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封筒

 告白を受け入れた美奈子は家に戻ると一目散に火照る身体にシャワーを浴びせ隣の秀一の家へと向かった。秀一が帰っていない可能性や沙月と居ることの想定をする余裕は持ちあわせてはいない。気の赴くまま、秀一のもとへと一刻も早く着きたいという意思のみが美奈子の頭を占領している。

 髪もまだ乾かぬうちに服を着替え秀一の家のインターホンを押す。

「あら、美奈子ちゃんいらっしゃい」

 ドアフォンに映っている美奈子を見て秀一の母はにこやかに言う。

「開いてるから入ってらっしゃい」

 言われたままに玄関を開けると母親が出迎えに来ている。気のせいか美奈子にとって秀一の母の存在が遠のいた気がして満面の笑みにはなれない。

「美奈子ちゃん、具合でも悪いのかしら? 顔色が良くないわ」

 秀一の母は美奈子の額に手を当てる。

「少し熱があるみたいだわ。それに髪がまだ乾いてないわよ。乾かしてきたらどう?」

「ドライヤーお借りしますね」

 この家の作りはよく知っている。いままで幾度と無くここに美奈子は通ってきた。幼い頃はしょっちゅうお泊りもした。一緒の布団で秀一と眠り寝相の悪さをからかわれたりしたっけ。遠い昔のことが頭をめぐる。あの頃は良かった。年寄り臭いセリフをツンとつぶやく。誰にも聞こえない独り言。

 美奈子はドライヤーで丹念に髪を乾かしリビングにあるソファに腰をかけた。

「美奈子ちゃん。焦っているみたいだけど何かあったの?」

 秀一の母は物腰の柔らかな口調で話しかけてきた。年の割には若く見えるのは幸せだからなのかな? なんてことが美奈子の脳によぎる。

「焦っているというか……」

 美奈子は自分の心情を言葉にうまく変換できずもどかしさを覚える。

「お兄ちゃんはまだ帰ってないの?」

 玄関に靴はなかったので確認のために訊いてみる。

「うん、まだ帰っていないわ」

 (沙月と寄り道でもしているのかしら?)

「この間の娘。沙月ちゃんだったかな。あの娘はどんな娘なの? 美奈子ちゃんのクラスメイトだって秀一は言ってたわよ」

 丁度沙月の話題を振ってきた。

「高校に入って一番最初に友だちになった娘です。普段はおっとりしてて、とても大人しいですよ」

「なんで秀一なんて選んだのかしらね。物好きも居るものだわ」

 二人はテレビを見ながら煎餅をつまんで口に運びつつ会話をしている。仲の良い嫁と姑のようだ。

「とある人によればお兄ちゃんはもてているらしいって」

「へえ、あんな小僧の何処がいいのかしらね。男はパパみたいにワイルドじゃないと私は嫌だわ」

「お兄ちゃんは素敵だとおもうけど……」

「あら、美奈子ちゃんもあんなのがストライクゾーンなの? 時代は変わったわね。この世の終わりは近いわね」

 この母親は自分の息子には容赦がない。見た目からは想像のつかない毒舌を息子に吐くことがる。

「それなら美奈子ちゃんはどうして秀一を仕留めなかったのよ」

「それは……」

 美奈子にとって秀一は身近にいるのが当たり前で付き合う、付き合わないという形式ばった関係ではなかった。今にしてみればそれが油断となって秀一は沙月と恋仲になってしまった。もうわずか、間の開いた関係ならまた二人は違った関係を築いていただろうが、言葉通りの後悔先に立たずだ。

「美奈子ちゃんとなら上手くやっていけるのにね」

 左目でウインクをする。ドラマを終わり夕方のニュースが画面には流れている。

「それにしても遅いわね。帰宅部の将棋オタクのくせに」

 窓の外の景色は暗闇で朧気な輪郭しか見ることが出来ない。

「さては、あのやろう。男の本性をさらけ出したのかな。さあ夕飯の支度、支度」

 母親はキッチンへと行く。

「じゃあ、私はお兄ちゃんの部屋で待っているね」

 美奈子もソファから腰を上げて秀一の部屋に向かった。

「部屋の中を捜索でもしていたら。いい暇つぶしになるわよ」

 本気なのか冗談なのか分からない事をいう。主のいない部屋に着くと美奈子はベッドに突っ伏した。

美奈子にとって馴染みの深い匂いが鼻先に触れる。秀一の匂いだ。しばらくの間、美奈子はベッドに顔をうずめていた。

「そうだ探索しちゃおう。帰って来ないのが悪いんだ」

 身勝手な論理に従って美奈子は捜索を開始する。

「まずはベッドの下からかな」

 そこには将棋盤と棋書が隠されておりさらにその奥には長方形の箱がしまいこんであった。

(もしやこれがあの……)

 箱をゆっくりと開けるとアダルト雑誌が五冊重ねられていた。それぞれタイトルが違って洋物が一冊ある。

「ふむふむこれが噂のブツね」

 表紙を観ただけですぐにそれと分かる品物である。美奈子は初めて男専用の雑誌を手に取りパラパラと……。

「キャッ!」

 美奈子は雑誌からパッと手を離した。思い描いていた以上にその内容は過激で刺激の強いものだったらしい。

「な、なによ。お兄ちゃんこんなの読んでるの?」

 美奈子とてその本を見て秀一が何をしているのか知らないわけではない。だが、その雑誌にのっている女性は性器をアピールするポーズを取ったり男の人と絡みあったりしている。そして写真以外のページにはセックスの指南が書かれている。

「こんな格好しなくちゃいけないの。恥ずかしすぎる」

 一人アダルト雑誌を読み赤面している姿はなんとも滑稽ではある。

「ダメダメ、絶対ダメ!!」

 美奈子は雑誌をもとに戻し、次に押入れを探索する。特に目新しいいものはなく見たことのあるアルバムを開いてみる。

「私こんな顔だったんだ」

 アルバムは見るたびに違う感想を述べてしまうシロモノである。このアルバムには美奈子も一緒に撮られている写真も多い。にやにやが止まらず最期まで見ているとそのアルバムからひらりと一通の封筒が空間を泳ぎ絨毯に着地する。

 宛先のない封筒。開けてはいけない気はするが妙に気になるその封筒を美奈子は手にとってみる。

 何の変哲もない白いどこにでもある封筒。だけどいわくが有りげな封筒。幼馴染であろうが超えてはいけないプライバシーはあるとは思う……だけど気になってしまう。

 いまは私一人しかいない。きちんと元通りにすればバレない。美奈子の心境の方向性はきまっている。だけど、やっぱり、最低限のところは守らないと……。なかなか結論が出ない。


「おい、美奈子何見てるんだ?」

 振り返ると秀一が美奈子を視界の中心に捉えていた。


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