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SMILE  作者: みゅう
2.変わりゆくもの、変わらないもの
10/28

2-4

「裕君、それ私の……」

 紗耶の申し訳なさそうな声で我に返る。

「あ……」

 知らず知らずの内に、紗耶のおかずに箸先が向いていた。

「よっぽど疲れてるのね」

 それを見て、母さんが感慨深げに呟く。

「最近、裕君、放課後図書室で勉強してきてるらしいから……」

「あらっ、そうなの。昨日今日と帰り遅いと思ったら」

 母さんと紗耶の会話を食事しながら、ぼっーと聞く。

 まだ眠気が頭に残っているせいで、思考がうまく(まと)まらない。思考がぶれる。意識が途切れそうになる。

「そう言えば、最近舞方さんって子とはどうなの?」

「ん?」

 突然出て来た名前に、ぼんやりとしていた意識が俺の元に戻ってくる。

「どうって?」

「仲いいんでしょ?」

「お母さん、そういう事はあまり聞かない方が……」

「そんな事言って、紗耶だって前に、どうなんだろうって言ってたでしょ?」

「そうだけど……」

 と言いつつも、興味ありげな視線を俺に向けてくる紗耶。

「どう、って言われても……別に、行き帰りと昼休みに会うぐらいで……」

「図書室での勉強も、もしかしたらその子と?」

「まぁ……」

「昨日の――」

「もう、いいでしょ、その話は。裕君も困ってる事だし。ね」

 母さんのあまりのしつこさに、紗耶が俺に対して助け舟を出す。それ程迷惑だったわけではないが、困っていたのは事実なので正直有難(ありがた)い。

「んー。付き合ってる子がいるなら、ちゃんと言うのよ。紗耶にはそういう話が全然なくて、母さん寂しいんだから」

「私の事は別にいいの!」

 突然自分の方に会話の矛先が向き、紗耶が少し焦ったように声を荒らげる。

 父さんがいればこの場を一声で収めるのだろうが、残念ながら今日は仕事がまだ続いているらしくまだ帰ってきていない。

「この唐揚げいつもと違うね」

 なので、今日は俺がこの場を収めてみる。

「あらっ、分かる? 粉変えてみたんだけど、おいしくなかった?」

「うんうん。前のもおいしかったけど、これはこれでおいしいよ」

 少しわざとらしい話の転換の仕方かとも思ったが、母さんは俺の話にしっかりと乗ってきた。なんだかんだ言って、気付いて欲しかったのだろう。

「本当? 裕也ったら、うれしい事言ってくれるわね」

 そこまで喜ばれると若干罪悪感を覚えるが、味の感想は断じて嘘ではないし一応の収拾もついた事だし、とりあえずよしとしておこう。

 その後は、特に妙な方向に話が行く事はなく、俺の分の夕食も後少しで無くなろうかというそんな時だった。ポケットの中に入れておいた携帯が震える。

 携帯を取り出し、ディスプレイを見る。そこに記された名前は舞方彩音、そしてその下には着信を(しら)せるマークが。

「ちょっと」

 断りを入れて、電話を片手にリビングを出る。聞かれてまずい会話をするわけではないが、電話は静かな所でした方がいいだろう。

「もしもし」

 リビングから離れながら、電話に出る。

『あ、笠井君? 今大丈夫だった?』

「あぁ、何?」

 階段の一番下の段に腰を下ろし、話を聞く体勢を取る。

『ノートが一冊見当たらないんだけど、笠井君の物に混ざってない?』

「ちょっと待って」

 携帯を耳に当てたまま、階段を上り自室に飛び込む。

 机の横に掛けておいた鞄の中身をベッドの上に全部ぶちまけ、舞方のノートを探す。自分の物でないノートは、探すまでもなくすぐに目に付いた。

「ああ……。あった。悪い、俺の方に混ざってた」

『そう。それじゃあ、悪いけど、明日の朝返してくれる?』

「おう。それはいいけど……」

 なんでメールじゃなくて、電話なのだろう?

『何?』

「いや、なんでもない。明日返せばいいんだろ。ちゃんと忘れずに持っていくよ」

『うん。……じゃあ、また明日』

「また明日」

 電話を切り、少しの間立ち尽くす。

 メールではなく電話を掛けてきた事、〝うん〟と〝じゃあ〟の間にあった不自然な間。他意はないと思いながらも、どうしても都合のいい解釈をしてしまいそうになる。実は俺の声が聞きたかったんじゃないかとか、まだ会話を続けたかったんじゃないかとか……。

「アホか」

 そんな事で一喜一憂してどうする。それより、今は晩飯だ。

 ポケットに携帯を入れると、適当にベッドの上の物を鞄の中に突っ込み、俺は何かを振り払うように足早に自室を後にした。

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