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SMILE  作者: みゅう
4.雨上がりに掛かる橋
15/28

4-1

 雨が降っていた。

 傘を持たぬ俺を嘲笑(あざわら)うように強く激しく。

 雨が降り出したのは、帰りのホームルームの途中。

 六時間目の終わり頃に曇り出した空はとうとうその重みに堪え切れず、つい今し方、空を覆いつくした真っ黒な雲たちから大量の雨粒を地上へと落とし始めたのだった。

「……」

 窓の外、俺の見つめる先で雨はその勢いを徐々に増していく。

 一向に雨が止む気配はない。

 止むのを待つという選択肢はどうやら無理そうだ。

「はぁー……」

 窓から視線を外し、溜息を一つ吐く。

 朝、天気予報を見忘れたわけではない。

 しっかり見た上で、傘を持たずに家を出たのだ。

 今日の降水確率は一桁。ほぼ百パーセント雨は降らないだろうという予報だった。二十歳そこそこの、天気予報士に成り立てのお姉さんがそう告げていたから間違いない。

 なのに、この雨。この状況。

 誰が悪いのかと問われれば、単純に運が悪かったと言う他ないだろう。誰のせいでもない。()えて誰かのせいにするとすれば、梅雨時だというのに天気予報のみを当てにして傘を持たずに家を出た俺のせいだろう。

 おそらく、天気予報士の年齢や経験の無さは、今の状況を生み出した要因とは全く関係ないはずだ。

 雨は止まない。

 ならば、どうにかして傘を調達して帰るしかない。

 家に電話を掛けて誰かに迎えに来てもらうという手もある事はあるが、それは本当の最終手段。他に手の打ち様がなくなった時に実行する事にしよう。

 ちなみに、最終手段の第二段階として職員室で傘を借りるという方法もあるのだが、出来ればその手段はあまり使用したくない。

 幸いな事に、俺にはまだ希望があった。

 その希望とは、放課後毎日一緒に帰る舞方(まいかた)

