File01〜口裂け女〜前編
私立秀真ヶ原高校。
その中庭に樹齢400年にもなるという桜の木がそびえている。
毎週日曜日のとある時間に、その桜の木に自分の名前と願いを書いた紙を吊るす。
すると、奇妙な三人組が現れて願いを叶えてくれる。
ーーーなんて、変な噂が囁かれはじめたのは、俺が部を立ち上げてから半年後のことだった。
人の噂なんてのは、なんともあやふやで、信憑性に欠けているもんだ。
この噂だってそうだ。
依頼には、やれ【某と付き合えますように】だの、やれ【某大学合格!】だの、くだらない内容のものが後を絶たない。
俺たちとしちゃ、「知るか!!てめぇで何とかしろ!!」てなもんである。
そもそも、願いを叶えるってトコから、もう間違ってる。
俺たちはちょいと手を貸してやるだけだ。
依頼人が安心して学園生活を謳歌するために、困り事を解決してやれるように。
まぁ・・・内容は、少しばかり"特殊"かもしれないがな。
「さぁて、今日の依頼は?っと。」
「かぁ〜、相も変わらずくだらねぇ依頼ばっかだな!」
いつもの事だが、代わり映えのしない依頼に落胆しそうになったその時・・・。
桜の木の一際高い位置に吊るされた依頼文が、春一番に翻るのを俺は見逃さなかった。
「よっと。ん〜なになに?」
【友達が口裂け女に狙われています。どうか助けてください!笹原涼】
「久々に来たな!真っ当な依頼が。さぁて、本領発揮といきますか!」
そう、俺たちの専門は都市伝説や怪談からなる怪奇事件だ。
俺は不謹慎と知りつつも、高鳴る鼓動を抑えられず、その足で部室に向かったのだった。
ーーーーー
都市伝説探偵部。
通称"FOLDs"《フォールズ》
(FOlkLoa DitectiveS)
学校につきものである、開かずの教室ってやつを拠点にしている、俺が創設した部活動だ。
部と言っても、もちろん非公認である。
同好会って響きが大嫌いな俺は、便宜上、部を名乗ることにしたってだけだ。
開かずの教室なんて言ったが、こんなもんは学校側が不都合で生徒に出入りさせたくないが為に作った与太話である。
だから俺たちは、なんの躊躇いもなく、フツーに扉を開けるのだ。
「おい、聴け!!ふたりとも!依頼だ!久々に依頼が来たぜ!」
「あら?キョウジさん、あまり浮き足立ってはいけませんよ?」
「うっせーぞ!キョウジ!!集中できねーだろ!!」
と、部室に入るや否や厳しいツッコミが俺を襲う。
「依頼ですか?内容は?依頼人は?いつから動きます?」
ご自慢のスケッチブックを片手に、俺を質問責めにしてくるこいつは・・・
八坂 紅玉。
仲間内では"ルビー"と呼んでいる。
白髪のロングヘアにメガネの奥の真っ赤な瞳が特徴的なFOLDsのブレイン担当である。
「おいおい、落ち着けよルビー!これから依頼文を読みあげるとこじゃねぇか。」
「あらあら、ではさっさとお願いします。キョウジさんほど暇じゃないので。」
・・・大人しそうな顔して、なかなかの毒舌家だ。
「おい!キョウジもルビーもうっせーよ!!手ェすべったらどうすんだ!?」
このガサツな言葉遣いの女は・・・
御剣 薙子。
ナギはどうやらトランプをピラミッド型に積み上げる遊びをしていたようで、手を震わせながら怒ってきた。
「ナギ、そんな事してる場合じゃないぞ。依頼だ!依頼!」
「なっ!?それを早く言えよ!!よっしゃー、滾ってきた〜!」
長いポニーテールの髪を翻し、ガタッと立ち上がる。積み上げられたトランプは無残にも崩れ去った。
ナギはFOLDsの実戦担当。ちっこいくせして、腕はたつのだ。
「で?どんな依頼だ!?アタシの出番はあるンだろうな?」
「"口裂け女"に狙われてるダチを助けて欲しい。だそうだ。」
「口裂け女ですか。1979年にブームを巻き起こした、遭遇系の怪異ですね。あまりに巷説が広がりすぎて、その正体には数々の説があります。」
「さすがだな、ルビー。その通り!だが何故今になって、口裂け女が現れたのか?・・・面白そうじゃないか。」
「口裂け女ってあれだろ?私キレイ?って聞いてきて、マスクとったら口が裂けてて、これでも〜?ってヤツだよな?」
