7-3
水曜日。舞方の誕生日は三人で慎ましく始まった。
いつもより多少豪華な料理と食後のケーキ。この家の誕生日会はそれだけで十分だった。
食事が終わり、今日の料理と後片付けは全て香奈枝さんが行うという事で、今、俺と舞方はリビングのソファーに並んで座っていた。
まだ俺の誕生日プレゼントは鞄の中にある。渡すタイミングが中々なく、何となくここまで来てしまった。
「今日は来てくれてありがとう」
「お前の誕生日会なら、俺が来るのは当たり前だろ」
もし、付き合ってなかったとしても。
「でも、私の誕生日がいつかだなんて、笠井君には教えてなかったわけだし……。香奈枝さんから聞いたの?」
「あぁ、先週電話が掛かってきて、それで」
「そう……」
呟き、舞方は天井を見上げる。
「こんなに楽しい誕生日は久しぶりだったわ。最近はそれこそ何もなかったから」
去年までの舞方と香奈枝さんは今のように仲が良くなかった。香奈枝さんが何かをしたいと思っても、結局何も出来ず時が過ぎていったのだろう。
どちらか一方が悪かったわけではない。お互いが悪く、お互いが悪くなかった。ただそれだけの話だ。
「まだ過去形にするのは早いんじゃないか?」
「え?」
舞方の視線が天井から俺へと映る。
ソファーの隅に置いておいた鞄を探り、俺は包装された縦長の箱を取り出した。買った店で、誕生日用とお願いして包装してもらった物だ。
「安物だけど」
「これ、もしかして」
「一応、誕生日プレゼント」
十三件目、最後の店で選んだ物だ。と言っても、立ち寄った店の大半が、プレゼント選びとは関係ない紗耶の行きたかった店ではあったが。
「今、開けていい?」
「あ、うん」
破ったりせず、細い手できれいに包装を解いていく舞方。その顔には僅かながら、子供がプレゼントを開ける時のそれに似た表情が浮かんでいた。
包装を解いた先、その箱の中にあった物は――
「……ペンダント? でも、これ」
全体の色は金。ハート型の本体は横開きになるようになっており……。
「ロケット?」
そう。中に写真が入れられる、ロケットペンダント。それが俺の選んだ舞方への誕生日プレゼントだ。
「ほらっ、前に形見らしい形見がないって言ってたし、両親の写真でもそれに入れたらさ……」
急に気恥ずかしくなり、視線を明後日の方に向ける。
「前に舞方が見てた奴には値段では遠く及ばないけど、俺なりに一生懸命選んだというか考えたというか……」
「……」
ペンダントを見つめたまま、何も言わない舞方。
無言で箱からペンダントを取り出すと、おもむろにそれを自分の首に着け始めた。
「どう?」
そして、髪を掻き上げ、見せる。
「うん、思った通り、似合ってる」
「そう……。良かった」
舞方が胸元のハートを愛おしそうに手元で遊ぶ。
その姿を見て、無性に恥ずかしい気分になった。まるで、その視線が俺自身に向けられているような……。
「俺、そろそろ帰るわ」
「え? もう」
驚いたように、慌てたように、舞方が俺の方を見る。
「ほらっ、明日も学校あるし」
恥ずかしさに耐え切れなくなって逃げ帰るとは、さすがに言えなかった。
「ふーん……。玄関まで送るわ。香奈枝さん、笠井君帰るって」
「あ、はーい」
洗い物途中の香奈枝さんが、それを一旦切り上げてこちらに顔を出す。
「今日はありがとう。またいつでもウチに来てくださいね」
「あ、はい。またお邪魔します」
「じゃあ、私は玄関まで笠井君の事送ってくるから」
香奈枝さんを一人リビングに残し、俺と舞方は玄関へと向かう。
玄関で靴を履き、扉を開け、外に出る。
それに、舞方も付いてきた。
「じゃあ、また明日」
「……うん」
言いつつ、中々、俺の足は敷地の外へと向かない。
「十六になったんだよな」
「何よ、急に」
「いや、なんとなくさ……」
何か話さないと、今すぐ帰らないといけなくなる気がして……。自分から帰ると言いだしたのに、まだ帰りたくないとは自分でも妙な話だと思うが。
「そういえば、笠井君の誕生日はいつなの?」
「俺? 俺は十月。十月の三日」
「三ヶ月後……か。それまでにプレゼント考えておかないとね」
