長年恋
一人の夫婦が和風の家の日向がよく当たる所ででお茶を飲んでいた。
「あぁ、ひなたぼっこは気持ちいいな」
「そうですねおじいさん」
「おじいさんと言うな、まだまだ若いぞ」
「ぷっ、八十過ぎのしわしわ男がなにを言ってんだい?」
「見た目と歳じゃないんじゃ」
「語尾がもうだめですよ」
「うぅ~」
「それは昔から変わらず可愛いですよ」
「う、うるさいな。くせなんじゃ。あっ、また言っちまった」
「もう会って長いのに、話は途切れませんね」
「あたりまえじゃ、わしはお前と話すのがとても楽しいんじゃ」
「あらあら、嬉しいことを言ってくれますね。あと、一人称が「わし」になってますよ」
「気づかなかったの~」
「もう歳ですね」
「そうかの~」
「意外、否定するかと思ってたのに」
「分かっておる、もう短いしな」
「ネガティブ思考にならずに」
「そうだな、息子はなにしてんのかの」
「私達の田畑をとつがずに、都会にいっちゃいましたからねぇ」
「もう、終わりかの~」
「そうかもしれませんね。三代続いたんでしたっけ?」
「わしが五代目じゃ、二百五十年続いとるんじゃ。おばあさんの方こそ歳なんじゃ―――」
「女性に歳を聞くのは失礼ですよ」
「悪かった悪かった。まぁまぁ怒らずに、笑顔が似合うんだから」
「はぁ~、昔はその台詞にときめいたんだよねぇ」
「なんじゃ、今はときめないと言うんか?」
「もう、ときめく歳じゃありませんよ。でも、嬉しいですよ」
「そうだろ?」
「そうやって調子乗るところも変わらないわね」
「いつからじゃ?」
「小一で初めて会ったときからですよ」
「ぞくにいう…なんじゃったけ、片仮名で、自分が好きなやつ………」
「ナルシスト、ですか?」
「そ、そうじゃそうじゃ。わしはナルトだったかの」
「耳も歳ですか…シスが抜けてますよ」
「それじゃあ、ナシスルトでいいんか?」
「違います」
「ん~、ナルトシスかの?」
「わざとですか?ナ、ル、シ、ス、ト」
「わざとに決まっておるじゃろ」
「嘘ですね」
「なんで分かったんじゃ?」
「隠そうとはしないんですね。それと、使い方が多分違うと思いますよ。嘘をつくときはいつも手を強く握るじゃありませんか」
「手を握る…前に聞いたことあるような~」
「半世紀前に言いましたよ」
「お前!そんなに生きてるのか」
「おじいさん五十年ですよ」
「わ、わかってたわ」
「手…」
「もう、嫌じゃの~、全部みすかれているようで」
「そりゃあ七十年近く付き合ってるんですから」
「七十年前からカップルみたいにいうなよ」
「あら、そう聞こえましたか。付き合ったのは二十歳からでしたよね」
「そうじゃ、あのときは恥ずかしかったの」
「プロポーズの日ですか?無駄に高いレストランを予約して、無駄に高いスーツなんて着ちゃって、プロポーズの時に噛んじゃったんですよね」
「今、思い出さなくてもいいじゃろ」
「明日があるかどうか分からないじゃないですか」
「そうかもな…」
「………」
「………」
「このまま、時間が止まって欲しいですね」
「そうだな…」
「絶対私より早く死なないでくださいよ」
「そっちこそな…」
「皆どうしてるんですかね」
「小学生の時か?中学生の時か?高校生の時か?大学生の時か?会社の時か?どれじゃ?」
「もう、いっぱい生きてますね。全部の友達のことです」
「小学生の時、お前ってさ、やんちゃだったのよな」
「昔のことですよ」
「いっぱい殴られたのを覚えてるんじゃが」
「気のせいですよ」
「そうかの?まぁ、中学生の時は美人になったよな」
「あの時は、おじいさんが好きになったときですからね」
「そんなに歳が離れた男と付き合いたかったんだ」
「私のとなりに座ってる人の事です」
「わしだったのか」
「そのまま、なにも発展せずに高校に進学して、高校で付き合って…私から告白しなわよね」
「そうじゃった。男として恥ずかしかったわ」
「いつから私のことを好きになったんですか?」
「ん~、六十二年前ぐらいかの」
「めんどくさいです。中学生ですか?高校生ですか?」
「中学生じゃ」
「なんだ、中学生から付き合ってたかもしれないですね」
「そうじゃな」
「なんで、顔赤くしてるんですか?」
「また、告白したみたいだからな」
「純情ですね」
「な、なんじゃ、馬鹿にしてるのか?」
「いいえ、そういうところも好きですよ」
「お、おう」
「あ、そろそろご飯の用意でもしますね」
「任せたぞ」
「明日もこうできたらいいですね」
「わしもじゃ。順子」
「なんですか、いきなり」
「どんどん、可愛くなっていってるぞ。今日が一番可愛いよ」
「俊哉もカッコいいですよ」
その二人はその日の夜に、二人で手を繋ぎから幸せそうに笑いながら息をひきとった。