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中身

 美奈子は手に取っている白い封筒をもとに戻そうかと思案したが持っているところをバッチリと秀一に抑えられている。

「何をしているのかな? 小ネズミちゃん」

 誰が見てもそうと分かるほど秀一の表情は怒りの感情を表面に表している。大魔神とは違い、彼が起こっているときはポーカーフェイスになってとつとつと平坦なイントネーションで言葉を発する。今は正しくその典型例である。

「えっとね……」

 うまい言い訳がとっさには浮かばない。というかこの情況にいて言い訳できるのは嘘をつくことに全くの抵抗のない人格を持った一部の人間だけであろう。秀一のの視線は白い封筒に注がれている。

「中身を見たのか?」

「えっ」

「その封筒の中身を見たのかと聞いているんだ」

 淡々と話しかけるが威圧感が美奈子を襲う。

「まだ見てないよ」

「まだ?」

 マズい言い方をしてしまった。

「ではネズミは中身を見るつもりだったのか? 正直に白状しなさい」

 呆れたような、怒りを隠しているような、目を細め秀一は詰問をしてくる。何年ぶりだろうかというほど怒っている。

「ゴメンナサイ」

 謝るしか選ぶ道は存在しなかった。美奈子は神妙に深く頭を下げる。

「だいたい人の部屋を勝手に扱うのは不躾ではないのかね」

「はい。その通りです」

「人には誰しもプライバシーというものがある。ネズミは分からないのかな」

「分かります」

「それなら自分のしたことは罪深いことだと認めるか?」

「認めます」

 瞼に涙がたまってきている。これ以上責められたら。それは頬を伝うことになるのは間違いない。

「ふーん」

 秀一は腕を組み座布団に座り込み思案する。さて、どういう処分を課そうかといった空気を漂わせている。

「いくら幼馴染みといっても調子に乗りすぎだぞ。俺らは所詮は他人なんだから」

「他人……他人……所詮」

 秀一の気にもとめない一言で、美奈子の胸にとてつもない暗闇が襲いかかった。秀一と出会って十数年、こんなに悲しく切ない言葉を浴びっせられたのは初めてである。淡い気持ちを秀一にいだいていたことを全て裏っ返しにされるきつい一言であった。

 スーッと美奈子の目から涙がこぼれ落ちる。一筋、二筋……止めどなく流れる涙は顔を押さえている両手から漏れ電灯に照らされ光っている。

「うっ……ううっ…………」

 情けないとかみっともないとかそんな気持ちは遥か彼方に旅に出て美奈子は見えも外聞もなく呻いて泣いている。

 説教を続ける気だった秀一はかえってその姿に驚いてしまった。

「そんなに泣く事ないじゃないか」

「だって、だって…………」

 美奈子とて秀一が特別にひどいことは言ったわけではないと承知している。だけど理性を飛び越えて感情が美奈子をつき動かしている。

「俺は怒ってないから。気にするな。まだ中身は見ていないんだろう」

 秀一は機嫌をとる事を言い始める。

 だが泣き止みたくても涙は溢れ続け、美奈子の目は真っ赤に染まっている。

 秀一はなすすべなく首を捻ったり後頭部をかいたりしこれまで美奈子をどうやって泣き止ませてきたのか脳で再生をしている。しかし思い出すのは子供の頃ばかりのことでここ数年はしかっていない。打つ手なし、指し手なし投了したいがそうはいかない。

 やがて、ピークは治まったみたいで美奈子が目をこすりだした。秀一もひと安心したところ昔見た映画のワンシーンを記憶に呼び起こした。

「大丈夫だよ美奈子。俺はずっと君といるから」

 美奈子を抱きしめ耳元でつぶやいた。ぞっとするセリフで背中が痒くなる。それでも美奈子を泣きやませるためだと言い聞かせ美奈子の顔を胸に埋める。一時すると、美奈子は泣き止んだようで大人しく抱かれ吐息だけが耳に届く。

「ふう」

 安心した秀一が胸から美奈子の顔を話すと

「スー……スー……」

 寝てやがった。

「こいつはもう」

 そう思ったが、美奈子の身体が赤く上気していることに気付いた。額に手を添えると熱が伝わってくる。

「熱発したのか」

 美奈子は興奮すると熱発しやすい体質で試験が終わった翌日によく休んでいる。

「よっこいしょ。重いな」

 秀一は美奈子をベッドに寝かせ掛け布団をかけた。それからリビングに行き母から熱冷ましのシートを出してもらう。

「また美奈子が熱発したよ」

「あんた変なことしたんじゃないでしょうね。責任は取りなさいよ」

「美奈子にはそんな気起きないって何回言わせるつもりだよ」

 母の戯言をスルー出来ないのはまだまだ未熟な証拠なのかな? と思いつつ美奈子の額に熱冷ましを当て身体全体にきちんと掛け布団を掛ける。


二時間後

 秀一がネット将棋を遊んでいると背後から気配がした。首をひねると美奈子が視界に入った。

「やっと起きたか。具合はどうだ?」

「うん、いいみたい。お兄ちゃんありがとう」

「なあ、美奈子。あの封筒の中身そんなに気になるか」

「うん……気になる」

「大したものじゃないんだけどな」

「だってわざわざ。封筒に入れてあるんだもの」

「アルバムにとじるのが面倒だっただけだよ」

「じゃあ、見ても問題ないわよね」

「見せてやるよ」

 秀一は封筒から一枚の写真を取り出した。美奈子と明子と秀一が三人で旅行へ行ったときに写した写真であった。

「懐かしい」

「なっ、大したものじゃないだろ」

「そうだね。泣いて損したよ」

「美奈子が勝手に泣いただけだがな」

「もうそれは忘れて」

 時計の針は7時を過ぎている。

「私帰るね。お兄ちゃんありがとう」

 美奈子が礼を言って帰った後、秀一は一枚の写真と便箋を久しぶりに照明の下にさらけ出した。

 明子がひとりで写っている写真と明子に送った恋文である。以前書いた文章とはいえ稚拙な文章で読むのが恥ずかしくなる語彙のオンパレードだった。だけど明子への思いが存分に詰まっている文章である。まだ、秀一は明子を心から消し去ることが出来ない。あの日身体を重ね想いは増幅する一方である。

 そしてもう一枚それよりもさらに幼い字で書かれた白い紙が封筒に入っているがそれは出すことはなかった。


 

 自分のベッドに横になった美奈子は色々なことがありすぎた今日を振り返っていた。

「そういえばお兄ちゃんに告白の返事をしたこと言わなかったな」

 美奈子は自分が異性と付き合うとなったときに秀一がどのような反応をするのか知りたかった。今日いえなかったのは自分が悪いんだけど。

「所詮は他人」

 事実だけどなんどもこのフレーズが頭をよぎる。自分は秀一に取って特別な人間ではないのかな? 

 いけない。また涙が溢れてくる。でもお兄ちゃんは私を抱きしめてくれた。好意を持っていないならあんな事する訳ないわよね。

 気分の波が激しく上下する。なんだか寝付けそうにない。

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