「適当でいいよ」
「そうはいかないわよ。今日は素敵な物をもらったし、ね」
再びペンダントに向けられるあの表情……。
俺はついに我慢が出来なくなり、
「え? 何?」
驚く舞方の肩を抱き、少し強引にその唇を奪った。
見開かれた瞳に俺の顔が映り、そして閉じる。
舞方の胸元で揺れるハートが、俺達を照らす夜空の星々より遥かに強く、綺麗に輝いていた。
翌日。いつものように合流場所の駐車場に行くと、舞方が胸元に下げたペンダントをあの表情を浮かべて弄っていた。
どうやら、ペンダントに夢中で、俺の接近にはまだ気付いていないようだ。
「おはよう」
びっくりさせないように、あまり大きくない声で挨拶をする。
「……おはよう」
俺が来た事に気付き、恥ずかしそうにロケットを服の中に隠す舞方。
なんか、可愛い。
「それ、学校にまでしていくのか?」
「うん。ダメ?」
探るような上目遣いは、お菓子をお母さんのカゴに無断で入れたのを見つかった子供を連想させた。
「いや、ダメじゃないけど……大丈夫か?」
見つかったら、まず間違いなく没収だろう。
「こうやって服の中に入れてしまえば隠れるし、多分大丈夫でしょ」
ま、そこまでして自分のプレゼントした物を身に付けてもらえるのは、正直嬉しいが……。
「結局、どんな写真をその中に入れたんだ?」
「……内緒」
「内緒って、いいだろ? 少しくらい見せてくれたって」
「……その内、ね」
そう言うと逃げるように、舞方は先に歩き始めてしまう。
俺も慌ててその横に並ぶ。
「別にいいけどさ。今は見せたくないって言うんなら」
大体、予想はつくし。家族三人で映っている写真か、両親が二人で映っている写真のきっとどちらかだろう。実際、俺もそういう写真を入れてもらうために、ロケット型のペンダントをプレゼントとして贈ってわけだし。
そんな俺の思考を掻き乱すように、
「最近の携帯電話のカメラは結構性能がいいのよ」
そう、ぼそっと舞方が呟いた。
勢いよく、反射的に視線を舞方に向ける。
「え? それってどういう……」
「さぁ」
とぼけた口調と笑みで、俺の質問をかわす舞方。
「なんだよ。気になるだろ?」
「じゃあ、ヒント」
「ん?」
ヒントって……。
「ロケットの中に入れる写真と言えば……」
「言えば?」
「なんでしょう?」
……そんなクイズみたいに言われても。
「両親の写真じゃないのか?」
「それも考えたんだけど、やっぱり、こっちかなって」
こっち? どっちだ?
「ダメだ。全然分からない」
まさしく、お手上げ状態だ。
「その内、見せてあげるわよ」
「なんで、今じゃダメなんだよ?」
「……だって、恥ずかしいもの」
そう言って、頬を染める舞方。
恥ずかしい写真って、一体なんだ? ますます訳が分からない。どうやら、両親の写真ではないようだが……。
「本当に分からないの?」
「ああ」
「ロケットに入れる写真と言えば……」
そこで数秒の間を開け、
「いつも一緒にいたい人の写真に決まってるでしょ」
頬を真っ赤にしながら、舞方は今まで俺が見た事のない満面の笑顔で、俺に笑い掛けた。
舞方の笑顔に見惚れ、思わず足が止まる。
「いつも一緒にいたい人……」
えーっと、つまり……。
「何してるの? 早く行きましょう?」
振り返って俺を呼ぶ舞方。
その顔に先程浮かべた満面の笑みはなかったが、頬の赤みと口元の緩みはまだ残っていた。
「……ああ」
返事をし、舞方の元に行く。
一ヶ月程前、俺はこの場所で舞方から告白をされた。あの時、まだ俺達は付き合ってなくて、二人の距離も今程近くはなかった。でも、今は……。
横に並び、手を握る。
一瞬、驚いた表情を浮かべた舞方だったが、解く事はせず、逆に強く握り返してきた。
「好きだ、舞方」
視線は前を向いたまま、そう告げる。
「何、急に?」
「いや、そう言えば、告白する時に言ってなかったなって思って」
「……そう」
気恥ずかしい空気と沈黙が、暫し、二人の間に流れる。
「私もよ」
「そうか」
「ええ。一生一緒にいたいくらい、大好きよ。裕也」




