4-3
「ただいま」
玄関で誰にともなくそう言い、リビングに入る。
それは、返事を期待していない独り言のようなものだった。
しかし――
「おかえり」
予想に反してリビングから返事が返ってきた。
「なんだ、いたのか」
「何よ。いちゃ悪い?」
「そうじゃないけど……さ」
てっきり、紗耶はまだ自分の部屋にいるものだと思っていたため、少し驚いただけだ。
ソファーに座る紗耶の格好は、制服から私服へと変わっていた。
白いチュニックに黒のスキニーパンツ。その服装は外出する予定がない時、紗耶が比較的よくする格好だった。
「お母さん、後二十分くらいで帰ってくるって」
「ふーん」
テレビには、夕方時に似つかわしくワイドショーが映っている。
別に紗耶も見たくて見ているわけではなく、テレビに何かを映しておきたくてただ適当な物を流しているという感じのようだ。
「舞方さん、すぐに帰っちゃったんだね」
「あぁ、家の人が帰ってくる前に濡れた制服や自分の着てる服を、どうにかしたかったんじゃないか?」
「……そっか。……舞方さんって、きれいな人だね。あんなきれいな人が、どうして裕君と付き合ってるんだろ?」
それを言われると、返す言葉がない。
「ねぇ、付き合おうって言い出したのはどっちなの?」
振り返り、ソファーに正座するような形で俺の方を向き、紗耶が聞いてくる。
「なんで、そんな事をお前に言わないといけないんだよ」
「いいじゃん。ねぇ、どっち?」
「……舞方から」
「へぇー」
なんか、自分で自分の事をモテると言っているようで無性に恥ずかしい。
「キスはしたの?」
「……まだ」
「なんで? 付き合ってるんでしょ?」
「機会というかタイミングというか、そういうのが無くて……。というか、なんでそんな事までお前に……」
「ねぇ」
紗耶がソファーから立ち上がり、俺の方に近づく。
「練習しとく?」
「――なっ」
何を急に言い出すのだ、こいつは。
「だって、いざ舞方さんとって時に、一度もした事ないってなると裕君困るでしょ? だ、から……ね?」
目を瞑り、何かを待つ体勢を取る紗耶。
それを見て俺は、半ば無意識的に紗耶の両肩に自分の手を置き、
「――てい」
軽く紗耶の額に頭突きを決める。
「いたーい。……何するのよ、いきなり」
「お前がふざけた事するからだ。そんな事だといつか痛い目みるぞ」
「今、あった」
「そういう事じゃなくて……」
紗耶のとぼけた答えに、思わず肩の力が抜ける。
「大丈夫。こんな事、他の人にはしないから」
「……」
軽い口調でそんな事を言う紗耶。
そんな事を口にして、一体俺にどうして欲しいのだろう。出来れば、そういう反応に困る行動や言動は止めて欲しいのだが……。
「それに、裕君にそんな度胸がない事はよく分かってるしね」
「……はぁー」
最近、こんなのばかりだな。
舞方と一緒にいて、からかわれ役が板についてきたか。……だとしたら、少し嫌だな。
「裕君」
「なんだよ」
「どんまい?」
なぜに励まし、そしてなぜに疑問系?
紗耶と舞方。
出会い方さえ違えば、いい友達になれただろうな。……今からでも遅くないか。
出来れば、二人には仲良くしてもらいたい。もし俺という存在さえいなければ、二人の気が合うというのならば尚更……。




