6-4
「なんか、今日は慌しくてごめんな」
午後八時。
もうすでに日はどっぷりと暮れ、自然の明かりだけではもうどうしようもないくらいに暗くなっている。
そんな夜道を俺は、舞方と共に深早荘に向かって歩いていた。
本当はもっと早く舞方を家まで送っていくつもりだったが、あの後色々あって結局こんな時間になってしまったのだ。
色々とは主に、舞方の体を支えていた俺の事を見て変な勘違いをした紗耶への説明と、宣言通り六時頃に家に帰ってきた母さんの夕食への誘い、そして夕食。
おそらく、あんな現場を紗耶に見られていなければ母さんが帰ってくる前に一通りのテスト勉強を終わらせられたと思うし、何よりそもそも俺が途中で居眠りなどしなければこんな遅くまで舞方を引き止める事態にはならなかったのだ。
「本当にごめん」
「なんで、謝るの?」
「だって……」
明日はテストだというのに、こんな時間まで舞方の事を引き止めてしまって、更にテスト勉強の時間は先程上げた色々な事に削られ……。
「楽しかったわ。それに嬉しかった」
「嬉しかった?」
「えぇ、笠井君の家の事が色々分かって。お母さんとも紗耶さんとも話せたし……お父さんと会えなかったのは残念だけど」
今日も父さんは残業らしく、俺たちが家を出る時にはまだ帰ってきていなかった。
「まぁ、また今度機会を改めてという事で」
「うん。期待してる」
静まり返った夜の住宅街。
家々から漏れ聞こえるわずかな生活音だけが、まるでどこか別の世界から聞こえてくる音のように実感なく俺の耳に届く。
「夏休みになったらさ」
「うん」
「どこか行こうか?」
「どこかって?」
「場所は特に決めてないけど」
「じゃあ、決めてから誘って」
「……舞方は特に行きたい所とかないのか?」
「私? 私は……」
舞方は少し考える素振りを見せた後、
「いっぱい有り過ぎて、一つには絞れないわね」
と言った。
「そっか」
「それに、笠井君が連れて行ってくれる所なら、私どこでもいいわ」
「……そっか」
そんな事を言われては、逆に下手な所には連れて行けないな。
出来る限り舞方の期待に添えられるように、夏休みに入る前から色々と計画を立てておくとしよう。
「ねぇ、笠井君。私ね、今とても幸せよ。二ヶ月前の私には考えられないくらい、充実した毎日を今の私は送れてる。それは全部、あなたのお陰。私、あなたに出会えて本当に良かったと思ってる」
「俺もだよ」
俺も、舞方に出会えて本当に良かったと思っている。
「笠井君」
舞方が足を止め、俺もそれに合わせて足を止める。
「ありがとう、私にこんな楽しい日々をくれて」
それは――
「……」
俺の台詞だった。




