File02〜歌川国芳《ときをかけるえし》〜
「君たちはこの絵を知っているか・・・?」
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夏のはじめ頃、FOLDsに新たな依頼が飛び込んで来た。
【私は美術教師の河上雅也だ。こんな噂に頼ることになり、不甲斐ないかぎりだが、聞いて欲しい。どうか、私の教え子を助けてくれ。】
依頼人は、秀真ヶ原高校勤務の美術教師、河上先生だった。
学校の先生が、生徒たちの間で囁かれている、願いが叶うという他愛もない噂を本気で信じているとは考えにくかった。
だからこそ、切羽詰まった状況なのだと、俺は思った。
他愛もない噂に頼るしかない、そんな事態になっているのだと。
しかし、依頼文だけでは"怪異"絡みなのかどうか判断がつかなかった。
俺はルビーとナギ、2人の了解を取って、とりあえず話を聞いてみることにした。
河上先生は、放課後も美術室に残り自身の作品を描いていると有名だった為、面倒な過程は省くことにした。
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「失礼します。河上先生。少し、お話があるんですが・・・。」
「君たちは確か、3年の・・・。何かな?課題について質問でもあるのかい?」
河上先生は、少し疲れた様な表情をしていた。
「せんせー、あの桜の木に"願い事"したろ?だからアタシらが来たんだ。」
「な、何故それを?見たのか、あれを。・・・やはり噂は噂か。いたずらの類だとは思っていたが。」
河上先生は落胆したようだったが、ルビーがすかさずフォローをいれる。
「いいえ、河上先生。私たちは都市伝説探偵部"FOLDs"。桜の木の噂は、私たちの活動実績の結果です。」
「都市伝説?探偵?では、君たちは私の力になってくれるというのか?」
「それは話を聴いてからです。なんせ、俺たちの専門は特殊なんでね。」
河上先生は迷っていたようだが、少し時間を置いてから、その重たい口を開けた。
「私はこの学校の美術部の顧問をしているんだが、その部員の中に、 長良川 芳樹という生徒がいる。
彼の専門は風景画で、私から見てもなかなか才のある感性を持っているように思えた。
それになにより、彼自身絵を描くことが楽しくて仕方がない、といった様子だった。
しかし、6月の下旬あたりから、彼は少しずつ変わっていった。
彼の描く風景画は実に写実的で、まるでカメラで写したかのような繊細なものだったが・・・
彼は突然、目の前の風景には"無い"ものを描きだした。
山の風景画かと思えば、その中心にロケットのようなものを書き足したり、街の絵かと思えば、よく分からんSFに出てくる近未来的な建造物を建てたり。」
「それって、作風を変えたってだけじゃねーの?長良川なりのアレンジみたいな。」
「私もそう思っていた。だが、彼はこう言った。ー先生には、あれが見えないんですね。あれは西暦2273年に建設される、軌道エレベーター"邇邇芸"《ニニギ》ですよ。ーと。」
「未来を予言した絵画、という事ですか?」
「あぁ。それ以来、彼は休むことなくそういう類の絵を描き続けている。部活動以外でも、まさに病的なほどのめり込んでいるようだ。
私は何度も、描くのを辞めるように言ったが、長良川は聞く耳を持たなかった。」
「なるほど、それで俺たちに依頼が来たわけだ。」
「君たちはこの絵を知っているか・・・?」
そう言って河上先生が取り出したのは、一枚の浮世絵だった。
「これは江戸時代末期の浮世絵師、歌川国芳の"東都三股の図"だ。
東京日本橋中州付近から、隅田川を臨んで描かれたものだが・・・
ここを見てくれ。火の見櫓の隣に、一際背の高い塔のようなものが建っている。
現在、この絵が描かれたであろう場所から照らし合わせると、そこには"スカイツリー"が描かれている。
歌川国芳は未来を予見し、この絵を描いたのではないかと言われている。」
「私も聴いたことがあります。歌川国芳は時をかける絵師だったと。