 あの舞方の事だ。今日のような状況でも傘の一本や二本持っている事だろう。

「持ってるわよ」

 やはり。

 何事も聞いてみるものだ。

 舞方の教室に舞方を迎えに行き、そのまま一緒に昇降口に向かう。

 今日は俺のクラスの方が早くホームルームが終わったらしい。

「それを二本持っていたりは……」

「しないわよ。折り畳み傘を一本だけ」

 だろうな。

 ダメ元で聞いてみただけで、正直そこまでの期待はしていない。

「何? 笠井(かさい)君、傘持ってないの?」

「まぁ……な」

 舞方の指摘に、なんとなくバツが悪くなり視線を逸らす。

「そう。じゃあ、今日は私が笠井君の家の方に行くわ。所詮、折り畳み傘だから多少濡れるのは勘弁してね」

「悪いな」

 内心、舞方の方からそう言い出してくれた事に少しほっとしていた。こういう事は入れてもらう方からはやはり頼みにくい。

 下駄箱で靴を履き替え、昇降口に出る。

 傘は背の高い俺が持つ事になった。

 舞方から折り畳み傘を受け取り、それを挿す。

 確かに二人で入るには少し……いや、大分小さい。とはいえ、入れてもらっている身としては当然文句など言えるはずがないし、言うつもりもない。

「どうかした?」

「いや、行こうか」

 二人の間に傘を挟み、屋根の外に出る。

 頭の上に屋根が無くなった途端、一気に雨粒が傘を襲う。重みはないが、雨粒の勢いは傘を持つ手に感じた。

「明日からは、折り畳み傘の一つくらい鞄の中に入れておきなさいよ。なんて言っても、今は梅雨時なんだから」

「ごもっとも」

 全く持って返す言葉がなかった。

 梅雨に入ってもあまりに雨が降らないものだから、油断したとしか言いようがない。

「ねぇ、笠井君」

「ん?」

「肩、濡れてるわよ」

「あぁ……」

 もちろん、分かっている。

 今差している傘の大きさを考えれば、俺か舞方どちらかの肩が犠牲になるのは仕方ない事だ。そしてその場合、どちらの肩が犠牲にならなければならないかは言うまでもない。

「笠井君、あなたって本当にバカね。傘からあなたの肩が出るなら――」

 言うが早いか、舞方が自分の体を俺の体へと寄せた。

 お互いの体が少し湿った服越しに触れる。

「これで幾分かマシになったでしょ?」

「……あぁ」

 舞方の突然の行動に若干戸惑いながら、表面上は平静を装う。

 そんな俺の内心を知ってか知らず、舞方は何食わぬ顔でそのまま俺の横を歩く。

 校門まで後数十メートル。

 その道のりを俺は、知り合いに見られないようにとだけ思いながら歩いた。


 校門を出るとそこはもう住宅街。

 周辺に店らしき建物は一軒もなく、代わりにアパートや一軒家といった住居が軒を連ねている。

「笠井君の家って学校からどのくらいの所にあるの?」

「歩いて十分ってところかな」

 ちゃんと測ったわけではないのでなんとも言えないが、大体それぐらいだと思う。

 今の舞方の台詞(せりふ)で分かる通り、舞方はウチに来た事はおろか正確な場所すら知らない。俺もほんの一ヶ月程前までは舞方がどこに住んでいるのか知らなかったので、おあいこと言えばおあいこだ。

「そう。ウチに比べたら多少近い所にあるのね」

「多少だけどな」

 それこそ二・三分の差だろう。とはいえ、その二・三分の差が朝の登校時間になれば、精神的にも実質的にも大きいのだが……。

 学校の敷地を出てしまうと、今のこの状況も大分気にならなくなっていた。

 やはり、学校の敷地の中と外では心の持ち様というか気分が違う。

 放課後、授業を終えて一度学校の敷地を後にすれば、もう後は各々の自由時間。つまりは、プライベード。そこである程度恥ずかしい現場を目撃されたとして、そこまで気にする事ではない。それが今のような状況ならば尚更。

 それに俺たちは、関係こそ前までとあまり変わっていないとはいえ、今現在付き合っているのだからむしろ手を繋いだり腕を組んだりしてもおかしくない関係にあると言えるだろう。ま、舞方の性格上、そんな状況にはまず陥らないとは思うが。

 毎朝合流を果たす駐車場を右に曲がり、深早(みはや)荘とは違う方向に今日は二人で向かう。いつもは一人で歩く道だけに、その道を舞方と二人で歩くというのは少し妙な気分だ。

 家が近づき、俺の頭の中ではこの後の予定が思考されていた。

 頭に浮かぶ案は三つ。

 俺の家から舞方を一人で帰すか、送っていくか、それとも家に上げるか。

 最初の案に関しては傘に入れてもらっておいて舞方を一人で帰すというのも少し薄情な気がするのでまず一番に候補から消えた。

 そして次に、最後の案に関してはおそらく家に家族の誰かしらがいるだろうから、後々面倒な事になるのが目に見えて分かるので実際実行に移すのはかなり勇気がいる。

 ……となると、残る候補は一つ。

 そしてそれが、三つの中で一番無難な選択肢でもある。

 そんな結論に俺の思考が至ったその時、前方から片手に傘を持ち、明らかにあまり前が見えてなさそうな自転車がこちらに向かって走ってきた。

 今俺たちのいる道路の道幅はかなり狭い。

 どう考えても、少し横にずれたからといって俺たちが前方から迫り来るあの自転車をやり過ごす事は出来ないだろう。更に言えば、そんな悠長な事をしている時間もない。

 俺はとっさに傘を捨てると、舞方の体を抱えて道の隅に避難した。最悪勢い余って壁にぶつかってしまった時のために、片方の手は舞方の後頭部へと添える。

 俺が傘を放り出してしまったせいで、俺も舞方も直に雨を浴びてしまう事になるが、今は雨がどうのこうのと言っている場合ではない。決して大げさな話ではなく、あんなものにぶつかった日には多少の怪我だけでは済まないだろう。

 俺たちの横を自転車が通過する。速度が通常の物なところを見ると、俺たちの存在には横を通過するまで気づいていなかったのかもしれない。

 自転車に乗った学生は俺たちの事を通り過ぎる時に一瞥したが、そのまま素知らぬ顔で今俺たちの歩いてきた方向へと消えていった。

 おそらく、今走り去っていった彼に法律違反を犯しているという認識はないのだろう。大きな犯罪の検挙もいいが、警察にはああいう小さな犯罪の取締りもしっかり強化してもらいたいものだ。

 ま、それはそれとして――

「大丈夫か?」

「……うん」

 舞方の体を俺の体から離し、傘を拾う。

 これだけ濡れてしまって今更だが、挿さないわけにはいかない。そしてこの出来事により、舞方をこのまま家に上げずに帰すわけにもいかなくなった。

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