地良さを楽しむ余裕があったのだ……


 


 不思議な事に幾つになっても、夏祭りというのは心躍るものだ。最初はやはり、この人の多さに。やれ空気が薄いだの、やかましいだのと悪態を付いていたが。夜店の一つ一つを回っている間に失っていた童心が喚起され、なんだか夢中になってきた。


 咲は子供みたいに綿菓子を欲しがり。僕はというと、イカのゲソを咥えながら上機嫌だった。


 久しぶりに外で遊ぶという事も相まって、小銭を握る手にも力が入る。途中、射的をやったが。店主の策略か、携帯ゲーム機に僕の弾がクリーンヒットしたのに、標的は微動だにしない。


 咲は高望みせず、無難にチョコ菓子を手に入れていた。男なら大物狙いで行くっきゃないと、果敢に攻めたのだが現実はこんなものだ。まぁ仮に手に入ったとしても、ゲームに興じる暇は無い。世は正に、学歴社会という戦国時代に突入しているのだから! ……等と一人、心中奥深く咀嚼していると、咲は菓子箱を軽く振った。


「残念だったね、これ、食べる?」


 彼女は全く悪くないが、なんとなくカチンときたので、それを奪い取り、箱の半分近く菓子を出しては一気に平らげた。


「あっ……ああ~~っ! ひどいよマコちゃん!」


 口いっぱいに、チョコの風味が広がる。うむ、ここで新発見。イカゲソとチョコは合わない。我ながら大人気無いなと思いながら。不服そうに菓子箱を振る咲を見て、悦に入る。



 卑屈極まりないが、しょうがない。これが僕だ。


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