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SMILE  作者: みゅう
5.風邪によく効く薬
21/28

5-4

 朝、目覚めると、なぜか体が重かった。

 それは明らかに疲労や眠気から来る物ではない、何か別に要因による重み。まるで紗耶にでも乗られているような……。

 上半身を起こす。

 その行動により、更に腹部の重みが増した。

「なんだ?」

 視線を動かすと、そこには舞方がいた。毛布を被って眠っている。

 おそらく、早く起きてきたはいいが、まだ体調が万全ではなく、ソファーに向かい……といったところだろうか。

 起こさないように気をつけながら、舞方の体の下から自分の体を抜く。

 舞方の分の朝食は昨日の残りがあるからいいとして、自分の分は作らないといけない。

 パンと目玉焼きにベーコンといった軽めの朝食を済ませ、テレビを点ける。

 今日が休日で良かった。こんな状態の舞方を、一人残して学校に行くのはさすがに忍びない。

 俺が起きてから遅れる事一時間後、

「……?」

 舞方が目覚める。

 ソファーが空な事に疑問を感じているようだった。

「こっちだよ」

 テーブルの方から舞方を呼ぶ。

「笠井君。……おはよう」

「おはよう、舞方」

 昨日テーブルの上に置きっぱなしにしておいた体温計を、ケースから抜き舞方に渡す。

 それを舞方は脇に挟み、ソファーに腰を下ろした。

「体調は?」

「昨日よりは大分……」

 だが、万全ではない、と。

「とりあえず朝食食べて薬飲んで、寝ろ」

「寝ろって……。今起きたばかりなのに眠くないわよ」

 と言いつつ、眠るのだろうな。

 体力が落ちているせいか、意識が低下しているせいかは分からないが、風邪引きとはそういうものだ。

 体温計が鳴る。

 三十六度八分。

 熱は多少ある程度にまで下がっていた。この分なら今日一日安静にしていれば、明日には元気になるかもしれない。

「笠井君」

 舞方が俺の名を呼ぶ。

 ――ごめんなさい。

 昨日の謝罪の言葉が頭を過ぎる。

 どういう気持ちで昨日舞方はあの言葉を発したのだろうか。どういう意味で……。

「笠井君?」

「ああ……。ごめん。何?」

「お腹が空いたんだけど、いい?」

 昨日と同じように、お盆の載せたお粥入りの茶碗を舞方に渡す。舞方が寝ている間に火に掛けておいたので、冷たくはなっていないだろう。

「夢を見たの」

 お盆を受け取りながら舞方が言う。

「夢? そりゃ、寝たら夢くらい見るだろう」

「幼い頃の夢を」

「……」

「寝る間際にあんな話をしたからかしら。お母さんとお父さんがいて、幼い私がいた。幸せだった頃の夢」

 まるで今はそうではないような言い草だ。

「なぁ、舞方」

 その言葉を聞き、今言うつもりはなかった言葉を言う。

「昨日のごめんなさい、あれはどういう意味だ?」

「そのままの意味よ」

「そのままの意味って……」

「何を言えばいいの? あなたは何を言わせたいの?」

 舞方の足元に(ひざまづ)き、両の手を握る。

「別に……。ただ、俺は両親がいた昔も確かに好きだけど、今もそれなりに好きだという事だ。叔母さんがいて叔父さんがいて紗耶がいて、そして舞方がいる、今が」

「過去を振り返るなって事?」

 舞方のその言葉に俺は首を横に振った。

「過去に捕らわれるなって事だ。俺はお前のお母さんやお父さんの代わりにはなれない。けど、お前の隣にずっといる。必ず、お前を一人にはしない」

 目を見て、真剣な顔で言う。俺の心の内が舞方の心に少しでも伝わるように。

「平均的に女性の方が寿命は長いのよ」

「努力する」

「私、可愛くはなれないわよ」

「今でも十分可愛いって」

「……ばか」

 頬を赤く染め呟く舞方の顔に、そっと自分の顔を近づける。舞方は目を瞑り、それを受け入れてくれた。

 二人の唇と唇が重なる。

 啄ばむように、お互いの口が相手の口を求める。

 この日、俺達は初めて本当の意味で付き合い始められたのかもしれない。

「風邪うつるわよ」

「もしそうなったら、今度は舞方が看病してくれ」

「……考えとく」

 こそばゆい空気。それがまた心地よかった。

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