3-2
バスが降車予定のバス停の一つ前のバス停を過ぎる。
次のバス停に着くまで、後四・五分といったところだろうか。車内には、すでに降りる準備をし始めている客も数人いる。
そろそろ起こすか。
そう思い、決して大げさにならないように舞方の肩を揺する。
「おい、舞方。もうすぐ着くぞ」
「……ん」
二度三度揺すると、ようやく閉じられていた舞方の瞼がゆっくり動き、そして開く。
「……あ、ごめんなさい」
自分が眠ってしまっていた事に気づき、舞方が緩やかな動作で姿勢を正す。寝起きのせいで少し思考がうまく働いていないようだ。
「もうすぐ着くから」
目を覚ました舞方に、もう一度告げる。
「……そう」
俺の言葉を確認するように、窓の外に視線を移す舞方。まだ眠気が残っているのか、その目は少し虚ろだ。
その後、数分もしない内にバスはショッピングモール前に停車した。
二人でバスを降りる。
ショッピングモールの敷地内に入ると、制服姿の学生たちの姿もちらほら見受けられた。俺たちの学校の制服を着ている生徒もいれば、違う学校の制服を着ている学生もいる。その中に知り合いもいるかもしれないが、今の所その誰かを見つける事は出来なかった。
ショッピングモールの中に入ると、制服の学生は更に多く見える。やはり、制服は他の服と比べて目立つ。俺たちも、他の人から見れば同じように目立って見えているのだろうか。
エレベーターで三階に向かう。
雑貨売り場・ゲームセンターに囲まれるように映画館はあった。
チケット売り場でチケットを二枚買う。お金は前に約束したように俺が出した。観る事にした映画の内容は小説原作のシリアス系。それが一番無難な物であり、尚且つ二人の趣向に合う物だった。
入場が可能になるまで二十分弱。
それまでの時間を映画館外のベンチに腰掛け、潰す。
「まだ眠い?」
「いや、もう平気」
立ち上がり、近くの自動販売機で缶コーヒー(つめた~い)を二本買う。
「はい」
その内の一つを舞方に渡し、再び舞方の隣に腰を下ろす。
「……ありがとう」
「それ飲んで、目を覚ましな」
プルタブを上げ、缶に口をつける。
適度な苦味と甘みが口の中いっぱいに広がった。缶コーヒーによって、眠気と疲れが少しは緩和された気がする。
「……甘い」
隣でコーヒーを一口口に含んだ舞方が、呟くように言った。
「もしかして、砂糖無しの方が良かったか?」
糖分は疲れに効くと言う。だから、敢えて無糖ではなく微糖を選んだのだが、それが舞方の口には合わなかったのだろうか。
「うんうん。今はこっちの方がいい」
「そうか。なら、良かった」
二人で缶を口に持っていく。
「ようやく、終わったわね」
「ん? 何が?」
「テスト」
「あぁ……」
考えてみれば、他に何があるというのだ。
「笠井君はどうだった? テスト」
「まぁまぁかな」
「そう」
本当の事を言えば大分手ごたえがあるのだが、そう宣言しておいて実際低い点数を取ってしまったら、あまりにも格好がつかないので適当な表現に留めておく。
「舞方は?」
「私もまぁまぁかな」
「そうか」
特に身のない会話をしつつ、二人で缶の中身を飲み干していく。
「笠井君は、誰とよく映画を観に来るの?」
「うーん……。クラスの奴とか中学時代の同級生とか、後、紗耶とか」
紗耶と行く場合は、一緒に行くと言うより、どちらかといえば紗耶に連れていかれるという感覚の方に近い物があるが。
「前々から思ってたけど、あなたたち従兄妹って仲いいのね」
「仲、いいのかな? 悪くはないとは思うけど、こんなものなんじゃないかな」
他に比較対象がないからなんとも言えないけど。
「十分仲いいわよ」
その声が不機嫌そうな物に聞こえたのは、俺の気のせいだろうか。
「それなりに良かったわ」
