姫とナイト
放課後となり教室を出ると廊下には美奈子と沙月の二人が秀一を待っていた。
「沙月ちゃん。待っていてくれたんだ。ありがとう」
沙月は秀一の特別な女性になったのにまたもや伏し目がちに立っている。
「お兄ちゃん。私には何も言うことないの?」
「あっ、いたのか」
「ひどい言い草」
「恋は人を盲目にする」
沙月は笑わない……見事に滑ったようです。
「そうだ、美奈子の方はどうなったのかな?」
「うん、今日の4時半に返事をするつもり」
「学校でか?」
「うん、だから今日は先に帰って」
「そうするよ。受け入れるのか?」
美奈子は押し黙った。まだ迷いが心に残っている。
「それなら沙月ちゃんと俺は先に帰るか。沙月ちゃんは何処に住んでいるの?」
沙月から住所を訊くと意外にもご近所さんだった。
「近くに住んでいるんだね」
「私は越してきたばかりですから」
暗い表情のままだ。秀一は彼女の心を解きほぐそうと思案する。
「……今日、ウチに来る?」
秀一の発言を聞いた沙月は目が驚いている。
「そんな、私達付き合って初日ですよ。いきなりそんな」
「お兄ちゃんは危険だもんね」
「コラ、ネズミ……じゃなくて美奈子」
思わずネズミと呼んでしまった。長年慣れ親しんだ呼び方はそう変えられない。
「いえ、そうじゃなくて。私いきなり一ノ瀬先輩の家にお邪魔したらふしだらな女だと思いません?」
「そんな訳無いじゃん。考えすぎだよ。ウチに来るの嫌?」
「そんなことはないです」
「じゃあ決定。彼氏の命令はきちんと聞くこと」
「うわあ、お兄ちゃん古臭い考え」
「お前はお前の彼氏と自分なりの関係を築けばいい」
「いわれなくてもそうするよ」
「沙月ちゃん。校門で待っていよう。どっちがはやいかな?」
二人は一度別れて校門で再び会う。先に来ていたのは沙月だった。
「待たせたね」
笑顔で話しかけると沙月はそっと微笑がえしをする。赤い陽光を浴びた沙月はそれはまた美しかった。秀一は沙月に引っ越してくる前のことなどを質問攻めしていると彼女も緊張が解けたのか少しずつ饒舌になる。
親の仕事の都合で今まで四度学校をかわったという。見るからに人見知りしそうな彼女にはそれは負担となっただろう。でも今度は卒業するまでこの学校に通えると語った。
「どうして俺なんかと付き合おうと思ったの?」
デリカシーのない質問だ。
「優しそうだからかな」
極めてシンプルな返答が返ってくる。本当は別の理由がるのかもと秀一は邪推するが、その理由とやらは見つからない。
(俺にこんな可愛い彼女が出来るわけはない)
家に着いた秀一がインターホンを押し「俺だよ」とこたえると解錠する音が耳に入る。
玄関を開けると母親がキッチンへと戻る途中であった。
「母さん」
声をかけると母親がこちらを振り返る。沙月の存在に即座に気づいて彼女に三度、秀一に二度視線を移す。
「こんにちは……こんばんはかな?」
「はじめまして、楠沙月と申します」
沙月は頭を下げる。
「あら、礼儀のしっかりした子ね。最近の子は挨拶もできないっていうのに」
「それはメディアがいってるだけだよ。情弱だな母さんは」
母親の目はこの娘との関係を教えなさいという目になっている。
「紹介するよ。この娘は俺の彼女なんだ」
生まれて初めて親に恋人を紹介したがスムーズに噛むことなく言えた。母親は意外に素っ気無く聞いている。
「美奈子ちゃんは?」
(なんで美奈子の名前が出てくるんだ?)
「美奈子は彼氏ができたって。いや今日返事するらしい」
「あら、そう。沙月ちゃんゆっくりしていってね」
母親はキッチンへと戻る。秀一は沙月を自分の部屋に案内した。
「お母様、美奈子ちゃんの事を気に入っているみたいね」
クッションに腰をかけて沙月がいう。
「幼馴染だからね。昔からよく知ってるんだよ」
秀一もクッションに座り背中をベッドに預け天井を見るように伸びをする。
「あーあ」
思わず欠伸が出てしまった。ハッと沙月を見ると穏やかに秀一を見つめていた。
「一ノ瀬先輩って気取ったところ見せないですね」
「格好付けたところでイケメンに変身するわけでもないし」
「そんな……一ノ瀬先輩はハンサムです。先輩の隠れファンは多いんですよ」
「お世辞ありがとう。姫」
パッと出た言葉だが、沙月は姫という言葉がピッタリとくる雰囲気と立ち居振る舞いだ。これからはそう呼ぶかと考えた。取り敢えず了承を得ておこう。
「ねえ、沙月ちゃん二人きりの時の呼び方を決めない?」
「二人きりの呼び名?」
「そう、特別な関係なんだからさ」
また彼女は顔を赤らめる。やめてくれ可愛すぎて胸が締め付けられる。と秀一は心で叫んだ。
「まず俺は君を姫と呼ぶから」
「ひ、姫……恥ずかしいです。他のにしてください」
「ダーメ。姫で決定」
「イジワル……じゃあ、一ノ瀬先輩は王子にしますよ」
沙月は反撃のつもりでいったのだろう。
「いいよ」
あっさりとかわされた。
「それでは姫。これからは宜しくお願いしますね」
「お、お……やっぱり言えない。秀一さんにして下さい」
沙月がランクを下げてくる。
「じゃあ、ナイトで。姫を守るナイトで」
「それなら妥協できます。ナイトこれから宜しくお願いしますね」
「うんよろしく」
二人は声を上げて笑った。秀一は恋人といることで自分が満ち足りた気持ちになれることに気付く。
それから雑談を交わし六時のニュースが始まる頃には彼女は帰っていった。門限は六時半だという。
「ねえ、秀一。あんた美奈子ちゃんのことどうも思ってないの?」
夕食時に母親が訊いてきた。
「異性としては意識してないかな。妹みたいなものだろ」
「そうよねえ。今日のあの娘可愛いわね。私の若い頃といい勝負だわ」
「いや、それは絶対にないから」
厚かましいことを平然と言う母親に秀一は冷たく否定した。