"東都御厩川岸の図"に描かれた傘には"千八百六十一番"と銘打たれていますが、奇しくも、国芳のなくなったのは西暦1861年の事でした。
彼は自身の死期までも見えていたのではないか、と。」
「そうだ。長良川も彼と同じような力があるのかと思った。超常的な、そう未来予知の超能力のような。しかし、彼は休むことなく書き続けて為か、日に日にやつれていっているように見える。
心配なんだ。大きな力に押し潰されるのではないかと。」
「よし。河上先生、この依頼受けるぜ!俺たちFOLDsに任せてくれ。」
こうして、俺たちは未来予知絵画事件を請け負うことになった。
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とりあえず部室に戻った俺たちは、どう調査すべきかを検討することにした。
「歌川国芳ねぇ。スカイツリー見えるだけで、別のモンを書いただけじゃねぇの?」
ナギは自分の出番がなさそうだからと、少し不機嫌な様子だった。
「もちろん、そういう説もあります。井戸や油田を建設するための櫓だという説がありますが、どうでしょうか・・・。それにしても大きすぎる。当時、江戸城よりも背の高い建設物は認められていませんでした。それに偶然にしては現在と一致しすぎています。」
「先予見、か。」
「私の八尺瓊勾玉でも、未来予知の能力が備わっていますが、見通せる未来は何十秒かの世界です。何百年も先の未来を予見する力は、異常といっていいでしょう。」
不意に部室の扉がガラッと開けられる。
ここは学校でも有名な開かずの扉だ。こんな所に来客なんてあるはずがない。
そう、ほんの一握りの人を除いて。
「キョウジっち!!これ見てこれぇ!すごいンだよー!」
文月悠姫。秀真ヶ原高校新聞部3年、俺たちの協力者だ。
「ノックくらいしろ、ユウキ。」
「あはー、ごめんごめん!ルビーたんもナギたんも久しぶりだねぇ!」
「たんって呼ぶなよ!ユウキ!」
「えぇ〜?いいじゃん、ナギたん。かわゆいよぉ!」
「う、うるせー!」
ユウキとナギはぎゃーぎゃーと口論する。
「それで、何の用なんだ、ユウキ?今俺たちは依頼の調査中で忙しいんだけどな。」
「えっうそ!?依頼?どんなどんな?」
「歌川国芳の謎を解くのさ。」
俺はわざと意地悪な回答をした。これでは依頼の内容までは理解できまいと踏んだのだ。
「あぁ!あの、時をかける浮世絵師って話かぁ!!未来を予見してたっていう。ふふ〜ん、キョウジっち!だったら私が持ってきた話も、あながち関係なくないかもよぉん?」
・・・さすが、というべきか。こいつはなんでも知ってるなと感心してしまった。
「それで、ユウキさん。私たちに見せたいものというのは?」
「これだよぉ!ピーリー・レイースの地図!!」
ユウキはバンっと、机を叩いたかと思うと、一枚の地図らしき紙を拡げた。
「オスマントルコ帝国海軍のピーリー提督が書き記したとされてる航海図でね、"オーパーツ"なんじゃないかって言われてるンだよぉ!」
「ただの古い地図じゃんか。てかオーパーツって何だよ?」
「オーパーツ。【Out Of Place ARtifacTs】の略称で、つまりは場違いな工芸品、または時代錯誤遺物のことです。
考古学上、当時の文明レベルでは知見及び製造不可であるはずのもの。
故に、古代文明や地球外生命体の存在を提唱する根拠になることがあります。
ナスカの地上絵、アショカピラー、聖徳太子の地球儀、など世界中に散見される事例です。」
「さっすが、ルビーたん!その通りだよ!この海図はねぇ、1531年に描かれたとされているンだけど、当時の技術や知識からすれば、あり得ないほど正確なの。
コロンブスがアメリカ大陸に到達したのが、1492年。僅か20年足らずで南北アメリカ大陸の海岸線を調査するなんて、不可能だよ。
それに、この地図には南極大陸の輪郭が記されてる。南極大陸が発見されるのは1818年だから、およそ300年も前にピーリー提督はその存在を知っていたことになるでしょ?
