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SMILE  作者: みゅう
5.風邪によく効く薬
19/28

5-2

 午後六時。外が微かに赤らみ始めた頃、ふと舞方が目を覚ました。

 ソファーの上で上半身を起こす舞方。

「……」

 舞方は自分の置かれている状況が分かっていないのか、辺りをきょろきょろ見渡し、最後に俺へと視線を移した。

「……ああ」

 何やら納得した様子の舞方。

 自分の置かれた状況を把握したらしい。

「お粥作っておいたけど、食べるか?」

 舞方がいつ夕食を食べたくなるか分からなかったため、お粥は早めに作っておいた。

 叔母さん夫婦がいない時、よく紗耶に作ってやっていたので、お粥作り自体は然程苦労せずに済んだ。

「まだ、いい」

 舞方が再び寝る体勢に入ったので、俺は極力音量を絞ったテレビに再び目を向けた。

「着替えたのね」

 目を瞑ったまま、舞方が言う。

「ああ。いつまでも制服のままっていうわけにもいかないからな」

 今の俺の服装は、Tシャツに短パンといったラフな部屋着になっている。あまり家から荷物を持ってくるのもなんなので、パジャマとして使えそうな物を選んで持ってきた。

「一度家に戻ったの?」

「舞方が寝てすぐに」

「そう」

 舞方が毛布の中をもぞもぞ動く。

 テレビの音がうるさいのだろうか?

「テレビ消そうか?」

「大丈夫。気にならないから」

 家に帰った時、母さんに今日は友達の家に泊まると告げてきた。誰の家に泊まるのか尋ねられ、俺が正直に舞方の名前を出さなかったのは言うまでもない。正直に言ったら最後、妙な詮索攻めに遭うのは目に見えていた。

 都合のいい事に、俺の素行は家族に全くと言っていい程疑われておらず、誤魔化すために適当に名前を出したクラスメイトの家に電話が行く事はないだろう。

 ポケットで携帯が震える。

 取り出してディスプレイを見ると、香奈枝さんの名前と着信を(しら)せるマークが表示されていた。

「はい。もしもし」

 ソファーに眠る舞方を気にしながら、電話に出る。

 リビングの外に出ようかとも思ったが、必要以上に一人にするのもなんなので結局止めた。

『あ、裕也君? 今、今日の分の仕事終わって宿に向かうところなんだけど、彩音ちゃんの具合どう?』

 建物の中もしくは乗り物の中から電話を掛けているのか、電話の向こう側の声には若干騒音が混じっている。

「熱が三十七度四分ありました。今は、リビングのソファーで寝ています」

『そう。やっぱり熱があったのね。裕也君もごめんなさいね、無理なお願いしちゃって』

「いえ、どうせ暇ですから」

『ありがとう。明日の昼過ぎにはそっちに帰るから、それまでお願いね』

「はい。じゃあ、そちらもお気をつけて」

 電話を切り、ポケットにしまう。

 香奈枝さんも大変だな。外で仕事をしながら、舞方の心配までして。やはり、俺があの時いらない事を言わなければ良かったのか? でも、どちらにしても、舞方のあの顔色では誤魔化すのは無理だっただろうし……。

「香奈枝さんから?」

「なんだ、起きてたのか? ああ、明日の昼過ぎに帰ってくるって」

「そう……」

「本格的に眠るんなら、部屋行くか?」

 体調が悪いのなら尚更、ちゃんとした所で寝た方がいい。

「うんうん。ここでいい」

「でも、寝にくいだろ?」

「……今はあまり一人になりたくないの」

「そっか」

 病気の時、人は弱気になる。特に、熱などで寝込んだ時は余計。俺も経験があるから、今の舞方の気持ちは分からないでもない。

 しかし、さすがにそれはないとは思うが、このままここを舞方に奪われてしまったら俺もどこで寝ればいいのだろう? やはり、床か?

 ……あまり、寝心地がいいとは思えないな。


 結局、その心配は俺の杞憂(きゆう)に終わり、舞方は七時過ぎに再び目を覚ました。

「ごめんなさい。水もらえるかしら」

「おう」

 大分寝汗もかいているようだし、舞方の喉が相当渇いている事は間違いないだろう。

 台所に行き、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、それをコップに注ぐ。

「はい」

「ありがとう」

 体を起こし、俺から受け取った水を少しずつ飲む舞方。

 その様子は子供のようで、非常に可愛らしい。

「……何?」

「いや、なんでも……。お粥食べるか?」

「うん」

「待ってな。今持ってくるから」

 鍋の中のお粥を茶碗に装う。それにレンゲを入れ、お盆に載せる。

 テーブルの方に持っていこうかどうしようか迷ったが、舞方に動く気がなさそうだったのでソファーの方に持っていく。

「どこに置く?」

「もらうわ」

 お盆を舞方に渡す。

「熱いから気をつけろよ」

「子供じゃないんだから」

 レンゲに入れたお粥を、息を吹きかけて冷ましながら、口へと持っていく舞方。

 その様子は……以下同文。

 人は、やはり病気の時や起き抜けの時には、思考レベルが下がる傾向にあるようだ。それはさすがの舞方も同じらしい。

「さっきから何? 人の事、じろじろ見て……」

「嫌か?」

「嫌っていうか、気になるっていうか……まぁ、いいけど」

 舞方はお腹が空いていたのか、鍋の中身を半分以上平らげた。茶碗の中身がなくなる度に、誰がそれにお粥を装いに行ったかは言うまでもない。

「ごちそうさま。おいしかったわ」

 お粥など誰が作っても同じだろうし、お粥に味があるとも思えないが、素直に感謝の言葉として受け取っておく。

「どうする? もう部屋行くか?」

「今は眠くないし、もう少しここにいるわ」

「そうか。……あ、薬飲まなくて大丈夫か?」

「一応、飲んでおこうかしら」

 棚から幾つかの薬を取り出し、舞方に見せる。

「どれがいい?」

「一番右のやつ」

 舞方の選んだ物だけ残し、後は元あった場所に戻しておいた。

 舞方が薬を飲むのを見届けた後は、食器などの洗い物を素早く片付け、それらを乾かしておく。

「今日はなんか笠井君にしてもらってばかりね」

「こういう時はお互い様だろ?」

「そう言ってもらえると、多少気が楽だわ」

「多少かよ」

 舞方の言葉に俺は苦笑いを浮かべる。

「だって……」

「気にするな。実を言うと、人の面倒見るのは嫌いじゃない」

 それにこういうのは紗耶で慣れてもいる。

「そうなの?」

「ああ。頼られてるって感じもするし」

「そうね。確かにそうかも」

「だろ? だから、あまり気にするな」

 それに、舞方にあまり遠慮され過ぎてはこちらの調子が狂う。

「うん。そうする。……じゃあ、わがままついでにもう一ついいかしら」

「何?」

「あの、ね――」

 その後、舞方が言いにくそうに言った事は、俺の思考を一時停止させるには十分過ぎる程驚くお願いだった。

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