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SMILE  作者: みゅう
6.愛してるの代わりに
23/28

6-2

 ――と、その前に、俺には回避不可能な試練が一つ、眼前に待ち受けていた。

「彼女!」

 その予想以上の母さんの反応に、俺は若干引いていた。

 そこまで大げさに驚く事か?

「え? 今日来る同級生って彼女の事だったの?」

「うん。まぁ……」

 俺の帰宅から一分も経たない、我が家のリビング。

 俺が話しかけるまで、テーブルに向き合う形で椅子に座っていた母さんだったが、俺が話し始めた瞬間急に立ち上がり、今の反応に至る。

「なんで、そんな大事な事をもっと早く言わなかったのよ。というか、その子とはいつからお付き合いしてるの?」

「三週間ぐらい前から、かな」

「へぇー。結構前から付き合ってるのね。……で、その付き合ってる子っていうのは、よく話に聞く舞方さんって子?」

 俺自身が母さんに舞方の話をしているかどうかはこの際置いとくとして、その名前はよく母さんの口からは聞く。

「うん。そう。舞方。ちなみに、下の名前は彩音(あやね)ね」

 俺自身は、一度も舞方の事を下の名前で呼んだ事はないけど。

「舞方彩音ちゃんね。ねぇ、どんな子なの?」

「どんな子って、実際会えば分かるよ」

「それもそうね。なんて言っても、今日ウチに来るんだから」

 やばい。

 母さんのこの浮かれ具合を見て、色々な意味でとても不安になってきた。

「あ、少し洒落(しゃれ)た服に着替えた方がいいかしら」

「なぜ、そうなる」

 そして、なぜそんなに浮かれる。

「だって、第一印象は大切でしょ? 裕也(ゆうや)の保護者としては、息子の彼女に少しでもいい印象を与えておきたいじゃない」

 だったら、まず浮かれるのを止めてくれ。

「いつも通りにしてくれればいいよ。ほらっ、変に意識するとそれを感じて、舞方の方が緊張しちゃうだろ?」

「分かった。いつも通り、ね」

「じゃあ、俺は昼食まで自分の部屋で休んでるから。昼食の時間になったら呼んで」

 そう母さんに言い残し、俺はリビングを後にして階段へと向かう。

 二時過ぎには舞方が来るし、その前に昼食も取らなければならない。さすがに時間的に寝る事は出来ないが、体を横にして心身共に多少休ませる事は必要だろう。

 とりあえずは今日。そして、明日だ。

 その二日間さえ耐えれば、二日間の休日を挟む。まずはそこまでの辛抱だ。


 玄関前で舞方の到着を待つ。

 ついさっき、携帯に舞方からメールが届いたのだ。

 今から行きます、と。

 別に玄関前で待っていてくれとは書いていなかったが、待つのが道理だろうと思い、こうして待っている。

 結局、午前の宣言通り俺は睡眠を取ってはいない。

 ベッドに横たわり、目を瞑っただけ。

 とはいえ、それでも幾分か眠気は治まり、なんとか夜まで眠らずに済みそうな体調になった。後はテスト勉強をしてそれがぶり返さないのを祈るのみだ。

 俺が玄関に出てから五分後、ようやく舞方がやってくる。

 その格好は黒のワンピースに白いカーディガンと、初デートの時と同じ組み合わせながら色合いが全く異なる服装だった。そして俺の個人的感想で言わせてもらえば、その色合いの方が舞方の外見と組み合わさり非常に似合っている。

「待っててくれたの?」

「一応な」

「そう。……行きましょうか」

 俺が先に立って、玄関を潜る。

「おじゃまします」

 決して大きくはないが、はっきりとした口調で舞方がそう家の中に声を掛ける。

 すると、

「いらっしゃい。あなたが舞方さんね。話はよく裕也から聞かされてるわ」

 その声を聞きつけた母さんがリビングから顔を出した。

 いや、別に俺からは何も聞かしてないけど。

 勝手に母さんがどこかから情報を仕入れてくるだけだ。

 おそらくその情報源は紗耶で、紗耶自身特に気にする程のない日常会話として、俺からたまに聞く舞方の事を話しているのだろう。

「裕也には勿体無いぐらいの可愛い子ね。ねぇ、裕也のどんなところが気に入ったの?」

「え? あの?」

 戸惑いながら、ちらりと俺の事を見る舞方。

 その様子を見て、俺は助け舟を出す。

「母さん。今日舞方はテスト勉強をしにきたんだから、少しは気を遣ってくれよ」

「それもそうね。ごめんなさいね、舞方さん。裕也が初めてウチに彼女を連れてくるって言うんで、私少し浮かれちゃってて」

 自覚はあったらしい。

「いえ、こちらこそ急にお邪魔してしまって、ご迷惑ではありませんでしたか?」

「そんな、迷惑だなんて。いっそこのままここに住んでもらっても、構わないぐらいなんだから」

 いやいや、ちょっと待て。

 なんの話をしているのだ、この人は。

 とりあえず、早く自室に引っ込んだ方が良さそうだ。

「舞方、早く俺の部屋行こうぜ」

「あ、うん。では、失礼します」

 母さんに一礼をして、舞方が俺の後に続く。

「裕也。後で色々取りに着なさいよ」

「ああ」

 自室に入り、一息吐く。

「悪かったな」

「何が?」

「母さんの事だよ。舞方が来るって聞いてから、ずっとあんな調子で」

「優しそうないいお母さんじゃない」

「……」

 まぁ、否定はしないけど。

「そこ座って。飲み物取りに行くのは後でもいいか」

「えぇ」

 背丈の低いガラステーブル前のクッションに舞方を座らせ、俺もその横の座布団に腰を下ろす。

「結構片付いてるのね」

「というか、何もないだろ? 基本的にこの部屋、物が少ないんだ」

 特にこれといった趣味のない俺の部屋には、漫画や雑誌以外には衣服や筆記用具といった必要最低源な物しか置かれていない。

「少し私の部屋と感じが似てるかも」

「あぁ、確かに舞方の部屋もすっきりしてるからな」

 舞方の部屋との違いは、ぬいぐるみと本の数くらいだろうか。ま、本といっても舞方の部屋にある本は大抵が小説だけど。

「じゃあ、そろそろ始めましょうか」

 テーブルの上に、明日テストを行う教科の教科書類をお互い並べていく。

「前回の笠井君の数学のテスト結果は、平均点。まぁ、苦手科目にしては上々ね。でも、まだまだ他のテストの点数に比べたら、全然だわ。今回はかんばりましょう」

 こうして、我が家で初めてのテスト勉強が始まった。

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