つまり、ピーリー提督は未来を予見していた。それをもとに海図をつくり、オスマン帝国の繁栄に貢献してたってワケ!」
「なるほど。そいつも"時をかける航海士"だったってか。」
「ピーリー・レイースの地図に限らず、世界中に未来予知をほのめかす壁画や絵画があります。これらが何らかの超常的な力の産物、となれは、今回の事件はなかなか興味深いです。なぜなら、長良川さんの描く絵が将来現実化する可能性は100%ではないからです。
オーパーツはその時代、つまり未来で認識されて、はじめてオーパーツとなるのです。
今の時点で、長良川さんに超常的な力が顕現しているかどうか、その真偽が明確でない以上、単なる妄想の産物という可能性も・・・。」
「早い話、会ってみろってことだろ?長良川が"時をかける少年"なのか否か・・・。」
「彼なら、猫塚公園でよく絵を書いてるって話をきくよぉ。多分そこにいるンじゃないかなぁ?」
「よし、早速行くぞ!念のため調伏の準備もしておこう。」
こうして、俺たちは長良川がいるであろう、猫塚公園に向かうことになった。
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猫塚公園。
秀真ヶ原高校から数キロ離れた、森に囲まれた静かな公園だ。
展望台が設置されており、そこからの景色はなかなかのものだ、と評判である。
公園に足を踏み入れたその瞬間、俺は異様な空気を感じた。
・・・いる。
長良川は確実にここにいる。
この身に宿した霊宝の力が、反応している。それはきっと、ルビーもナギも同じなのだろう。
俺たちは霊力の後を辿り、展望台に行き着いた。
「いたぞ。長良川だ。・・・憑いてるな。これは・・・。」
「キョウジさん、"視えて"いるんですね?長良川さんに何が憑いてるのですか?」
俺の八咫鏡は、神魔を見通す力がある。その力を解放すれば、周囲の人間にも神魔が認識できるようになるのだが・・・
「いや、しかしこれは・・・。」
「何勿体ぶってんだ!?ビビってんのか!?」
「・・・まずは、長良川と接触しよう。話はそれからだ。」
長良川は取り憑かれたように、(まぁ実際取り憑かれているのだが)一心不乱に絵を書いていた。
「長良川芳樹だな?」
こちらの声が届いていないのか、長良川は反応しない。
何度呼びかけても、反応しなかった。
しびれを切らしたナギが、筆を持つ長良川の手を掴む。
「おい!聞いてんのか!?お前、長良川なんだろ!?こっち向いてしゃべれ!!」
くまのできた、長良川の目がやっとこちらを向く。
「誰だ、君らは?僕の邪魔をしないでくれよ。」
「長良川さん、貴方のこの絵ですが・・・」
「これかい?これは西暦2445年に打ち上げられる、恒星間航行移民船団のひとつ。"天鳥船弐號"さ。美しいだろ?」
「なんでそんな事まで分かんだよ?こんなのはお前の妄想だ!」
「妄想?何を言ってるんだ。僕にははっきり視えている。そして分かるんだ。あれが何なのかということまで、ね。
僕は描かなきゃならない。未来の姿を、現在に描きだす。それが僕の使命だ!」
そう言うと、長良川はまたキャンバスに向かい筆を走らせた。
「力が、暴走しているのか・・・?」
「キョウジ!埒があかねぇ!!憑き物なら、さっさと調伏しちまおうぜ!」
「調伏?バカ言うな。相手は神だぞ。」
ルビーとナギは唖然とした表情だった。
「神?キョウジさんは今、神と言ったのですか?」
「そうさ。全て合点がいった。待ってろ、今見せてやる。」
俺は懐から札を取り出す。
「おいでませ、八咫鏡!」
札が本来の鏡の姿へと変わっていく。
「神魔を見通せしは、八咫。汝、その綿津見たる真の姿を顕現せよ!」
長良川の体から、白い霧が立ち込める。
「長良川芳樹の身に宿る怪異の正体、それは・・・猫神"仙狸"だ!」
霧が晴れた瞬間、その姿が露わになる。
艶やか和装に、猫を擬人化したような容姿。
「神格化した猫又!?ありえません!人が神を宿すなんて!」
「しかし、事実だ。これが未来予知の力の源。仙狸とは"千里"。つまり千里眼の力をもつ怪異だ。」
「マジかよ!?でも先予見にしちゃ、異常な力だってルビーが・・・」
