5-4
朝、目覚めると、なぜか体が重かった。
それは明らかに疲労や眠気から来る物ではない、何か別に要因による重み。まるで紗耶にでも乗られているような……。
上半身を起こす。
その行動により、更に腹部の重みが増した。
「なんだ?」
視線を動かすと、そこには舞方がいた。毛布を被って眠っている。
おそらく、早く起きてきたはいいが、まだ体調が万全ではなく、ソファーに向かい……といったところだろうか。
起こさないように気をつけながら、舞方の体の下から自分の体を抜く。
舞方の分の朝食は昨日の残りがあるからいいとして、自分の分は作らないといけない。
パンと目玉焼きにベーコンといった軽めの朝食を済ませ、テレビを点ける。
今日が休日で良かった。こんな状態の舞方を、一人残して学校に行くのはさすがに忍びない。
俺が起きてから遅れる事一時間後、
「……?」
舞方が目覚める。
ソファーが空な事に疑問を感じているようだった。
「こっちだよ」
テーブルの方から舞方を呼ぶ。
「笠井君。……おはよう」
「おはよう、舞方」
昨日テーブルの上に置きっぱなしにしておいた体温計を、ケースから抜き舞方に渡す。
それを舞方は脇に挟み、ソファーに腰を下ろした。
「体調は?」
「昨日よりは大分……」
だが、万全ではない、と。
「とりあえず朝食食べて薬飲んで、寝ろ」
「寝ろって……。今起きたばかりなのに眠くないわよ」
と言いつつ、眠るのだろうな。
体力が落ちているせいか、意識が低下しているせいかは分からないが、風邪引きとはそういうものだ。
体温計が鳴る。
三十六度八分。
熱は多少ある程度にまで下がっていた。この分なら今日一日安静にしていれば、明日には元気になるかもしれない。
「笠井君」
舞方が俺の名を呼ぶ。
――ごめんなさい。
昨日の謝罪の言葉が頭を過ぎる。
どういう気持ちで昨日舞方はあの言葉を発したのだろうか。どういう意味で……。
「笠井君?」
「ああ……。ごめん。何?」
「お腹が空いたんだけど、いい?」
昨日と同じように、お盆の載せたお粥入りの茶碗を舞方に渡す。舞方が寝ている間に火に掛けておいたので、冷たくはなっていないだろう。
「夢を見たの」
お盆を受け取りながら舞方が言う。
「夢? そりゃ、寝たら夢くらい見るだろう」
「幼い頃の夢を」
「……」
「寝る間際にあんな話をしたからかしら。お母さんとお父さんがいて、幼い私がいた。幸せだった頃の夢」
まるで今はそうではないような言い草だ。
「なぁ、舞方」
その言葉を聞き、今言うつもりはなかった言葉を言う。
「昨日のごめんなさい、あれはどういう意味だ?」
「そのままの意味よ」
「そのままの意味って……」
「何を言えばいいの? あなたは何を言わせたいの?」
舞方の足元に跪き、両の手を握る。
「別に……。ただ、俺は両親がいた昔も確かに好きだけど、今もそれなりに好きだという事だ。叔母さんがいて叔父さんがいて紗耶がいて、そして舞方がいる、今が」
「過去を振り返るなって事?」
舞方のその言葉に俺は首を横に振った。
「過去に捕らわれるなって事だ。俺はお前のお母さんやお父さんの代わりにはなれない。けど、お前の隣にずっといる。必ず、お前を一人にはしない」
目を見て、真剣な顔で言う。俺の心の内が舞方の心に少しでも伝わるように。
「平均的に女性の方が寿命は長いのよ」
「努力する」
「私、可愛くはなれないわよ」
「今でも十分可愛いって」
「……ばか」
頬を赤く染め呟く舞方の顔に、そっと自分の顔を近づける。舞方は目を瞑り、それを受け入れてくれた。
二人の唇と唇が重なる。
啄ばむように、お互いの口が相手の口を求める。
この日、俺達は初めて本当の意味で付き合い始められたのかもしれない。
「風邪うつるわよ」
「もしそうなったら、今度は舞方が看病してくれ」
「……考えとく」
こそばゆい空気。それがまた心地よかった。