「そうだ。口裂け女の姿を見た者は、鎌で切り刻まれてしまうって噂だな。」
「マジかよ!?強そうだな!」
「ワクワクすんな、バカ!」
「あら、キョウジさんもその顔をどうにかした方がいいですよ?さっきからニヤニヤしてますもの。」
「そうだそうだ!バーカ!」
「ぐっ!うるさい!さぁ依頼人に話を聞きに行くぞ。FOLDs出動だ!」
「はい。」
「OK!いっくぜー!!」
自己紹介が遅れたな。
俺は烏丸 鏡児。
都市伝説探偵部"FOLDs"のリーダーだ。
ーーーーー
依頼人は笹原 涼。どうやら2年の学生らしい。
俺たちは早速、笹原を桜の木に来るようメッセージを送った。
下駄箱にFOLDs名義でカードを入れる、という古風なやり方だ。
ルビーとナギは大反対だった。そんな一昔前のラブレターみたいなやり方、と散々バカにされたが俺は譲らなかった。
俺たちは笹原が待ち合わせ場所に来たのを確認し、コンタクトをとった。
「笹原 涼だな?」
俺は一応本人確認をする。
笹原は豆鉄砲をくらったような顔で、こう言った。
「は、はい!まさか本当だったなんて!!助けてください!口裂け女がアキラを狙ってるんです!はやく、助けてください!」
かなり焦っていた。
「落ち着いてください、笹原さん。私たちはFOLDs。必ず、貴方のお力になります。」
ルビーが冷静な態度で、笹原を諭す。
「それじゃあ、詳しく聞かせてもらおうか。口裂け女について・・・」
笹原は静かに話をはじめた。
「先週の土曜日のことです。俺とアキラは同じ学習塾に通ってて、その日も講義が終わって家に帰る所でした。
課題がなかなか終わらなくて、遅くなってしまって、帰る頃にはもう24時を回っていたと思います。
帰り際、信楽第三公園に差し掛かったあたりで、俺たちの前から、白いコートを羽織った女が近づいて来たんです。
そいつは何かブツブツ言いながら、どんどん距離を詰めてきて・・・。
気の強いアキラは、その女に突っかかっていきました。
でもその瞬間、女は鎌を振りかぶってアキラを斬りつけようとしたんです!
俺はとっさにアキラを庇って、なんとか大事には至りませんでした。
すぐに逃げなきゃ、と思ってアキラを連れて全速力で走りました。
けど、アイツはブツブツ言った後、城之内 晃と凄い声で叫んで、追ってきました。
物凄いスピードで迫ってきて、もう追いつかれる、というところで、対向車のライトにひるんだあの女は、そこで立ち止まり、追って来なくならはました。
ライトに照らされた女の顔は、口元が大きく裂けていたんです・・・。
それから、アキラはどんどん衰弱していって、今では自宅から出て来なくなりました。」
「なるほどな。それ以来、城之内が心配で依頼してきたってとこか。」
「よっし!早速行こうぜ!!」
息巻くナギをルビーが制止する。
「待って下さい、ナギさん。まずは情報を集めるのが先ですよ。」
「そうだ。情報を集めて部室に集合!」
こうして、俺たちは調査を開始した。
ーーーーー
事件解決には情報が不可欠だ。
相手が怪異だろうと、心霊だろうと、それは変わらない。
いや、むしろそんな得体の知れないものだからこそ、必要なのだ。
「怪異関係は、ルビーに任せて大丈夫だろ。ナギは・・・情報収集には向いてねぇし、その辺で油売ってるだろうな。」
俺は笹原と城之内の身辺を洗ってみることにした。
秀真ヶ原高校新聞部。
学校創立時から活動している、歴史ある部だ。数々の賞を受賞しており、部室には新聞部に贈られたトロフィーが幾つも陳列されている。
まぁ、それも過去の栄光だ。
今や新聞部部員はたったの一人。
1年前の春、ここ新聞部で起きた事件が部員激減の原因なのだが、それはまたいずれ話そう。
俺は新聞部の扉をノックして、よびかける。
「おーい、ユウキ!いるかー?」
「・・・。」
返事がない。
「またかよ。」
俺は返事を待たず、扉をあけた。
中央のデスクに突っ伏した人影を発見。間違いないユウキだ。
「おい!起きろ、ユウキ!聴きたいことがある。」
返事がない。ただのしかばねのようだ。
いやいや、なワケないだろ!
