私が愛したあんぱん~略奪じじい~
こんな夢を見た。
10畳ほどの和室に、面識の無い人たちが寄り集まっていた。
手荷物を持っているものやリュックを背負っているものもいたが、少々出かけるときに持ち歩く程度のもので、彼らは明らかに日帰りで外出をしているだけのものたちだろう。
私もその中の一人だった。スーパーにおいてあるような買い物カゴを抱えて畳に座り、ぼんやりしていた。かごの中には個包装のあんぱんが二つ入っていた。
買い物カゴは私物だという意識があった。夢の中というのはホントに謎である。
和室の隅にはエレベーターが配置されていた。
私はなんとなく乗ってみることにした。夢の中でも私は適当に生きている人間である。
買い物カゴを置いて、エレベーターに乗りこむ。
重々しい機械音とともに扉が閉まった。
乗っている間の記憶がさっぱりなく、確かに上へ移動しようとしたはずなのだが、気がつけばエレベーターのドアが開き、先ほどの和室についていた。
降りて、買い物カゴをまた抱えて座る。
すると、近くにいたらしいじいさんが私の買い物カゴに手を伸ばした。
驚いている間にじいさんは私のあんぱんを奪い、食べ始めた。
呆気にとられていると、じいさんは食べかけのあんぱんを放り出し、こちらを向いた。
その視線が買い物カゴにいっている気がして、カゴを抱えたまま一歩下がる。
よぼよぼした彼の双眸から、殺気を感じた。
じいさんは猛然と買い物カゴに飛びかかり、残っていたもうひとつのあんぱんを奪った。
取り返そうと私もあんぱんに飛びつこうとするが、じいさんはこちらに背中を向けてガードしてくる。
私の手はあんぱんに届かない。
よぼよぼした肘鉄をくらいながら、何度もあんぱんに手を伸ばした。
じいさんの前に回り込もうとするが、やはり背中に阻まれる。
ディフェンスがうまいじじいである。
私の手を避けながら、じいさんがあんぱんの包装を破った。
その瞬間、静かな夢の中ではじめて声が出た。
「ちょ、おい、ふざっけんな! それは私のだ! 私のあんぱんだ!」
私はじいさんの頭を殴りつけた。グーで。
じいさんの頭はなぜか柔らかく、もふもふしていた。
その感触がどうしようもなくムカついた。
左手で何度もじいさんを殴りつけ、あんぱんに右手をのばす。
それでもあんぱんは取り返せなかった。
本気の攻撃を受けてもじいさんはものともせず、手に持ったアンパンにかぶりついた。
(ぬあああああああああああああああああああああ!!!)
声にならなかった。じいさんに噛み付かれたあんぱんにもはや価値は無い。
私はその場にへたりこんだ。
そして目が覚めた。
のっそりと起きあがる。
しかし変な夢だった。
なぜか抱きしめていたもふもふの布団を手放す。
「いってきまーす」
そのとき、家族が出社する声が聞こえてた。
「……ぃてらしゃー」
寝起きなのであんまり声が出なかった。
しばしぼんやりしていると、目覚ましのウルトラマンがやかましく声を立ててるのが聞こえてきた。
ぼんやりしすぎて目覚ましの音だと認識できていなかったらしい。
『しまった! ピコーンピコーン 時間が無い! ピコーン ピコーン 早く起きるんだ! う、うわあああー』
『ババババーン ババババーン ジャン! 私はウルトラマン。ネボスケな君を起こしにやってきた』
目覚ましを止める。
『よく起きたね、ッシュワァッッチ!』
ウルトラマンに褒められながらベッドを降りると、携帯にメールが届いていた。
家族からだった。
「あんぱん食べたいの? 買っておこうか?」
寝言が聞こえていたらしい。
「鬱だ……」
いやな朝だった。
登場人物
私:二十代の女。実はあんぱんより豆パンが好き。好きなウルトラマンはティガ。
じいさん:年齢不詳の男。人のものが欲しくなるという魔性の女みたいな根性の持ち主。5秒であんぱんを食らう外道。
家族:早起き。気遣いやさん。