File01〜口裂け女〜後編
情報収集を終えた俺は、部室に戻ることにした。
部室の扉を開けると、ルビーもナギも揃っていた。
「よし、揃ってるな。成果はあったか?」
「ええ。口裂け女に関する情報を集めました。資料が古いものばかりですので、現代の口裂け女に合致する情報は少ないかもしれませんが・・・。」
「怪異といえど、過去の事例と共通する部分はあるはずだ。」
「アタシは現場に行って聞き込みして来たぜ!」
「!!!」
「な、なんだと!?・・・ナギが、調査を!?」
「何驚いてんだ!!アタシだってFOLDsの一員だぜ!?調査くらいするっつーの!」
「そ、そうか。一応聞こうか。」
「一応ってなんだよ!」
「いいから、話して下さい。」
「んだよ、ルビーまで。まぁいいや。」
ナギは渋々話し始めた。
「犯行現場は"信楽第三公園"だけじゃねーんだ。この事件の被害者は城之内以外にも4人いる。
"三条通り"で矢作って学生が襲われたのが一番最初だ。
次いで、"三郎坂"で浜中。"三原団地"で相川。三ノ宮神社で名取って奴らが同様の手口で、口裂け女の被害にあってるみたいだ。
目撃者の話によれば、切り傷から何か黒い靄が吹き出てたって。多分呪いの類なんじゃねーかな。それ以来どんどん衰弱してるって話だ。」
「犯行現場は、全て"三"のつく土地。過去の口裂け女の目撃例は、三軒茶屋や三宮といった"三"絡みの土地に集中していました。」
「そして、今ナギが挙げた被害者の名前は、全て城之内の取り巻きだ。」
俺はユウキから聴いた話をルビーとナギにも聴かせた。
「なるほど。つまり犯人は、城之内グループに恨みをもつ人物の可能性が、極めて高いですね。」
「でもさ〜、一つ気になってんだけど・・・。城之内は笹原のお陰で、切りつけられなかったワケだろ?なのに何で、衰弱していっちまってるだ?」
「単に精神的なものだろ。襲われた恐怖、また遭遇してしまうかもという不安から家から出られないんだ。」
「口裂け女は"三"のつく土地でしか現れないなら、家から出なきゃいいだけじゃねえの?」
「ナギさん、それは城之内に一生外に出るなと言っているようなものですよ。」
「あ、そか。」
「そうだ。それに俺の推測が正しければ、この事件、早く解決してやらなきゃならん。」
「キョウジ、まさかもう犯人の当てがついてんのか?」
「犯人・・・ね。まぁ確証はねぇがな。」
「具体的な作戦を練りましょう。」
「あぁ、ルビーはこの界隈で"三"のつくスポットを探せ。口裂け女は恐らく、三絡みの場所でしか力を発揮できないんだ。ナギは笹原に連絡をとって、城之内を引っ張り出してこい。俺は調伏の準備に入る。」
指示を出し終えた俺は、部室の奥の隠し扉の前に立つ。
「天照大神に申し上げる。其は天地霊宝を授かりし、八咫の一族なり。此度、妖魔調伏の儀を執り行いたく候。故に我らが神力、八咫、八尺、草薙の三宝の御魂を召し寄せたまへ。ゆるべゆらゆら、ゆらゆらとふるべ・・・」
祝詞を唱えると、扉が開かれる。
隠し部屋の中には、厳重に封印を施された、3枚の札がある。
俺が手を翳すと、封印は解かれ、この札を持ち出すことができる。
「キョウジさん、場所の特定ができました。」
「よし。ルビー、これを。」
俺は3枚の札のうち、八尺と書かれた札をルビーに渡す。
「はい。次に口裂け女が現れると思われる場所ですが、これまでの現場と霊力の流れからして、ここ。
三ノ輪神社です。」
ルビーは近辺の地図を指差す。
「ナギに連絡しろ。場所は三ノ輪神社。24時になんとしても、城之内を連れてこいってな。」
「了解しました。」
こうして、俺たちは来たる怪異に備え、夜を待つことにした。
ーーーーー
三ノ輪神社。24時。
俺とルビーは、ナギが城之内を連れてくるのを待っていた。
不意に、怒鳴り声がした。
「おら!シャキシャキ歩けよ!!」
ナギは嫌がる城之内の首根っこを鷲掴みにして、文字通り引っ張り出してきやがった。
「な、なんなんだ!?お前ら!いやだ!いやだ!俺は狙われてんだ!!こんな所にいたら、ヤツが!ヤツが来る!!」