ユウキはいつもこんな感じで目覚めが悪い。
週一で発行している"秀真ヶ原新聞"を、たった一人で取材から印刷出版までこなしているのだ。
本人によれば、大したことないと謙遜するが、こうやって忙しさのあまり、パタンと寝てしまうことがある。
こうなったユウキは、いくら大声で起こそうと、いくら体を揺すっても、つーか頭をはたいても起きはしない。
こいつの起こし方はただ一つ!
「ユウキ!スクープだ!!」
眠っていたユウキの眼光が鋭く光る。
「どこ!?どこどこどこ!?スクープどこ〜!?」
起きた。
一眼レフカメラをしっかりと握りしめ、キョロキョロと取り乱すユウキ。
「おはよう、ユウキ。いい夢見れたか?」
「な〜んだ、キョウジっちかぁ!また騙されたよぉ。」
「人聞きの悪い事言うな。こう言わなきゃ起きないだろ、お前。」
「まぁ、そりゃそうだけどさぁ。」
「そうショゲた顔すんなよ。それにネタなら提供してやれるかもだぜ?」
「ホント!?」
「その前に情報が欲しい。」
「何?依頼来たの?もぉしょーがないなぁ。何聞きたいの?」
新聞部部長、文月 悠姫は数少ない"FOLDs"の協力者だ。
一年間前の事件が解決してから、妙に俺に懐いて来て、協力を申し出てくれた。
新聞部という立場上、校内のことは本当によく知り尽くしている。
いわば俺たちの情報屋だ。
「へぇ〜、口裂け女ねぇ。ちょっち時代錯誤だけど、面白そうなネタだね!んで、キョウジっちが知りたいことって?」
「笹原 涼と城之内 晃知ってるか?」
「もちのろんだよ!2年のコでしょ?笹原くんはあまり目立たないけど、城之内くんは有名人だよぉ。」
「そうなのか?」
「うん!まぁあまりいい噂聞かないけどね・・・。」
「詳しく話せ。」
「城之内くんの家って、いわゆるお金持ちってやつでね。それを笠に着て、取り巻きにいろいろさせてたみたいなんだよね。」
「いろいろ?」
「いろいろ、だよ。まぁその、いじめ・・・みたいな。」
「どこにでもいるもんだな、そーゆー輩は。」
「彼らのターゲットは不特定多数だったけど、城之内くんも同じクラスだった小峠 高志くんだけは違ったの。」
「城之内くんたちも、最初はからかう程度のことしかしてなかった。けれどどんどんエスカレートしていって・・・。ついに、小峠くんは耐えられなくなり、失意のまま、転校して行ったの。」
「笹原はその取り巻きの一人か?」
「ううん、違うよ。小峠くんが転校しちゃって、さすがに城之内くんも責任を感じたのか、以来彼は真面目に勉強に取り組むようになったらしいんだよね。笹原くんとは学習塾で出会った、純粋な友達なんじゃない?」
「そうか、なるほどな。」
「あ、そだ。あと一つ・・・」
こうして、俺はユウキからいくつかの情報を聞き出し、身辺調査を終えたのだった。