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SMILE  作者: みゅう
3.自分なりの答え
13/28

3-3

 思えば、舞方の事は、名前を知る前からすでに知っていた。

 俺が舞方を初めて見たのは、入学式の時だった。

 退屈な式の最中、俺は特に意味のない事を永遠に話し続ける校長の言葉を右から左に聞き流しながら、ぼっーと周りを別に何を見るでもなく眺めていた。

 見覚えのない顔、見覚えのある顔。

 様々な顔が並ぶ中、俺の視線は自然と一人の女生徒で止まった。

 彼女の顔は異質だった。

 彼女の瞳には目の前に広がる光景が一切映っておらず、表情はまさに無だった。

 まるで彼女の立つその周辺だけ、世界が違うような……。色が失われているような……。そんな雰囲気、空気が漂っていた。

 ひどく似ていた。数年前の俺に。

 だから、彼女から目が離せなかった。

 だけど、彼女を直視は出来なかった。

 昔の自分は嫌いだった。

 昔の自分は痛々しかった。

 その日から彼女の姿を目で追っている自分がいた。

 でも、声を掛ける事はせず、ただ時間だけが経過していった。

 誰かが彼女に手を差し伸べなければいけない事は分かっていながら、決して自分からは関わろうとはしなかった。

 触れるのが怖かった。

 触れたら彼女が壊れそうで。

 触れたら自分の今が壊れそうで。

 俺は臆病だった。臆病で、卑怯で、偽善者だった。

 しかし、そんな俺の意思とは関係なく、俺はあの日、屋上で彼女と対峙する事になる。

「来てくれたのね」

 その時、俺は全てを悟り、受け入れた。

 彼女に手を差し伸べるのはやはり俺の役目であり、俺に与えられた権利である、と。


「……」

 意識が夢から現実へとシフトする。

 起き抜けの頭のせいで、思考がうまく働かない。

 ……ここはどこだ? そもそも、なぜ俺は寝ている?

 目を開ける。ぼやけた視界に、座席の後部部分が視界いっぱいに広がった。赤い、おそらくは何かの乗り物の座席……。

 ……座席?

 頭を傾げ、そして答えが出る。

「――っ!」

 頭が一気に醒めた。

 慌てて、そこから頭を退()ける。そことは柔らかい、仄かな温もりのある布の上の事で……つまり、女性の膝の上だった。

「悪い」

 体勢を立て直しながら、舞方に詫びを入れる。

 わざとやった事でないとはいえ、女性の膝の上に頭を乗せてしまうなんて、本当に申し訳ない。

「……別に、謝ってもらわなくても……」

 ショッピングモールからの帰り。バスの車中、俺と舞方の立場は行きと逆転していた。

 しかも、いつの間にか眠っている間に体勢を崩し、舞方の膝の上に俺の頭が乗ってしまっていたようだ。

 座席は行きとは違い、バスの一番後ろの席。

 本来五人掛けの長い座席に現在は俺と舞方の二人しか座っていないため、座席に十分な余裕が生まれてしまい、今みたいな事が起こってしまったわけだ。

 俺の思い過ごしか、若干車内の視線が俺たちの方に集まっている気もする。

 というか、一つ前の席に座る高齢の女性は振り返り、明らかにこちらを見て、微笑んでいるような……。

 女性と目が合う。

 会釈をされる。それを見て、俺も軽く会釈を返した。

 少なくとも、目の前の女性の視線に関しては、俺に気のせいではなかったようだ。

「起こしてくれて良かったのに」

 気恥ずかしさから、少し舞方を責めるような口調になってしまう。

 というか、そもそも俺の頭がそこに乗るまでの間、それを阻止する時間は十分あっただろうになぜそうしなかったのだろう?

「気持ち良さそうに寝てたから。それに――」

「……」

 いくら待っても、その先の言葉は舞方の口から発せられない。

「それに、何?」

 仕方なく、聞いてみる。

「……なんでもない」

「あ、そう」

 舞方から視線は外し、行き先案内板に目をやる。

 まだ降車予定の駅前までは、当分の間着きそうになかった。それもそのはず、まだ俺たちが乗ってから、このバスは二つのバス停しか過ぎていない。

 夢の続き、思考の残像が頭をちらつく。

 ふと思う。

 今の舞方の瞳にはしっかりと今が映っているのだろうか。

 過去が(まと)わりつくのは仕方ない。未来が暗雲としているのも仕方ない。でも、その瞳に今この時が映っていて欲しいと思う。願う。……そのために、俺が隣にいるのだから。

「……何?」

 俺の視線に気づき、舞方が俺の顔を見る。

「……なんでもない」

「そう」

 呟くようにそう言うと、舞方は視線を俺から窓の外へと移した。

「ねぇ、笠井君」

「ん?」

 舞方が窓の外に視線をやったまま、俺に話しかけてくる。

「私、あなたには感謝してるわ。香奈枝(かなえ)さんとの事もだけど、それ以外にもたくさんの事を……」

「なんだよ、急に」

「だからね、私の境遇に同情してとかいうは止めて欲しいの」

「……」

 ようやく、舞方が何を言いたいのかが分かった。

 きっと俺が寝ている間、色々な事を考えたのだろう。

 考えて、考えて、考えて……。そうして、出た一つの結論。それが先程の言葉、なのだろう。

「都合のいい事ばかりを言ってるのは重々承知した上で言わしてもらうと、あなたの本当の気持ちが知りたいの。でもね、答えを急かしてるわけじゃない事だけは頭に入れておいて。最悪答えを出さなくてもいい。だけど、私の境遇であなたを縛る真似だけは絶対したくない。私の言いたい事はそれだけ」

 もう話は済んだとばかりに黙り込む舞方。

 俺もそれ以上、無理に会話を続けようとはしなかった。

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