半狂乱の城之内を落ち着かせる為、俺はゆっくりと語りかける。
「城之内 晃だな。安心しろ。俺たちはFOLDs。お前を救うために来たんだ。必ず、口裂け女からお前を守ってやる。」
「あ、あぁ・・・。」
城之内はその場にペタンと座り込んだ。
「ナギ、よくやった。札持っとけ。」
俺はナギに、草薙と書かれた札を渡す。
「おっし!久しぶりに暴れるぜ〜!!」
「キョウジさん、ナギさん。・・・対象、来ます!」
ルビーが注意を促す。
神社の鳥居の奥から、フラフラと白い影が近づいて来た。
長い黒髪、白いコート、そして手にした鎌。
口裂け女だ。
「で、出たぁ!!!ひっ!うわぁぁーー!!」
城之内が座ったまま、後ずさる。
口裂け女はブツブツと唸り声のような言葉を吐きながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「・・・シ。・・・カシぃ。どこぉ・・・」
「やっぱりな。可哀想に・・・憑かれちまったんだな。」
「キョウジ!離れろ!危ねーぞ!!」
「一連の事件の実行犯、口裂け女の正体は・・・柳 美咲、お前だ!」
俺はユウキの話を思い返していた。
ーーーーー
「あ、そだ。あと一つ・・・。小峠くんには仲良しの幼馴染がいたんだよね。確か、柳さんていう女の子で、ふたりがこっちへ出てくる前、佐賀県に居た頃からの付き合いだって話だよ。」
「でも、小峠くんが転校しちゃってからは、ずっと自宅で塞ぎ込んでるって話だよ。」
ーーーーー
「柳、聴こえるか?もうやめるんだ。ここで城之内を殺せば、人に戻れなくなるぞ。」
「タカシぃぃぃ!何処ぉお!?何処にぃるのぉぉ!?許さないィィィ!!!城之内ちぃい!!私からぁあぁ…タカシをぅ奪ったァア!!」
顔を上げて叫ぶ柳の口元は、裂けている、と言うより大きな亀裂が入っているようだった。
「もう、言霊は届かないか。」
「キョウジさん、彼女の侵食率は90%を超えています!!調伏しかありません!」
「やれ!キョウジ!!」
「・・・仕方ない。」
「調伏開始!」
俺は八咫と書かれた札を取り出す。
「おいでませ!八咫鏡!!」
札に霊力が収束していく。札はやがて、円形の鏡への姿を変えていく。
「魔を見通せしは、八咫!汝、其の禍津日たる真の姿を顕現せよ!」
柳の体から、黒い影が吹き出す。
コイツこそが、この事件の元凶。傷ついた柳の心に巣食い、体を乗っ取った妖魔。
その姿は、巨大な蟷螂の鎌と下半身をもつ禍々しい女の異形の姿。
俺の八咫鏡は、人間にとり憑いた妖魔を実体化し、顕現させることが出来る。顕現した妖魔は周りの者にも視認することが可能になる。
「今だ!ルビー!」
「おいでませ!八尺瓊勾玉!!」
ルビーの札が、数珠のような形に変わっていく。そのひとつひとつが勾玉になっている。
「魔を祓いしは、八尺!汝、この世の理に背きしもの。現世と幽世、穿壁せしこと叶わぬものと知るべし。」
柳本人と異形のものとが、完全に引き離される。
ルビーのもつ八尺瓊勾玉は、異形を祓い、人間と妖魔を引き剥がすことができる。
「離れました!ナギさん!!」
「おいでませ!草薙剣!!」
ナギの札が、身の丈ほどの大きな剣へと姿を変える。
「魔を断つは、草薙!汝、我が一刀のもとにて、永久の終焉を迎えたまへ。」
「ぉおりゃーーー!」
ナギの剣が、妖魔を斬りつける。
草薙剣は、妖魔を断つ唯一の武器。致命傷を与えれば、妖魔を完全に消滅させることができる。
「ちっ!浅い!!」
ナギの一太刀は狙いこそ外れたが、ヤツの最大の武器である、右の大鎌を切断した。
猛り狂う妖魔は、叫び声とともに、黒い霧のようなものを吐き出す。
「瘴気だ!!ルビー、城之内の周りに結界を張れ!瘴気を吸いすぎると、狂っちまう!」
「はい!護法陣、展開!」
妖魔は攻撃の手を休めない。
大きく裂けた口元から、燃え盛る光弾を発射する。
「ナギ、俺の後ろに回れ!ヤツの攻撃を鏡で跳ね返す!!隙ができたら、一撃で仕留めるんだ!」
「反射陣、展開!」
妖魔が放った光弾は、鏡の前で向きを変え、そのまま自身の頭部へと跳ね返っていった。