「あぁ、仙狸のもつ力が暴走してる。強大すぎる力が、長良川に数百年先の未来を見せる代わりに、生命力を奪い取ってるみたいだな。もっとも、仙狸自身に自覚はないだろうが。」
「このままでは、長良川さんの身体と精神が持ちません。」
「そうだな。かと言って、ルビーの勾玉で無理に引き剥がすことはできない。神様相手じゃな。」
「んじゃ、どーすんだよ!?」
「簡単だ。神頼みする時ゃ、みんな一緒だろ?乞い願うのさ。」
俺は仙狸の前で跪き、手を合わせる。
「汝、猫神・仙狸に申し上げる。我は八咫の霊宝を授かりし一族の末裔也。汝が守護せし長良川芳樹、其が神力の強大さ故に、自身を蝕み候。
我は乞う。汝、いま一度社へ帰りたまへ。」
仙狸は戸惑った様子を見せたが、こくんと頷いて、その姿を消す。
長良川は気を失い、その場に倒れ込んだ。
俺たちは長良川を連れて、部室に帰ることにした。
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長良川が目を覚ます。
衰弱してはいるものの、出会った時のような、異様な空気はもう抜けている。
「起きたか、長良川。俺は烏丸鏡児だ。起き抜けで悪いが、いくつか話を聞きたい。」
「君たちが、僕を助けてくれたんだね。意識は朦朧としてたけど、誰かが救ってくれたって事はわかってた。いいよ。なんでも聴いて欲しい。」
「お前はいつ頃から、異変を感じた?記憶をなくす前の、きっかけがあったはずだ。」
「僕は猫塚公園でデッサンをしようとしてた。作風に悩んでて、一番好きな展望台からの景色を描きたくなったんだ。
そんな時に、公園内の祠があるだろ?あそこで仔猫を見つけたんだ。捨て猫みたいだったから、拾ってあげようと考えていたあたりから、記憶は曖昧なんだ。」
「キョウジさん、データ出ました。
猫塚公園は古くから、飼い猫供養や野良猫の無縁墓地としての祀られていたようです。
恐らく、猫塚公園自体が霊的エネルギーの吹き溜まりになっていたのでしょう。」
「やっぱりな。長い間祀られてきた、土着の神。元が猫だけに気まぐれなんだろうが、それが長良川に憑いたんだろう。」
「でも何で力が暴走してたンだ?」
「人間が神を降ろすこと自体、通常あり得ないことです。長良川さんの心と体が拒絶反応を起こしたのでは?しかし、猫神とのリンクを断つことも出来ないため互いに力が暴走したーと。」
「ルビーの言う通りだろうな。まぁ何もかもイレギュラーな事件だったって事だ。
二人とも知ってるか?これはユウキに聞いた話だが、歌川国芳も大層な愛猫家だったそうだ。」
「なんだよ?じゃあ歌川国芳も猫神憑きだったってのか?」
「ははっ!まぁ、それはどうか分からないけどな。可能性はゼロじゃないかもな。」
「結局オーパーツの謎自体は解けませんでしたね。」
「いいんじゃないか?もしかしたらあったかもしれない古代文明、地球外知的生命体による介入。夢があるじゃないか。
全ての真実を解き明かすことが、正しいとは思わない。
こういうもんは、考えてるウチが楽しいのさ。」
「僕も同感だ。だから・・・
僕が描いた絵は処分するよ。12枚くらいかな?全て燃やそうと思う。
未来はどうなるかわからない。だから人は明日を生きようとするんだ。
こんな絵は必要ないんだよ。」
「手伝おう。」
俺たちは焼却炉へ向かい、長良川の絵の処分を見届けた。
しかし、俺は見逃さなかった。
その中に一枚、俺たちの街が大きな黒い渦のようなものに覆われる、不吉な絵を。
俺は焼却炉の火の中のその絵が、いつか現実になるのかと思うと、少し不安に駆られるのだった。
この街には、まだ俺たちの知らない、強大な怪異が潜んでいるのだ。
「おーい!キョウジ!早くいこーぜ。腹減ったーー!ラーメンラーメン。」
「ナギさん、先ほど部室のお菓子食べたばかりではないですか。私の計算が正しければ、いまラーメンを食べると、ナギさんの体脂肪率は2ポイント上昇し、約・・・・」
「わーーーわーーーわーーー!!なに言ってんだルビーーー!!」
いや、大丈夫だ。
俺はもうひとりじゃない。
頼もしい仲間がいるんだからな。