6-1
今日から期末テストが始まる。
一ヶ月程前に中間テストが終わったばかりだというのに、またテスト。
正直もう少し期間を置いてから実施して欲しいとも思わないでもないが、日程的にそうは言っていられないわけがある。
そう、期末テストの結果が出る頃には、もう夏休みがすぐそこまで迫っているのだ。
テストの後には当然赤点を取った者たちへの補修と追試があり、更にその先には追々試なるものまでが存在する。そうなってくると、今の時期に期末テストを実施しても日程的にギリギリで、もうこれ以上テストを先延ばしする余裕はどこにもない。
――というわけで、泣いても笑っても今日から土日を挟んで五日間が勝負。来年以降舞方と同じクラスになるためにも、俺は今回の期末テストでも学年順位を上げていかなければならなかった。
一時間目は国語の現代文。
俺にとってこの教科は得意科目なので、一点でも多い得点が求められる。前回の中間テストでは九十点ちょうどだったので、今回はせめてそれを上回りたい。
頭の中で漢字と文章が飛び交う。
現代文は比較的暗記の必要性が少ない教科なので、テストを受けている最中も直前もそれ程緊張せずに、結構リラックスした状態で問題を解けた。点数にその平常心ぶりが反映されればいいが……。
「今のテストどんな感じ?」
一時間目が終わると、すぐに藤田が俺の席に寄ってきた。
「まぁまぁかな」
「お前のまぁまぁは当てにならないからな。中間もそう言いながら、学年順位二桁だったし」
前回の俺の成績は俺が想像していたより良く、九十位。この分だと学年末までに五十位まで順位を上げるのは問題なさそうだ。
「やっぱり、愛の力は偉大だねぇ」
「は? 愛の力?」
疑問の声を上げる俺の首に腕を回し、藤田が内緒話でもするかのように顔を近づける。
「お前の順位が上がった要因はずばり舞方だろ?」
「まぁ……」
ずばりその通りである。
「いいねぇ、彼女持ちは」
「……そんな事より、お前次のテストの勉強しなくていいわけ?」
「今更足掻いても仕方ないだろ? 十分や五分詰め込んだところで、テストの点数が上がるわけじゃないし」
いや、確実に何点かは上がるだろ。
「まぁ、いいや。お前は日頃の行いの良さに免じて、今日は許してやろう。……というわけで――」
そう言うと、藤田は俺の後ろの席に座る上條に標的を移した。
「ちょっ、なんだよ。おい、笠井、なんとかしてくれ」
「笠井は、今愛する人のために勉強中なんだよ。邪魔してやるな」
「邪魔なのはお前だ!」
どんまい、上條。
お前の犠牲は無駄にしないよ。
……さて、気持ちを切り替えて次のテストの勉強をするか。
二時間目は理科。
藤田の言うように今更詰め込んでも然程点数は上がらないだろうけど、やらないよりはマシだ。とりあえず、授業中に自分で色を付けた箇所だけでも流し読みをして……。
初日のテストは二科目だけで終わり、あっという間に放課後となった。
このまま毎日二教科ずつのテストだったら、事前のテスト勉強も楽なのに。……ま、教科数の関係上、そういうわけにもいかないか。
「今にも眠りそうな顔してるわね」
廊下を歩いている途中、舞方にそんな事を言われる。
「理科のテストの見直しをして、その後は今の今まで机にうつ伏せていたからな」
一応意識はあったが、ほとんど寝ているのと変わらない状態だった。
机から顔を上げたのは、後ろから回ってきたテストに自分のテストを加えて前の席へと送った時だけ。後は、帰りのホームルーム中もずっと視界は闇と化していた。
「今日のテスト勉強の時間、少し遅らせましょうか?」
「ん? 別にいいよ。そこまで眠たいわけでもないし」
テスト期間中の平日は学校の図書室で勉強をしている俺たちだが、テストの最中は昼食も取らなければならないし少し休む時間が欲しいという事で、居残りはせずに互いの家で勉強をするのが二人の間の決まりとなっていた。
とはいえ、前回は舞方の家でしかテスト勉強を行っておらず、ウチでのテスト勉強は今日が初めてだったりする。
そもそも、舞方がウチに上がったのはあの雨の日の一度きり。しかも、あの訪問はきちんとした形ではなく、本当に家に上がっただけというひどく形式的な物。そういう意味では、舞方がちゃんとウチに上がるのは今日が初めてだとも言える。
思えば、あの時家には紗耶しかいなかったわけだし、舞方は母さんとも初顔合わせになるわけだ。
そう考えると、なんだか身構えてしまうな。
「そう言えば、今日私が行く事は家の人には当然言ってあるのよね?」
「まぁ……」
「何? その煮え切らない答えは」
確かに、舞方が今日来る事を俺は母さんに前以って伝えておいた。だが、正確にはそれは同級生が家に来る事を伝えただけで……。つまり、舞方という個人がどういう人間で俺とどういう関係なのかまでは伝えていないのだ。母さんへのその辺の説明は帰ってからするとしよう。
大変な事態になるのは目に見えているけど、さすがにしないわけにはいかない。いきなりなんの説明もなしに舞方が家に来たら、それこそ大変な事態では済まない恐ろしい事態に発展しかねないだろう。俺としてもそれは避けたいところだ。
階段を下り、一階へと向かう。
「テストが終わったら、もう一学期も終りね」
「そのテストはまだ始まったばかりだけどな」
後四日。
間に挟む土日を入れれば、六日間もまだある。
「笠井君の家では何か夏休みの予定とかあるの?」
「うーん。特には……。強いて言うなら墓参りくらいかな」
家庭として動く行事といえば。
「……そう」
両親が死んでから四年。それだけは毎年欠かした事はない。
「舞方は?」
「私の家も墓参りぐらいかしら。……何しろ、私が香奈枝さんとまともに接する事ができるようになったのが、今年からだから」
「……」
この約二年間、二人は何を思って暮らしてきたのだろう。
おそらく、お互いがお互いの事を気にしながら、それでも普通に接する事ができずにいた。その重苦しい空気、なんとも言えない心持ち。似たような状況を経験した俺にとって、その状況は想像に難くなかった。
「今年は楽しい夏休みだといいな」
「何よ、急に」
「ん? ほらっ、なんて言っても今年から高校生なわけだし、その辺り心の持ち様が違うというかなんというか」
「そんなに違うものかしら?」
中学三年生と高校一年生。
たった一年生分の違いなのに、なぜか少し自分が去年より大人に近づいたような気がする。……ま、所詮錯覚なのだろうけど。
「それに、今年からは舞方も一緒だしな」
去年の夏休みより楽しくないわけがない。
「え?」
俺の言葉に階段を下る舞方の足が止まる。
それを見て、一段下の位置で俺も歩きを停止する。
そんな俺たちの横を、邪魔臭そうなあるいは訝しげな顔をした生徒たちが往来していく。
「だろ?」
「えぇ。……でも、そのためには、まず目の前の期末テストを乗り切らないとね」
もちろん。
後六日間、死に物狂いで勉強してやる。
そして、その先に待っているのは舞方との楽しい夏休みだ。