「今だ!ナギ!!」
「ちぇすとぉーーー!」
草薙剣が輝きを増す。ナギは妖魔の頭部目掛けて、剣を振り下ろす。
一刀両断。
妖魔は断末魔の叫びをあげて、崩れ去る。
「っしゃー!!やったぜ!!」
「ナギさん、その掛け声なんとかなりませんか?いちいち鼻につきます。」
「なっ!なんだと〜!別にいいだろ!!」
ルビーとナギが口論を始める。まったく、緊張感のない奴らだ。
妖魔が消え去った先に、柳 美咲が気を失って倒れていた。
「柳。柳起きろ。大丈夫か?」
俺は柳を抱き起こす。すっと目を覚ました彼女は、完全に毒気が抜けていた。
「わ、私は・・・。ここは何処です?こんな処でなにを・・・。」
柳は事件の記憶を失っていた。妖魔にとり憑かれた人間は、それを取り込んでしまった時点で精神を侵され、その間の記憶を無くすのだ。
「大丈夫だ。お前は小峠に会いたかっただけなんだよな。」
「そ、そう・・・。私はタカシくんに会って、謝りたかった。何も出来なくて、力になれなくてごめんねって。」
「日に日に弱っていくタカシくんのこと、ずっと見てたのに・・・。何も出来なくて・・・。ある日突然、タカシくんは転校してしまった。ずっと一緒にいたかったのに・・・。」
「城之内って人たちが、タカシくんに嫌がらせしてるのは知ってた・・・。許せなかった!!でも私は彼らに対抗する勇気も力もなくて・・・。ごめんなさい、ごめんなさい!タカシくん、ごめんなさい!」
柳は大粒の涙を流しながら、いきさつを語ってくれた。
「どうしてもタカシくんに会いたかった・・・。だから、転校先の町まで行こうと思った。
でも何処に引っ越したのかわからなくて・・・せめて小峠くんのことが感じられる場所に行こうと思って、毎日フラフラと歩き回ったの・・・。
そんな時、学校の裏山の峠に差し掛かったあたりで・・・小さなカマキリを見たの。それから後は、よく覚えていなくて・・・。」
ルビーがハッとした表情で、俺に問いかけてきた。
「キョウジさん、彼女は佐賀の出身だと言いましたね?」
「そうだ。」
「口裂け女のルーツには、こんな説があります。
明治時代の中頃、おつやという女性が、山を隔てた町に住む恋人に会うために、女性の一人歩きは危険だろうと白い装束に、三日月型の人参を口に咥えて通った。この姿を目撃した村人が、妖怪変化の類と勘違いし、そのイメージが口裂け女のルーツに繋がった・・・と。」
「つまり、想い人に会いたいが故に、山を越えるという"行為"が"儀式"となり、霊力をもったカマキリを媒体に、怪異を生み出したってことだな。」
「興味深い事例です。」
そう言って、ルビーはスケッチブックを取り出し、サラサラと何か描き始めた。
これはルビー曰く、ライフワークらしい。出会った怪異の姿を模写し、その成り立ちや詳細を記録しているのだと。
「柳、新聞部に文月って奴がいる。ユウキなら小峠の転校先をすぐに調べてくれるだろうぜ。」
「はい、ありがとうございます・・・!」
城之内は柳に謝罪し続けた。
「コイツも、本当の意味で改心するだろ。」
「一件落着ってヤツか?キョウジ?」
「あぁ。」
俺たちは手を合わせ、調伏を完了した。
「状況終了だ。さぁ、帰るか。」
こうして、口裂け女事件は幕を閉じたのだった。
ーーーーー
数日後、笹原が礼を言いに桜の木までやってきた。
どうやら、城之内を含め、被害者全員が回復に向かっているそうだ。
俺は教室で、考え事をしていた。
「悲恋の末、怪異に行き遭った女・・・か。日常に潜む怪異ってのは、これからも出てくるんだろうな。」
そんな事を思ってた矢先、俺を呼ぶ声がした。
「キョウジっち!!聞いて聞いて!柳ちゃんねぇ、小峠くんと同じ学校に転校することにしたんだってぇ。やっぱり、幼馴染みって一緒が一番なんだよねぇ!良かった良かった!」
「ユウキ、声がでけぇよ。まぁそうだな。これでホントに一件落着ってことなんだろうぜ。」
「それでね、話は変わるけど・・・キョウジっち、こんな話知ってる?」
「友達の友達が体験したって話なんだけどぉ・・・」
やれやれ。しばらくは退屈しなくて済みそうだな。