SAXOPHONE PART IS CRAZY
翌日。
私は、また仮入部に参加していた。これから毎日、吹奏楽部だけに参加するつもり。まあ、そんなことするのも、私くらいのものだろう。
でも、今日は友達も一緒だ。安藤 紫園、幼稚園の頃からの幼なじみ。毎年毎年同じクラス。「バドミントンが見たかった」と喚いていたのを、半ば強引に引っ張ってきた。ちょっと騒がしいのはご愛嬌、ってことで。
「一年生の皆さん、今日は吹奏楽部の仮入部に来てくれてありがとうございまーす。副部長を務めさせていただいてます、蒲公英 真白です。こちらは、部長の水無月 葵。よろしくお願いしまーす」
昨日の現状を考えたのかも、一年生への挨拶は副部長さんの仕事になっていた。最早どっちが部長なのか……。
ぼんやりそんなことを考えていると、「ほら、行くってよ」と紫園にせっつかれたので、私は、紫園と一緒に引率の副部長さんの後についていった。
「じゃあ、なにかやってみたい楽器、ある?」
副部長さんは後ろ向きに歩きながら、ついてくる私達と視線を合わせた。
「サックス……とかぁ?」
ちゃっかり副部長さんの横に回った紫園が、それとなく提案する。最早その目は、獲物を狙う目付きだ。
「他は? 行きたいとこ、ない?」
当の副部長さんは、全く気づいていないみたいだけど。
私達が頷いたのを見て、じゃあ行こうか、と、副部長さんは前を向いて歩き出した。
「サックスは三階だから。あ、階段降りるよ、ついてきてねー」
私達に合図しながら、一段飛ばしで階段を駆け降りていく。本当にそつのない人だ。
「サックスは三年生が居なくて、二年生三人で仲良くやってます」
三階の廊下を移動しながら、副部長さんは淀みなく喋っている。しかも、分かりやすい。
「で、この階の一番奥がサックスの教室……って、あれ?」
先頭を歩いていた副部長さんが、突然立ち止まった。
「あれ、どうかしたんですかあ?」
紫園が上目遣いをしながら問い掛ける。うん、超わざとらしい。
「いや、電気ついてないんだよね、サックスの教室」
確かに、一番奥の教室は電気が点いていなくて、すりガラスの向こうが真っ暗だ。私達の間に、小さなざわめきが広がる。
「ちょ、ちょっと待ってて。確認してくる」
慌てたような口調で口走ると、副部長さんはサックスの隣の教室へ走っていった。
隣の教室からは、クラリネットを持った先輩が出てきた。副部長さんが、あたふたと事情を説明している。その後、探してみなさいよ、いや、だから隣電気点いてないんだって、やいのやいの、やいのやいの、としばらく口論が続く。途中、いや今は付き合ってない、とか、ラブラブだったくせに、とかとんでもない言葉が聞こえた気がしたけど、私以下一年生全員が、それを完璧にスルーした(ちなみに、「誰だったのかしらん?」とマダムっぽくふざけた紫園は、例外)。
「とにかく、サックスの人達がくるまでサックスの教室で待機することになったから、皆ついてきて」
いつの間にか戻ってきていた副部長さんが、再び指示を出す。素直に従い、私達はまた歩き出した。
「はい、まあ、ここです」
一番奥の教室の前で止まり、私達もそれにならう。
副部長さんは、暗い教室の引き戸の前に立って、律儀に二回ノックして、失礼します、と一礼して、引き戸を開けて、
「うわぇぁぁぁぁ!?」
……え、待って、今副部長さんが消えた。変な声出した後で消えた。シュッって消えた。
私達が軽くパニクっていると、今度はサックスの教室の明かりがパッと点いて、何かの破裂音が響き渡った。多分、クラッカー。
え、何、なんかもう、更にパニクるしかないよ!?
と、思ったら、サックスを持った先輩がひょいと出てきて、「ようこそ、サックスパートへ!」と手を振った。
教室に入ってみて、納得。サックスの先輩達は、全員いた。フツーに全員いた。要は、私達はうまいことハメられたわけだ。手厚く歓迎されるために。
回りくどい、回りくど過ぎる。
まだ軽く混乱が残る私達をよそに、テンションの高さがあり余っているらしいサックスの先輩達は、「ルパン三世のテーマ」を狂ったように吹き続けたり、副部長さんをユサユサ揺さぶったりしている。教室の真ん中当たりに立っている先輩だけが唯一、困ったような苦笑いを浮かべてその場に立ち尽くしていた。
「なにやってんだよお前ら! 時間ないんだよこっちは! あとユサユサすんの止めろ!」
叱咤する副部長さんに、ユサユサしてるサックスの先輩は、どうでした、面白かったでしょ、と満面の笑みだ。
「九内さん、面白い面白くないの話じゃなくて……ああもうこのパートは……」
ゲンナリとしながらユサユサされている副部長さん。可哀想に、全く会話になっていない。
「あ、一年生の皆さん、ごめんなさいね。今、体験の準備しますんで」
真ん中当たりに立っている先輩が、すまなそうに軽く会釈をした。この人はなんかマトモそうだなぁ……。