それが映画を観終わった舞方の第一感想だった。
そう言いつつも、舞方の目が若干潤んでいる点に関しては、この場合見なかった事にした方がいいのだろう。
映画の上映時間はもろもろ混みで二時間足らず。
ちょうど昼食時という事で、俺たちはショッピングモール内のフードコートで食事を取ってから帰る事にした。
今、俺たちの目の前にはビビンバが二つ置かれている。
効率性を考え、注文する店を一つに絞ったのだ。店の選択は、俺は特に食べたい物がなかったので舞方に一任した。
それにしても――
フードコートに来て改めて思う。学生が多い、と。
集まって雑談するには持ってこいの場所、という事なのだろうか。ショッピングモールの中でも一段とこの場所での学生服の多さは目に付く。俺たちの座っているテーブルの周辺も、見渡すまでもなく学生服ばかりだ。その中に知り合いがいないか無意識に探してしまう。
皆が皆そうなのか知らないが、どちらかといえば俺は、高校の同級生と外で偶然会うというシチュエーションがあまり好きではない。連絡を取り合ってとか約束をして会うのは全然構わないのだが、不意打ち的に会うというのはどうにも戸惑わずにはいられない。中学の時とは違い、高校は他の市や他の県からも人が来ている。その辺の事情が、俺の中で身内意識のような物をやや薄めさせているのかもしれない。
昼食はビビンバというかなり熱めの物だったため、二人共に若干時間が掛かった。
器も店に返し、そろそろ帰ろうかという空気の中、
「ごめんなさい。ちょっと」
「おう」
舞方が席を立つ。
俺にもそれなりにデリカシーという物はあるので、さすがにどこに行くかは尋ねなかった。これから舞方がどこに向かうかは言わずもがなだ。
手持ち無沙汰に、携帯を取り出して時刻を確認する。特に意味のある行動ではなかった。そもそも、フードコート内にも時計ぐらいあるので、時刻を確認するなら、そっちを見た方が断然早い。それでもわざわざ携帯を取り出したのは、暇潰し以外の何物でもなかった。
「あれ?」
聞き覚えのある声が上から降ってくる。
見上げると、そこには制服姿の同級生が二人立っていた。声を掛けた田中の後ろで、藤田が少し気まずそうな顔をしている。
田中と俺は別のクラスだが、藤田経由で知り合い、話すようになった。ちなみに、二人は中学からの友人らしい。
「笠井じゃん。何してるの?」
楽しそうな表情で田中が、俺に話しかけてくる。
「昼食食べ終わって少し休憩してるとこ。田中と藤田は?」
「俺らは今から昼食取ろうかなって」
「おい、田中。早く行こうぜ」
藤田が気を利かせ、早くこの場から離れようとする。
「なんでだよ」
「なんでって……」
目で藤田が俺に『なぁ?』と訴えてくる。
別に、そこまで気を遣ってもらう必要もないのに……。更に言えば、その努力は今無駄に終わった。
「お待たせ……」
その場にいた三人の顔が、俺に声を掛けた舞方の元へと集まる。
藤田はなんとも言えない微妙な顔をし、田中は困惑したような表情を見せた。その中で、舞方も状況が掴めないというような顔をしている。
「え? 何? もしかして、二人付き合ってるの?」
「まぁ、な」
田中の質問に、少し迷いながらも肯定の言葉を返す。
「ほらっ、邪魔しちゃ悪いから向こう行こうぜ」
「あぁ……」
藤田に促がされ、田中が俺たちの元を去る。その顔は、未だ状況を飲み込み兼ねているようでもあった。
「学校の?」
少し戸惑ったような感じで、舞方が尋ねる。戻ってみたら、いきなり俺が誰かと話していて驚いたのだろう。
「うん。今、たまたま会って」
「そう」
「……」
「……」
「行きましょうか?」
「おう」
少し先に立って歩く舞方。
その背中は、なぜか、どこか機嫌良さそうな物に見えた。




